第130話 パフェ


お待たせいたしました。

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『薬屋ディーニャ』で監修ポーションが販売されはじめた翌週。


 俺は寮のキッチンに立ち、新たなレギュラーメニューの最終調整を始めようとしていた。


「フフ。ついにこの時が来た」


 俺の隣でそう呟くのはフルール。


 テンションが上がっているのか、これまでに聞いたことのない笑い方だ。


「そんなに楽しみだったか?」

「ん!」


 フルールはフンスと鼻息を吐く。


 今回の新メニューを聞いて誰よりも喜んでいたのが彼女だった。


「パフェ。至上の料理の一つ」


 フルールはそう言って、キラキラとした目で俺を見る。


 早く味見がしたくて待ちきれないのだろう。


 そう、新たなメニューに考えているのが、フルールお気に入りのデザート『パフェ』。


 彼女と初めて会った際に作った思い出のデザートでもある。


 今でも料理のリクエストを訊くと度々『パフェ』と返ってくるし、その気に入りようは相当だ。


 なぜこのタイミングで『パフェ』を加えるのかというと、フレジェさんの言葉がきっかけとなっている。


 それは先週末のこと。


 砂糖を受け取りに来た彼女が、「そういえば――」とパフェの話を始めたのだ。


 彼女には以前に一度、個人的な新作デザートとしてパフェを提供したことがある。


 その時の味が忘れられず、今でも時折思い出すのだという。


 彼女の話を聞いた俺は最初、『気まぐれ料理』に取り入れることを考えた。


 従業員には何度も出しているメニューだし、ある程度のブラッシュアップも終わっていたからだ。


 しかし冷静に考えた時、『レギュラーメニューでもいいのでは?』と思い直した。


 パフェはデザートメニューを代表する料理の一つ。


 初めて作った時は魔力量とクオリティの問題で見送っていたが、『いずれはメニューに』という思いが頭の片隅にあったのだ。


 フルールの装飾映えもメニュー随一と言えるレベルだし、今は魔力量の問題もない。


 クオリティについても先に述べた通りブラッシュアップが済んでいる。


 さらにはポーションの件が片付き、肩の荷が下りたことも大きい。


 そういった理由が重なり、満を持してパフェを出すことと相成った。


「……よし、やるか!」

「ん!」


 俺は【味覚創造】を発動し、パフェの最終調整に取り掛かる。


 種類はオーソドックスな『ストロベリーパフェ』。


 フルールに初めて出したパフェの種類もこれだった。


 ベース部分は当初と変わらないが、いくつかの要素を追加したり、逆に削ったりしている。


 各要素間のバランスについてはここ一、二日で調整が済んでいるので、あとは後味の残り方を微調整するだけだ。


 さほど複雑な調整ではなく、10分程度で味そのものは完成した。


「さて、ここからはフルールの番だな」

「ん……!」


 フルールが気合いを入れる。


 実のところ、今日のメインは味の調整ではない。


 フルールによるパフェのデザイン決めが本命なのだ。


 いつもは即興でデザインしているフルールだが、パフェについては「少し考えたい」とのことだった。


 彼女にとっても思い入れの強いメニューなので、こだわりたい気持ちもよく分かる。


「……ん、難しい。どのデザインも捨てがたい」


 フルールは俺が生成したパフェの装飾を始めるが、やはり簡単には決まらないようだ。


【デザイン】の重ね掛けで見た目を変えては首を捻り、装飾を繰り返していく。


「今までフルールに出してきたパフェはさっと装飾してただろ? その時は迷わなかったのか?」


 気分転換がてらパフェを食べるフルールに尋ねる。


「ん、あれはその場のインスピレーションに従っただけ。パフェの可能性は無限大……その時ごとにイメージが変わる」

「なるほど。選択肢が多すぎて迷うってことか」

「ん……他の料理と違って完成形が見えにくい」


 フルールは頷きながら言う。


 たしかにパフェは要素が多い分、アレンジの幅広さがとてつもない。


 特にトップのデコレーション部分は何でもありだ。


 ホワイトチョコの部分をティアラのように装飾したり、苺の城のように装飾したり、これまでのフルールデザインもバラエティに富んでいた。


「そうだな……ならいっそのこと、毎回違うデザインにしてみたらどうだ? その時ごとにフルールが感じたインスピレーションに従ってさ」

「……っ!」


『その発想はなかった』という顔をするフルール。


「でも、いいの?」

「別にいいよ。見た目を統一しなきゃってルールはないから」


 現状、同じ料理については同じような装飾を施してもらっているが、それは自然にそうなっているというだけだ。


 実際、フルールの提案でデザインを一新したことは過去にあるし、マイナーチェンジであれば日常的に行われている。


「それに、提供毎にデザインが変わるのって面白いと思うんだよな。むしろプレミア感が出るというか」


 フルールが装飾したパフェはどれも甲乙つけ難い出来映えだ。


 〝外れデザイン〟が出るのであればともかく、彼女においてはそんな心配もない。


「ん……毎回違うデザイン、面白い」


 俺の話を聞いたフルールは、頬を上気させて頷く。


 そんなわけで、『ストロベリーパフェ』のデザイン案が決定した。


「明日からメニューに加えるの?」

「いや、別のパフェも作るつもりだから、その後にしようと思う」


 パフェというのは種類が豊富だ。


『ストロベリーパフェ』は定番の一つだが、他にもたくさんのパフェを従業員達に振舞ってきた。


 なので今回はもう一品――『チョコレートパフェ』もメニューに加える。


『フォンダンショコラ』や『パン・オ・ショコラ』をよく頼むチョコ好きのお客さんも多いので、この機会にチョコ系のメニューを増やしたい。


 また、日替わりジェラートの月替わり版という感じで、『今月のパフェ』の導入も考え中だ。


 メニューが一気に華やかになるし、パフェの調整は勉強になるので俺にとっても有意義である。


「――『チョコレートパフェ』もぼちぼち調整中だから、来週の半ばにはメニューに加えられると思う」

「ん。楽しみ!」

「そうだな」


 パフェがメニューに加われば、スイーツ好きのお客さんの中で話題になることは必至。


 皆の驚く姿を想像しつつ、自然と笑みが浮かぶのだった。

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