赤いきつねの神様

@hanatsubaki

第1話

「はあ〜ぁ」

私はため息をつきながら慣れ親しんだ近所の道を散歩していた。

最近転勤が決まった私は、この何にもないけれど穏やかで過ごしやすかった町との別れを惜しんでいる。

何より、今とは全く違う都会の環境に慣れ親しめるか今から憂鬱だった。


「やだなあ……」

私はとぼとぼと雑草だか花だかわからないものが少し咲いただけの、大して車通りも多くない道路沿いを歩く。


「あ!」

そのうち、この先の坂を登ったところにある、切り崩した山のところに作られた稲荷神社を思い出した。


そこはまったく人の来ない小さな神社で、私にとっては秘密基地のような場所だった。

せっかくだから最後にお参りしていこうかな。

転勤先に馴染めるように願掛けも兼ねて。

そう思った私は坂を登っていく。


着いた神社はいつも通り誰もおらず、しかし寂しい感じはしない、知る人ぞ知る秘密の神社という感じがした。

手水鉢には雨水が溜まっており雑草も伸び放題。

鐘の紐もボロボロだったが、私は賽銭箱に5円玉を入れて手を合わせる。

「向こうでもうまくやれますように」


その時、私は一瞬神社の裏に何かの気配を感じた。

伺ってみるがそこには何もいない。

もしかして、この神社の神様が最後だから挨拶に来てくれたのかな?

そう思いながら、私は神社を出る時「今までありがとうございました」と軽く会釈して山を降りた。


町は特に行くところもなく、私はそのままなんだか惜しいような気のするままアパートに帰る。

と、自分の部屋のドアの前に何かが置いてあるのが見えた。


「これって……」

私はそれを拾って見る。

それは赤いきつねのカップ麺だった。

「ぷっ!」

私は笑い出してしまった。

普通なら食べ物が置いてあることに警戒するのだろうが、私は神社の後ということもあり、きっときつねの神様が粋な計らいをしてくれたんだろう、と考えてありがたく頂くことにした。


部屋に入って、カップ麺の蓋を開けて熱いポットのお湯を注ぐ。

うがい手洗いで冷えた手をカップに添えて暖を取る。

3分タイマーをセットして、蓋の隙間から粉の香りを嗅ぎながら待つ。


これはきっと神様が、向こうでも変わらず今までと同じようなものを食べて無理せず頑張りなさい、と言ってくれているのだろうと思い、「いただきます!」と手を合わせて食べる。


温かい美味しそうな湯気が立つ。

お出汁の匂いに冷えた鼻がくすぐられる。


ふーふーして熱い、と思いながらも空腹には勝てずに太い麺を勢いよくすする。音は大きければ大きいほどいい。

そしてカップ麺は寒い日こそ美味しい!

そう思いながら、カップに口をつけてスープをすする。


「おいしい〜……」

寒い体に染み渡る赤いきつねの神様。

私は夢中で食べた。さっきまでの憂鬱を忘れて。

向こうに行っても赤いきつねを食べて頑張ろう!

そう思いながら、私は甘い汁を吸った重いおあげにかぶりつく。じゅわっと口の中にスープが溢れ、心も体も安心感で満たされる。

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