三 新しい風

 空には眩い金色の光がどこまでも手を伸ばしていた。

「じゃ、壊すなよ。」

そう言って手をあげた瞬間、一人の男を視界の端に捉えた。頭には白いものがまじり、片足を少し引きずりながら一歩ずつ歩いている。思わず近付いた。


「先生。先生ですか。覚えておられますか。」


「おぉ、よく話しかけてくれてたね。あれからどうだったの。」





…………………………………


 長い間話を聴いていたその男は、こちらを向いて目を細めて言った。

「…面白い。」

かけている眼鏡がちらちらと曇っては澄んでを繰り返している。遠くに目を移し、マスクをいじりながら少しずつ、語りだした。


「…向いてはいないかもしれないけど、先生達の中に一人、そういう人がいれば。…スナフキンのようなね。」

男はいたずらっぽく笑った。



「…あなたにとっては大変かもしれないが。彼はあまりに無責任だけれども、子供達からすれば、この先生になら話してみよう、と。ちょうどそう、子供達にとっての風穴のような。…目の前を、これから子供達がたくさん通り過ぎて行くわけよね。その中で、その子達に、その時代に、合った新しい風を、君にしか出来ない風を、吹かせる。そして、…旅を続ける。」


 既に日は落ちていたが、視界が明るくなったような気がした。思わず身震いした。口元が緩むのを感じる。悪くない。


「音楽や体育ができる先生っていうのは、いつの時代でも子供たちの憧れだから。…そうだ、名刺を渡しておこう。」


…不思議な人だ。どれどれ、と真っ暗な鞄の中を覗き込む、男を見つめながら、そう思った。


ーうるせぇ、俺の人生を生きてねぇくせに。分かった風な口をきくな。調子に乗るな―


 誰彼構わずナイフを突きつけるかつての自分は、出て来なかった。…ハッとして、男に携帯電話のライトを差し出そうとしたちょうどその時、男は目当ての小さな紙を勢いよく取り出した。



「私はもうここには居なくなる。縁はなくなるだろうが、よかったら連絡しておいで。君の大事な親友の話もまた、聴かせてくれ。」


 男に礼を言い、その場を後にした。頭の中でぐるぐると言葉が回っている。貰った名刺をしまおうと、財布を開いた時、ふと手に握る紙の後ろに、何かの手触りを感じた。レシートでも掴んだか。そう思い、手元に目を落とすと、男の名刺がもう一枚、ちらりとのぞいていた。

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