第19話 ボウヤ

 無策のまま通りを歩く。すると、真っ正面から現れた。

 たしか、カーブさんという女性だった。鼻がひくい。

「わるいわね、ボウヤ」

 といった。そのしゃべり方は、さっきの自己紹介のときとは違い、アニメの声優さんみたいだった。それも、ねっとりとした、大人の女性のようなしゃべり方をする。

 ゲーム開始と同時に、この人のなかにインストールされた何か起動したらしい。

 ただ、目の前のカーブさんは、小柄で、全体的にトイプードルに似た雰囲気だった。

「ボウヤ、貴方は私がここで倒すわ」

 日常にはないそのしゃべり方には、妙な迫力もあって。正直、気おされた。

「いくわよ!」

 そして、カーブさんは真っ正面から向かって来る。

 そこをサスマタで防ぐ。

 サスマタの又は、みごと、カーブさんの両腕のつけねにハマった。それで向こうはつんのめる。

「ぐぼっ」

 と、カーブさんの口から濁音がなった。

 どうしよう、大人の女のひとに、ぐぼっ、と言わせてしまった。大人の女のひとは、めったに、ぐぼっ、といわないだろうに。

 けど、カーブさんの立ち直りは早い。距離をとって、そこで片膝をついて、こちらを睨んだ。

「卑怯な!」

 キレもよく言い放つ。表情も決まっていた、凛々しかった。ケガはないようでなによりだった。

 そして、とっさにサスマタをつかってしまったとはいえ、はたしていまのは卑怯だったんだろうか。課題も誕生していた。

 そもそも、こうして、遠目からでもすごくわかりやすく手にサスマタを持っているのに、それは見えていただろうに、わかっていただろうに。真っ正面から襲ってきて、サスマタの餌食になった。

「このサバーゲームは武器は禁止はず!」

 語尾を、強調して叫ばれる。

「………そうなんですか」

 カーブさんは作為的な大人の女の声で「ええ、そうよ」といった。

「そこで拾ったんです、これ」

 嘘はいっていない。拾ったのは真実だった。

「サスマタがふつうに道に落ちてる町なんか、この世にないわ」

「でも、拾ったんだもの」

「ありあまる虚言癖めえ!」

 やり取りの末、特殊な罵倒された。

 そういう不安定な精神のときには、サバゲーなんてしないで家でゆっくりしていればいいのに。

 いや、ちがうのか。むしろ、そういうときこそ、外に出た方がいいのかもしれない。外の空気をすって、運動して。むしろ、サバケーか。

 でも、自分の安定のため、目のまえの人の心を犠牲にして、不安定にさせてよいものか。

 わからなかった。大人の世界は、まだまだ計り知れない。ぬるりとした沼に似たようものを感じた。

「でも、ええ、いいわ、ボウヤ、あなた初参加でしょ。なら丁度いいハンディよ」

「そういうもんなですかね」

 よくわからないので、そう答えるしかなかった。

「いいのよ、例え武器を使ったって、ボウヤ、貴方はわたしに勝てないのよ、ボウヤ」

 一言のセリフのなかに、ボウヤ、が二回出て来た。カーブさんが放つ、即席の脚本の仕上がり具合は、どうも、詰めがあまい。たぶん、ボウヤ、って言いたいんだとも思える。きっと、カーブさんは、ここでなら、ボウヤという呼び方は、合法だととらえている。

「さあ! 行くわよ、モテあそんであげる!」

「むむ」と、こちらも乗ってみる。でも、むむ、っがせいいっぱいだった。恥ずかしい。

 カーブさんはふたたび真っ正面から走って向かってきた。

 こちらはひとまず逃亡をはかる。さっきはおそらく、ぐうぜん大丈夫だった。けど、サスマタをつかってケガをさせてはいけない。背中を見せて逃げた。

 すると、カーブさんが追ってくる。

 こちらも逃げる。

 七秒後には鬼ごっこの図が完成した。ようやく、正しくゲームをしている気分になった。

 そして、カーブさんの足はおそろく遅い。鈍足だった。それに体力もまったくない。すぐに、足は止まり出し、やがて、完全に動かなくなり、ぜいはあ、と酸素をむさぼりだす。

 その必死に酸素を吸う様子をまえにすると、どこか悲しくなってきた。

 それで立ち止まって、近づく。

「な、なかなかやるわね、ボウヤ………」

 荒い呼吸の合間にそういわれる。それで「こまったなぁ」と、いってしまった。

 この案件をどうしよう。カーブさんという人の完成度が低さに、たじたじだった。

「わたしをここまで追い詰めたのは、ボウヤは貴方がはじめてよ………」

 だんだんだ、うるせぇな、とすら思えてきた。つい、あらあらしい自分が出てきてしまう。

 いま、カーブさんへ伝えたい。せめて、にんげんとしてもう少し仕上げてから、人とのかかわりの場に出てきてほしい。

「でも、わたしは負けない!」

 どうしよう、これから、じぶんが出てゆく実社会という場所には、こんな感じの大人ばかりだったどうしよう。

 たまらなく不安だった。 

「さあ! 最後のダンスよ!」

 ゴールがわからない。いや、ゴールなんて最初から、そんなものないんだろう。

 さよなら、ゴール。大きなものに別れを告げ、サスマタで弱っているカーブさんをぎゅうぎゅう押した。すると、カーブさんはかんたんに倒れた。足腰も弱いらしい。運動不足だった。

 そこへ手を伸ばし、首の裏に三秒間、手を置いた。

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