第3話 第3皇女のセシリア様

 この国では15歳で正式な社交界デビューとなる。

12歳からはデビュタントに向け、令嬢たちの交流と訓練を兼ねた茶会が宮廷で催されるのだが、その初めての茶会の場でテラに救いの手を差し伸べたのが第3皇女のセシリアだった。テラとセシリアの出会いはテラが自身の異質性に向き合い始めたころでもあった。


 「ねえ、テラ様は本当に光をお持ちにならないのね」

 「お噂は本当でしたのね」

 「おかわいそうに」

 「本当にあのシリウス様の妹君なのかしら」

 「えっ、それって」

 他家の令嬢たちがちらちらとテラの額を見ては、ひそひそと話をする声がテラの耳に嫌でも聞こえてくる。

 テラはじっとティーカップを見つめながら思った。私は見世物でもないし魔法が使えないからといって可哀想でもない。ましてや額の家紋はシリウス兄様と同じヒイラギの葉に似た形で光こそ放ってはいないものの、キリア伯爵である父の娘に違わないことを表している。彼女たちの言葉は私の母の不貞ともとれなくはない。堪えかねて声を発しようとしたまさにその時だった。

 「どうしたことかしら。この茶会に参加資格のない方々が幾人か混ざっていらっしゃるようですわね。」

 凛とした美しい声が響いた。その声の主はこの国の第3皇女のセシリア様だった。テラは魔法力のない自分のことを言われたのかと思い一瞬どきりとしたが、セシリアの鋭い視線は他の令嬢たちに向けられていた。

 「この宮廷での茶会はデビュタントに向けてのもの。相手を敬うという礼儀の基本さえも知らない方が、出席してよい場所ではありません。この場での振る舞いはデビュタントの資格喪失にもつながるのですよ。そのことを心しておくように」

 その声の響きと共に額の光と同じ紫色の瞳はセシリアの意思の強さと優しさを醸し出していた。艶のある黒髪もセシリアの美しさをより一層際立たせていた。その姿がテラの眼には戦う優しき女神に映った。注意を受けた令嬢たちも含め他の令嬢たちにとっても同様だったようでその場にいた全員がセシリアに魅了された。


 「さあ、理解していただけたなら楽しいひと時を始めましょう」

 セシリアの発言で時が止まったかのような静寂さに包まれた茶会は同じくセシリアの声で再び音を取り戻した。軽やかな管弦楽の演奏と共に小鳥のさえずりに似た令嬢たちの声が、その場を和やかな雰囲気へと変えていった。

 

 その出会い以降、二人は私的によく会うことになった。テラは当初、セシリア様の自分に対する哀れみからだと思っていたが、ある時そうではないことを知った。

 それは、二人で庭園を散歩しながら何気ない会話を楽しんでいた時のこと。ふいにセシリアが立ち止まりテラの瞳を見つめて言った。

 「テラは確かに額の家紋は光を放ってはいないのだけど、それ以上の何かに包まれている気がするの。一緒にいるととても心が透き通っていく気がして気持ちがいいのよ。それに何よりまっすぐな心が好き。案外天然なところも。他にも人形のような大きな瞳に少しくせ毛の金髪も、、、」

 テラはもしかして告白されているのかと思わず目を見開いた。いくらなんでも皇女様とは同性だしどういうことかと頭の中はパニック状態になった。確かに前世でもそのような方達はいらっしゃったけれど、この世界もそうなのかしらと考えを巡らせた。

 テラの混乱している様子を見てセシリアは噴き出して笑った。

 「違うのよテラ。私はそのような趣味はもたないわ。純粋にテラを友人として愛おしく思っているのよ。だから、そ、その、、親友と思っていいかしら」

 「そ、そういうことでしたか、」瞬きをして頷いた。

 テラはセシリアの気持ちに感動したが同時に先程の勘違いを思い出して顔がみるみる火照った。

 直後二人のレディの笑い声が暖かな陽射しのなかに響いた。

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