玄関開けたら憧れの子が芋ジャージでしたとか、それなんてラブコメだよ?

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

芋ジャージ令嬢

 風邪をひいて休んでいる多宝院(たほういん)さんへプリントを届けに行った。

 マンションの四階へ。

 ノックをすると、多宝院さんが出てきた。


「はーい……いいいい!?」


 ガチャン! と、ドアを閉められそうになる。


「痛った! 多宝院さん!?」


 ボクの身体が、ドアに挟まれてしまった。


「あ、ごめんなさい! まあ、上がってくださいませ」

「お、お邪魔します」


 ボクは、多宝院さんの家に上げてもらった。

 あったかいコーヒーまでもらって、申し訳ないな。


「こんな姿で、申し訳ありません」


 今の多宝院さんは、いわゆる芋ジャージ姿である。

 

 ボクたちの体操着は紺だから、柄も色も違う。


 サツマイモのようなカラーだ。

 中学当時のだろう。


 通販だと思いこんで、油断していたらしい。


「その辺のスウェットより着心地がよくて。つい」

「とんでもない! かわいいよ」

「かわ……!」

「いやいや、固まらないで。そうだ。プリントだ」


 忘れないうちに、プリントを渡す。

 

「てっきり、女子の方がいらっしゃるのかと油断してしまいました」

「いや、ボクの家、隣……」

 

 よりにもよって、先生はプリント届ける役目にボクを指名した。

 家が近い女子がいるのだが、どうしてかボクが適任だと言って逃げたのである。

 友だちみのない子だなと思っていたが、なぜか応援された。


「庶民的な家なんだね?」


 そこそこのマンションだが、オートロックやエントランス呼び出しなどはない。

 セキュリティなどに、お金はかかっていなかった。

 ボクも住んでいるからわかる。


「一人暮らしでしょ? 危なくない?」

「実家は豪華なのですけれど、ぜいたくな暮らしをしたくなくて」

「そうなんだ」


 高校に上がってすぐ、多宝院さんは一人暮らしを始めたという。

 

 家の金持ちマウントがウザくなって、多宝院さんは家を飛び出したのだそうで。

 庶民の気持ちを味わいたくて、この家に住んでいるとか。


「今日も、デリ、というのですか? そういうお料理の宅配サービスを利用していまして」


 どうせならおいしいお粥が食べたくて、台湾風を頼んだらしい。

 

 またチャイムが鳴った。今度こそ、台湾風お粥かも。


「あ……」


 多宝院さんが、ボクの方へふらつく。まだ、風邪が治っていなかったんだ。


「うわっと!」


 多宝院さんが、ボクの胸に倒れ込む。

 ジャージから、体温が伝わってくる。


「ごっ、ごめんなさい!」

「い、いいから。ボ、ボクが取りに行ってくるね!」

 

 多宝院さんを休ませて、ボクが応対した。


 いい香りのする台湾風お粥を、多宝院さんに食べさせる。


「もし困ったことがあったら、ウチに来なよ」


 お粥を多宝院さんに食べさせながら、ボクは提案してみた。

 

「え……そ、そんな!?」


 多宝院さんが、自分の身体を抱く。


「なにも、いやらしい意味じゃなくてさ。うちの親、警察官だからさ」


 セキュリティなど、困ったことがあったら相談できるかもしれない。


「そういう意味でしたか。ありがとうございます」

「あと、妹もケンカ強いから、頼りになるよ」

「そんな。物騒なことはしませんわ」


 学校以外で多宝院さんが外へ出るとしたら、コンビニに行くくらいだという。

 夜遅くは出歩くことはないらしい。

 ならよかった。

 

「ボクも、料理くらいならできるから……あ、ごめん」


 さすがに、図々しかったよね?


「いえ。これもご縁ですわ。お世話になります」

「じゃあ、なにが食べたい?」


 サツマイモの色をしたジャージを見つめながら、多宝院さんははにかむ。


「では、大学芋をひとつ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

玄関開けたら憧れの子が芋ジャージでしたとか、それなんてラブコメだよ? 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ