第7話

 スイーツ店を退出した優はスマホを取り出し現在の時刻を確認してみる、すると時刻は12時を少し回ったくらいであった。


「一旦食材だけ買って家に帰ろうかな」


 優は次の予定を食材の購入に定め、商店街に入っている店を回っていく事にした。肉屋に八百屋、魚屋と回り、一通り食材を買いそろえると自転車置き場に戻った。自転車に荷物を載せるために、前の籠に入れてあった荷物入れを後部の台にセット。その後、後部の荷物入れと前の籠に買った食材を詰め込み自宅へと自転車をこぎ出した。


 食材のせいで重くなったペダルを必死でこぎ、ひぃひぃ言いながら家へと帰る。男であった時はもう少しましだった気がしたのだが、どうも女の体になった事で筋力も大分変ったらしい。


「ふぅ・・・ふぅ・・・やっと着いた・・・」


 出かけた時の3割増し程の時間をかけ、ようやく家にたどり着いた優は自転車から荷物を下ろし始めた。必死に自転車をこいで疲れた体に鞭をうち、2往復して荷物を全て冷蔵庫にしまい込み、リビングのソファーへとへたり込んだ。


「今度からはもう少しこまめに買い物しよう・・・」


 冷蔵庫がほぼ空っぽに近かったので、欲張って今回は多めに買い込んでしまったので、次からはもう少しこまめに買い物をしようと優は心に誓った。


 その後少し休憩と思い、インスタントコーヒーを入れてリビングに置いてあった小説本を読み始めた。買った覚えがない本だったが、これも女になってしまった影響からくる変化であろう。


「結構面白いなこの本・・・」


 何気なく読み始めた小説本だったが、読み始めると話が面白く引き込まれるように読み進めてしまう。気が付くといつの間にか最後まで読み終えてしまっていた。


「しまった・・・ついつい読み切ってしまった・・・」


 そんな事を言いながら、小説本を読み続けて固まってしまった体をほぐすために立ち上がり伸び上がる。背中当たりからポキポキと音が聞こえ気持ちよくなっていると・・・。


『ピンポーン』


「ん?はーい」


 玄関のチャイムが鳴り、来客を知らせる。優は声を上げながら玄関へと歩き、ドアの鍵を開け扉を開く。


「商品お届けに参りました!佐十優様でよろしかったですよね?」


「はい、そうです。ありがとうございます」


 配達人の服と停めてある車のロゴから察したが、来客は布団屋の配達だったようだ。確認の為のサインを求める配達人へサインをすると、確認を終えた配達人は商品を玄関まで運び入れてくれる。


「それでは、本日はご購入ありがとうございました。また布団をお求めの際は当店にお越しください」


「はい、ありがとうございました」


 最後まで丁寧に接してくれた配達人にお礼を言い扉を閉めた。そして早速届けられた布団を自室まで運び、封を解いてベットへと布団をセットする。


「ふぅ~、ようやく今日から快適に寝られるな」


 新しくなった布団を眺め、これで今日から再び快適に寝られると優はニンマリと笑う。そしてその笑顔のまま、新品の布団へとダイブした。


「あー、新品っていいよなぁ。なんかわからないけどいいわ!」


 そんな事を言いつつゴロゴロと新品の布団の上を転がり回った。そしてそれに満足したのか起き上がり、ベットの上で胡坐をかいて座り込んだ。


「あー満足っと。そういえばさっきの本って続き出てたりするのかな?調べてみよう」


 優はそう言い、先ほど読んでいた小説本について調べ出す。どうも読み切りの小説でなく、続き物だったので続巻が出ているのか気になったのだ。そしてどうも続巻は出ているらしい。


 優はチラリと時計を見る。すると今から書店へと出かけたなら、暗くなる前には帰れる様な時間だった。女になってしまった原因を探るにしても、今日はもう時間がないと自分の中で言い訳し、気になった本を購入する為に出かけることにした。


 そうと決まったなら優の動きは速かった。財布とスマホを鞄へと突っ込み自転車へと飛び乗り、書店へとペダルをこぎ出した。


「書店へ行くならこっちからのが早いはず」


 優は書店への道を頭の中に描き、一番近い道を選びその道を進んで行く。そうすると途中で古い公園があるのだが、ふとその前を通りすぎる時に公園の中が目に入る。


 その公園は古く、優が小学生に上がる頃にはあまり訪れる人もいなくなっていた。そんな公園にあるブランコで子供が数人遊んでいるのが優の目に入る。


「この公園で遊ぶ子見るの久しぶりだな。っととそれより本、本~」


 この公園で遊ぶ子を見るのは珍しい。だが今はそんな事より本だと優は書店へと急ぐ。


 ・

 ・

 ・


「ふぅ~買えた買えた。他にも面白そうな本も買っちゃったな~」


 優は無事書店へとたどり着き目的の本を買うことが出来ていた。更に面白そうな本を数冊見かけたのでそちらも追加で買い、今はそれを読むことを楽しみに家に帰ろうというところである。


 そうして帰ろうと家に向かう途中、とても甘く香しい匂いが優の鼻腔へと届いた。それを感じた瞬間優はキョロキョロと辺りを見回す。


「あれか・・・いい匂いぃ・・・」


 見つけたのは一台の移動販売車だった。どうやらクレープを売っているらしい。優はその移動販売車の方へと自転車の向きを変え近づいて行く。そして近くに自転車を停め、クレープを作っている店員へと話しかけた。


「すいません、1つくださーい」


「はい、いらっしゃーい!おっお嬢ちゃんかわいいねー!サービスしちゃうよー?」


「え?あ、はぁ・・・」


 店員は若い男で、優に向けてそんな風に返してきた。突然そんな事を言われた優は何と返したものか困り、曖昧な返事を返す。そして、そういえば今の外見は美少女だったなと思い出し、こんな風に言われることもあるかと納得した。


「あー、じゃあこのチョコの奴ください」


「かしこまりましたー、すこしおまちをー」


 とりあえず優は気にしないことにして、ディスプレイとして飾られた物の中で目に入った、美味しそうなチョコのクレープを注文する。店員はそれを受け注文された商品を作り始め、程なくして商品が出来上がったのでお金を支払う。そして商品を受け取ろうとした時、店員がこう言ってきた。


「はい、こちらご注文の商品でーす。お嬢ちゃんかわいいからサービスしといたよー」


「あ、はい。ありがとうございます?」


 受け取ったクレープを見ると、ディスプレイされた物にはなかったソフトアイスのトッピングが付いていた。優は内心、かわいいって得だなぁと思いつつ販売車から離れていった。


 停めていた自転車まで辿り着き、流石に乗りながら食べる事は難しかったので、クレープ片手に自転車を押しながら家へと向かった。しかし、途中で予想外の事態が起きる。


「あっ・・・アイスが溶けて来た。得したと思ったけど意外な落とし穴だ・・・」


 何と、サービスでつけられたソフトアイスが溶け始めて来たのだ。優は仕方がないので何処かで食べていくしかないと思い、何処かいいところが無いかと辺りを見た。するとすぐ傍に丁度いい場所があるのが見えた。


「あそこでいいか。たしかベンチも置いてあったはずだし」


 優はそう言ってその場所へと近づいて行った。そして入口に自転車を停めて中へと入って行き、備え付けられていたベンチへと座った。


「古い公園だけどベンチは意外と新しいんだよな。良い事だけど」


 優が見つけた場所とは、行きにも見たあの古い公園だった。


 優はその公園に備え付けられているベンチに座り、クレープを食べ始めた。


「あー、うまぁ・・・。甘いものは好きだったけど、女になってから余計に好きになった気がするなぁ・・・」


 独り言を言いながらクレープを食べ進める。そして半分ほど食べた頃、無性に熱いコーヒーが飲みたくなったので、公園内にある自販機へと歩いて行った。


「甘いモノには牛乳か熱いコーヒーだよなぁー。ポチッとな」


 優は自販機でいつも買うメーカーの缶コーヒーを買いベンチへと戻る。そしてクレープを全部食べ終えてから缶コーヒーを開けて飲みだした。


「あぁ~、甘い物の後の熱いコーヒー最高~」


 そんな風に言いながら、ズズズとコーヒーを飲む。そしてコーヒーを飲みながら何気なく公園内を見ると、ブランコの上に誰かが座っているのが見えた。


 そういえば、行きに子供が遊んでいたなと優は思い出した。行きに見た時は数人いたが今は一人だけのようだった。


 コーヒーを飲みながら横目でブランコの方を見ていると、ふと遠くの方から音楽が聞こえて来た。


『~~~♪~~~♪』


「ん?あー、夕方のあれか」


 辺りはもう暗くなってきたので、それを知らせる為によく聞く、あの音楽だった。


 優は飲みかけのコーヒーだけ飲んで帰ろうと思い、ブランコの所にいる子にも声をかけた方がいいのかなと思い、ブランコの方をちらりと見る。


 するとブランコの上に乗っていた子供は、ブランコをこぎ始めて遊びだしたようだった。まだこぎ始めたばっかりの様で、小さく小さく揺れている。



『ギコ ギコ』



 優はそれを見つつコーヒーを飲み進める。



『ギコ ギコ ギコ』



 ブランコに乗った子供は、徐々に徐々に大きくブランコを揺らし始めていた。



『ギーコ ギーコ ギーコ ギーコ』



 コーヒーを飲みながら、優はそれを何気なーく見ていた。



『ギーコ ギーコ ギーコ ギーコ ギーコ』



 優は何やら違和感を覚えた。何だろうと思うが何かわからず、やがてコーヒーが最後の一口になったので、缶と自分の顔を大きく傾け中身を飲み干した。



『ギーーコ ギーーコ ギーーコ ギーーコ ギーーコ』



 缶コーヒーを飲みほすために上向いていた顔を戻しブランコを見ると、違和感の正体に気付いた。


「あれ・・・?大人・・・?」



『ギーーコ ギーーコ ギーーコ ギーーコ ギーーコ ギーーコ』



 ブランコをこいでいたのは確か子供のはずだった。それが何故か今ブランコにいる人は大きく、大人の様だった。


 不思議に思い、優はブランコを漕いでいる人をジッと見ようとする。果たしてあれは子供なのか大人なのか。


 辺りは暗くなってきて、ブランコの上の人はおぼろげにしか見えないが、それでも子供か大人かくらいは解るだろうと・・・。




『ギーーコ ギーーコ ギーーコ ギーーコ ギーーコ ギーーコ ギーーコ』




 優は不思議な事に気が付いた。ブランコの上に乗っている人は、ブランコが揺れるたびに大きくなっている気がするのだ。




『ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ 

 ギーーーコ』




 どんどんどんどん大きくなっている気がする。





『ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ 

 ギーーーコ ギーーーコ』





『ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ 

 ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ』






 どんどん・・・どんどん・・・。






『ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ 

 ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ』






『ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ 

 ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ ギーーーコ』







『  ド ン  』





 イキナリベンチにそんな音が響く。


「ヒッ!」


 驚いた優は情けない声を上げてしまった。そして恐る恐る横を向くと・・・。


「ん?どうかしたか?」


 そこには何回か見たことのある男が缶コーヒー片手に座っていた。優は最初誰だったかと思い、直ぐに思い出す。


「あ・・・川であった・・・」


「ああ、そういえばあったな。奇遇だな」


 ベンチに座ってきた男は、川でもあった男だった。よく見るなと思いつつ、ブランコの方をちらりと見る。



『ギコ ギコ ギコ』



 そこには誰もいなかった。



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