第113話 魔道具職人

 テイクアウトのドリンク提供には、いくつかのやり方が考えられる。


 まず一つは、注文が入る度に厨房で作成する方法。


 必要な量だけを用意できるという利点はあるが、素早く注文を捌きたいテイクアウトには合っていない。


 次に、あらかじめグラス等に注いだドリンクを、保存の魔道具に入れておく方法。


 要は他のテイクアウト商品と同じやり方だが、保存の魔道具を圧迫してしまうし、どのコップを使うかという問題もある。


 先日、王都の食器店で紙コップの有無を聞いてみたのだが、案の定存在しないようだった。


 どこかに製造を頼むにしても、紙の質的に難しそうだし、木製のコップを返却してもらう形にしても面倒なトラブルが起きそうだ。


 そもそも、ボックスから取り出す際に零すリスクがあり、わざわざ蓋を付けるのも考えものである。


 そんなこんなで考えを巡らせた結果、ボックスで保存する方法も却下となった。


 では、どうすれば上手くいくのだろうか?


 三つ目の案として思い付いたのが、〝ドリンクバー〟の設置だった。


 前世のファミレスやカラオケ店でよく目にしたドリンクバー。


 この世界にはないようなので特注が必要だが、長く使っていくことを思えば紙コップよりも断然良い。


 ドリンクの容器はタンブラーを用意し、次回以降持ってきてもらえば値引きするようにすればいい。


 前世の某コーヒーショップのように、お客さんが持参したマイタンブラーでも使えるようにするつもりだ。


「――と、ここが工房か」


 そんなわけで定休日のお昼時、俺は一人で魔道具職人の工房に来ていた。


 立ち寄った料理人ギルドでおすすめされた個人経営の工房だ。


 魔道具作りのライセンスの中でも上位数パーセントのみが有する『一級魔道具職人』が店主を務めているらしい。


 工房と聞いた時は煤けた鍛冶屋のような店を想像していたが、それとは裏腹に内装はピカピカで、こじゃれた雰囲気の店内だった。


「すみませーん」


 誰もいないカウンターに声をかけると、奥から片眼鏡モノクルをかけた銀髪の男性が出てくる。


「こんにちは。何か御用ですか?」

「ああ、えっと、魔道具の特注をお願いしたくて来たんですけど……魔道具職人のディッシュさんですよね?」


 ギルドで聞いた名前を尋ねてみると、「ええ、仰る通りです」とにこやかに答えるディッシュさん。


 内装もイメージと違えば、工房主も職人気質なイメージとずいぶん違うようだ。


 柔らかい物腰だし、年齢もまだ30代に見える。


「それで、魔道具の特注というのは?」

「ああ……はい、実はですね――」


 俺は面食らいながらも、さっそくドリンクバーの構想について話しはじめる。


 ざっくり話しても異世界人にはわからないので、できる限りゼロから詳細に説明した。

 

「――なるほど。ボタンを押すとドリンクが出てくる魔道具ですか。変わった発想ですが、非常に面白いですね」


 ディッシュさんは俺の話に興味を持ってくれたらしく、片眼鏡を指でトントン叩く。


「作れそうですか?」

「そうですね。構造自体はそれほど難しくないので、問題なく作れると思います」

「よかった。どれぐらいかかりそうですか?」

「今は別の注文で忙しいので、来週から作りはじめるとして……来週末には納品できるかと」

「来週末! そんなに早いんですか?」

「ええ。こう見えても一級魔道具職人ですからね。ただ、それなりにコストはかかってしまいますが。大体の見積もりとして、100万パスト台にはなるかと思います」


 ディッシュさんは片眼鏡を叩きながら、「大丈夫ですか?」と訊いてくる。


「はい。その点は問題ありません。ありがたいことに、レストランの運営は順調ですから」


 今はテイクアウトの売上も加わったし、数日分の売上で商品の代金を賄える。


「なるほど……つかぬことをお聞きしますが、もしかして『グルメの家』のメグルさんですか?」

「え? はい、そうですけど……俺のことを知ってるんですか?」

「ええ、新店フェスで話題になりましたし、店の評判もいいみたいですからね。実は先日、顧客の中にもグルメの家の常連という方がいらっしゃったんですよ」

「なるほど……そんなことが」


 思わぬ縁に驚きながら俺は頷く。


「ええ。メグルさんの黒髪黒目は珍しいですし、ドリンクバー? の発想等を聞いて、もしやと思ったんです」

「そういうことでしたが」


 顧客の中に常連がいたのは奇跡的だが、それはそれとして、近頃は俺の店に対しての認知度も急激に高まっている。


 新店フェスでの知名度上昇に加えて、テイクアウトの物珍しさが噂になっているようなのだ。


 同時に店の料理人である俺への認知も高まっていて、声をかけられる機会もちらほら出てきた。


 広く知られるというのは嬉しいことだが、なんだか照れ臭い感じもする。


「すみません、話が逸れましたね。それでは、もう少し詳しい話を聞いて、魔道具の擦り合わせを行いたいのですが……」


 そう言うと、職人らしい真面目な顔つきになるディッシュさん。


「はい、では――」


 そうして俺は、ドリンクバーに関する細かい要望等を出していき、綿密な擦り合わせを行うのだった。

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