第12話

 明けて翌日の日曜日。あいにくと天気は曇り、薄暗い光りの中で優の一日は始まった。


「ふぅあぁ・・・朝か・・・?まだだいぶ暗いし・・・時間が早いのかなぁ・・・。・・・7時半だ。あー、曇ってるのな・・・」


 優が時間を確認するとしっかり朝だった為、ベッドから起き上がる。そして一日の活動を始める為に朝の準備をしだした。


 朝食を取り、歯を磨き顔を洗って、未だ慣れない着替えをする。そこまで済ますと、優はコーヒーを入れてリビングのソファーに座った。


「んー・・・、今日はどうしようかなぁ。女になってしまった原因探しは、来週師匠と会ってからにするとして・・・」


 優は今日の予定をどうしようか考えていた。そしてコーヒーを一口飲んだ時にピンと来た。


「そうだ、幸平おじさんの喫茶店に行こう」


 コーヒーから喫茶店が連想され、隣に住む桐谷幸平が営む喫茶店『静かな幸福』へ行こうと考えた。今日は日曜日なので、忙しいそうだったら手伝って、暇だったらコーヒーでも飲みながら本でも読もう、優はそう考えて幸平の店へ行く事にした。


 コーヒーを飲み終えると、自室へと戻りハンドバッグへと必要なものを入れて出かける準備をし始めた。


「おっと、師匠からもらったお守りも忘れずにっと・・・」


 準備の途中で九重からもらった霊対策のお守りも忘れずに身に着けた。このお守りなのだが、肌身離さず持っていた方がいいと考えた優は、部屋の小物入れに入っていたネックレスを改造して首からぶら下げられるようにしていた。

 学校にも付けて行くつもりで、もし何か言われたら祖母の形見で・・・とでも言い訳するつもりだった。


「まだ生きてるお祖母ちゃんごめんねっと・・・後は折り畳み傘も持ってこう」


 優は部屋に置いてある地味な折り畳み傘を取り出し、ほっとした。

 この折り畳み傘は父親がプレゼントしてくれた物で、優はこれを大事にしていた。なので、もしこの折り畳み傘のデザイン等が変わっていたらショックを受けていたところだった。


「よし、準備完了。出かけようっと」


 優は家を出て玄関に鍵をかけた。目的地の喫茶店へは直ぐ着くので徒歩で行く事にする。そして、少し歩くと目的地が見えて来た。


 未だ開店前なので準備中の札はかかっていたが、優は気にせず中へと入って行く。


『チリン チリン』


「おはようございまーす。おじさん何か手伝いましょうかー?」


 優は扉に付いたベルが鳴ると同時に、挨拶交じりに声をかけた。すると中からは二人分の挨拶が帰って来た。


「おはよう優ちゃん」


「おはよう。優」


「おはようございます。静さん、もう大丈夫なんですか?」


 挨拶を返してきたのは店主である桐谷幸平、それと幸平の妻である『桐谷静』だった。静は優の問いに、力強い声で返してきた。


「ええ、もう大丈夫よ。まぁ元からそんなにへたっても無かったんだけどね?この人があんまり言うから休んでただけなのよ」


 静はそう言いながら幸平の背中をバンバンと叩いていた。


「あはは、それならよかったです」


 優はそう言いながら、笑いながら幸平の背中をたたいている静を見る。


 静は、黙っていたらおしとやかそうに見える美しい女性なのだが、実際はかなりパワフルで明るい快闊かいかつな人だ。まぁそれでいて趣味は手芸だったりするので、見た目通りと言えるのかもしれない。


「え・・・えっと・・・けほっ、それで優ちゃん手伝ってくれるんだって?」


 背中をバンバンと叩かれ過ぎたのか、少しむせながら幸平がそう言ってきた。優が頷き「そうです」と言うと、幸平は何かあるかと考え始めた。


 すると、幸平より先に静の方が優に話しかけて来た。


「じゃあテーブル拭きからお願いできる?私は今日から出す予定の新作の準備をするわ」


「ああ、そうだね。じゃあ優ちゃん、お願いできるかい?」


「はい、任せてください」


「じゃあお願いね?新作が出来上がったら優にも出してあげるから、楽しみにしててね?」


「ありがとうございます、静さん」


 静は、「よろしくねー」と最後にいってカウンターの中に入って行く。そして何やら調理をし始めた。


 優は後で出してくれると言う新作商品を楽しみにしながら、店の開店準備を手伝っていった。


 ・

 ・

 ・


「優、今日はありがとう。もう暗くなってくるから帰りなさい?」


 優が時計を見ると時刻は17時を回り、外は曇っている事も相まって薄暗かった。


「あ、もうこんな時間だったんですね」


 あれから優は開店準備を手伝い、その後も今まで働いていた。やはり日曜日だけあって人の入りは多く、優も接客を手伝っていたのだ。

 お昼の休憩の時には、静が言っていた新作商品が出されて、優はそれを美味しくいただいていた。そして昼食後も接客を勤め、常連客等には頻繁に声をかけられたりもしながら働いていたら、この時間という訳だ。


「優ちゃん、ありがとうね。助かったよ」


「いえ、私こそお二人にはいつもお世話になってますし、これくらいは・・・っきゃ!」


 優が二人にお礼を言っている途中で、静が優に抱き着いてきた。優は咄嗟の事に声がでてしまい、それが女の子っぽい感じの声であった為恥ずかしくなってしまった。しかしそんな優を気にすることも無く、静は抱き着き頭を撫でながら優にとんでもない事を言ってきた。


「優は本当にいい子ね。娘にほしいわ~。・・・ねぇ優?ウチの涼真どう?そこそこいい線いってるわよ?」


「え・・・。あの・・・。あ、あははー・・・」


 優は涼真の事は嫌いではないが、さすがにそれは、と答えを濁した。


 周りからすれば優は女で、男である涼真とくっついてもおかしくは感じないだろうが、中身が男である優にとってはたまったものではない。だが、はっきりと「ない」と答えるのも悪いかと思い、結局は濁した答えになってしまった。


 しかし静は、優の態度や答えからから察し、それ以上は涼真とくっつけるような発言はしてこなかった。しかし・・・。


「優、別に涼真とくっつかなくても、あなたは私にとって実の娘みたいなものよ。だから何かあったら甘えてきなさいね?」


 静はそんな優しい言葉をかけてくれた。優は心が温かくなり「はい」とだけ答えた。暫くそんな風に抱きしめられていたのだが、幸平が声をかけて来た事により中断された。


「静、そろそろ優ちゃんを帰らしてあげないと」


「あら、確かにそうね」


 静は抱きしめていた優をゆっくりと放した。放された優は照れてもじもじとしていた。静はそんな優の頭を一度撫で、「少し待っていなさい」とカウンターの中に入って行き、紙袋を持ってきた。


「優、これ持って帰って晩御飯にでもしなさい」


「あ、ありがとうございます」


 静は紙袋を渡してきた。中には数種類のおかずとサンドイッチが入っていると言う。優は有り難くそれをもらい、店を出ることにした。


 しかし、いざ店の扉を開くと・・・。


「あ、降って来てる」


 付いていないことに丁度雨が降って来たみたいだった。見送りについてきていた静が、心配して優に声をかけて来た。


「あら・・・濡れちゃうわね。ちょっとまってて、傘持ってくるわね?」


「あ、大丈夫です。折り畳み傘持ってきてるので」


「あらそう?あ、紙袋の中身はタッパーに入ってるから、多少はぬれても大丈夫よ?」


「解りました、ありがとうございます静さん。それではおやすみなさい」


 優は折り畳み傘を広げながら静へと挨拶をし、店を離れていった。


「うわ・・・めっちゃ振って来た・・・」


 店から出て1分もしないうちに雨の勢いは凄くなり、周囲は雨音に塗りつぶされた。といっても、優の家はココから5分もすればたどり着く。なのでそこまで焦る事でもないと思い、優はのんびりと歩き始めた。


「いやぁ~、今日食べた新作のケーキとパスタ美味しかったなぁ。ケーキの方は季節限定らしいけど、もう一回くらい食べたいなぁ・・・」


 優は歩きながら、今日の昼に食べたケーキとパスタの事を思い返していた。出される前に自信作と言われたのだが、食べてみると頷ける味だった。


 そんな風に、優が口の中で食べた味を思い出している時だった。



『ピチャ ピチャ ピチャ ビチャッ ピチャ ピチャ ピチャ ビチャッ』



 周囲から聞こえる雨音に変化があった。最初は気にも留めなかったのだが・・・。



『ピチャ ピチャ ビチャッ ピチャ ビチャッ ピチャ ピチャ ビチャッ ピチャ ビチャッ ピチャ ピチャ ピチャッ』



 段々と違和感を感じる様になってきた。


 優はまさかと思い、九重からもらったお守りが胸にある事を感じホッとする。



『ビチャッ ピチャ ピチャ ピチャ ビチャッ ビチャッ ピチャ ピチャ ピチャ ビチャッ ピチャ ピチャ ピチャッ』



 しかし違和感を感じる音は未だに聞こえて来た。


 音の出所を探ると、どうも後ろから聞こえて来るみたいだった。優は振り向いて確認する事もできず、そのまま家に向かって歩いた。



『ビチャッ ピチャ ピチャ ピチャッ ピチャ ビチャッ ビチャッ ピチャ ピチャ ピチャ ビチャッ ピチャ ビチャッ ピチャ ピチャッ ピチャ』



 優は心の中で毒づきながら足を動かす。


(師匠の嘘つき!大丈夫なんじゃないのかよぉ!・・・ひっ)



『ビチャッ ピチャ ピチャ ピチャッ ピチャ ビチャッ ビチャッ ピチャ ピチャ ピチャ ビチャッ ピチャ ビチャッ ピチャ ピチャッ ピチャ』



 そのまま1分ほど歩いた頃だ、優はある事に気付く。どうやら変な音は一定の距離を保ったまま、それ以上は近づいてこない様だった。試しに少しだけ歩くスピードを遅くしてみたのだが、変な音が聞こえる距離は変わらなかった。


 これが九重のお守りの効果なのか?と優は少しだけ安心する。しかし相変わらず変な音は一定の距離を保って聞こえてくる。


 だが、更に一分ほど歩いたところで、変な音は聞こえなくなった。


「・・・ふぅ・・・」


 優は歩きながらだが、安堵のため息をついた。大丈夫だとは思っても、やはり怖かったのだ。


 優の足取りは少し軽くなり、心なしか周囲の雨音も軽くなっているみたいだった。


 よかった・・・と安心していたのだが、優はある事に気付いてしまう。




(傘に当たる雨音が聞こえない・・・っ!?)




 周囲の雨音はではなく、のだ。


 優はそーっと傘を傾け、段々と見えて来る空を見た。


 すると、ある一定の地点から空の色が変わっていた。というよりも、空よりも近くの位置に何か大きなものがいて、空の色が変わっているように見えたのは、空とそいつとの境目でそう見えた、そういう事だった様だった。


 優はどうすることも出来ず、傘と目線の角度を戻し唯々家に向かって歩いた。


 傘に当たる雨音が変わり、2,3分もした頃家に付いた。しかし優には2時間にも3時間にも感じられていた。


 優は素早く家の鍵を取り出し玄関の鍵を開けた。そして家に入ろうとしたところで、さしたままだった傘が玄関に引っかかってしまう。


「あっ・・・」


 優は慌てて荷物を玄関内に置いた。そして傘を閉じようと外を向いた時・・・。


「・・・っ!」


 優は空に視線がいってしまい、そこにある何かを見てしまった。


 その何かは、手もなく、足もなく、顔すらもない、唯々宙に広がる黒い影みたいなものだった。


 なのに・・・。


(目が・・・あってる・・・)


 勿論黒い影には目など見受けられない。だが、確かに目が合っていると感じるのだ。


 優は黒い影と見つめ合ったまま動けなくなってしまった。


 しかし無意識か、胸元へと手が伸び九重からもらったお守りに手が触れた。すると優は途端に動けるようになり、ドアを閉める事が出来た。



 ドアを閉めた優は力がどっと抜け座り込んでしまい、しばらくそのまま玄関でへたり込んでいた・・・。



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