第3話

「むむむ・・・まさかあんな落とし穴があるなんて・・・」


 自分の意識の中では男、しかし現在の体はどこからどう見ても女、そんな状態の人物佐十優は、ブツブツと何かを言いながらある店に向かって道を歩いていた。


「まぁ、そりゃぁ服が女物なら下着もそうだよなぁ・・・。けどパンツはともかくブラジャーなんてつけたこともないしどうすればって話だよな・・・」


 優が愚痴っていたのは下着の話だった。自分は男だという意識がある優は勿論、ブラジャーなどというものは付けたことがない。母親も亡くなっている優は、女物の下着すらみるのは初めてだったのだ。結局はスポーツタイプの簡単につけれる物を見つけて着用し事なきを得たのだが、優は未だにグチグチと文句をたれていたのだ。


 しかしそんな愚痴も目的地に着いたことにより止まり、優はその店を無言で眺めた。


 その店の外観は、屋根は黒色で外壁は白、扉は茶色といったとてもシンプルなものだった。まだ時刻は9時にもなっておらず、店の扉には『準備中』の札が掛かっていた。


 優は一度大きく深呼吸をし、まだ『準備中』と札が掛かっている店の扉を開いた。


 扉が開くと、扉につけられていたベルが「チリンチリン」と軽やかな音を出し、客の来店を知らせる。しかし店はまだ準備中、開店していないにも関わらずなったベルに、店の店主は準備に追われながら目も向けずに声をかけた。


「すいませんお客さん!まだ準備中ですのでもう少しお待ちを!」


 店の店主は「札かけてなかったかなぁ・・・」とブツブツ呟き開店準備を進めていた。優はそんな店主の事を気にせずにカウンター席に腰かけ、そして店主に声をかけた。


「おじさん、俺・・・あ、いや私です」


 優は自分の事を『俺』と言ったが、慌てて『私』と言い直す。


 優は少し前にトンデモ推察を行い、自らの黒歴史となる様な行動をとってしまったものの最初の『佐十優は元々女と認識されている』、この事は恐らく間違っていないだろうと、自分の持ち物を調べた結果、そう判断した。


 なのでなるべく言葉遣いや所作等も、外見との乖離から不自然に見えない様に女の子らしく振る舞う事にしたのだ。


 優に『おじさん』と言われた店の店主は少し疑問に思いながらも振り返り、声をかけた人物を確認した。


「あれ?優ちゃん?何でこんな時間に?学校は?」


 店の店主『桐谷幸平』は、声をかけてきたのが自宅の隣に住む少女であったことに驚いていた。それもそのはず、普通ならば目の前の少女は、今の時間だと自分の息子と同じ高校に行っている筈だったからだ。なので疑問に思い問いかけるのは自然だった。


 問いかけられた優は、自分が自然に女だという事を受け入れている幸平を見て、予め考えてきた答えを返した。


「えぇ・・・、ちょっと緊急でやることがあって・・・。だめな事だとは思ったんですけど、学校はやすんじゃいました・・・」


 優はいかにも訳ありですよ、といった雰囲気を出しながらそう言った。優が知っている幸平ならば恐らくこれで納得してくれるかなと思ったのだ。


 その考えは当たり、幸平は「そうか・・・まぁしょうがないよね」と呟き、腕を組みながら頭を上下に振り、ウンウンと頷いていた。


 優は内心、納得してくれるにしてももう少し何か言われるかと思っていたのだが、あまりにもあっさり行き過ぎたことに拍子抜けした。だがそれはそれで問題ないと思い、次の行動にでた。


「あ、お店まだ開いてないのに入っちゃってごめんなさい。ちょっと手伝いますね?」


「ん?あー、そうかい?じゃあまずはテーブルでも吹いてくれるかい?」


「はい。じゃあテーブル吹き借りますね?」


「ああ、よろしく頼むよ」


 優は店の開店準備を手伝うと言い出し、幸平から仕事を割り振ってもらった。普段から偶に店を手伝い、お小遣い代わりにデザートやジュースをもらっていた事もあり、難なく店の手伝いをこなしていく。


 そして店の準備を手伝いながらも偶に幸平に話しかけ、情報収集をして自分の推察に裏打ちを付けて行った。


 ・

 ・

 ・


「ふー、ありがとう優ちゃん。今日は妻が風邪をひいたみたいでね、おじさん一人で準備しなきゃいけなかったんだ。助かったよ」


「そうだったんですか。後で静さんのお見舞いに行かせてもらいますね?」


「いや、大丈夫大丈夫。移ってもいけないしね。それに大事を取って休んでいるだけで、そんなにひどくないから」


「そうですか、わかりました。お大事にとお伝えください」


「ありがとう、つたえておくよ。さぁ、店を開けようか」


「あ、外の札変えてきますね」


「ん?お願いできるかい?ああ、それとこれを店の裏に持って行ってくれるかい?」


「わかりました」


 開店準備は無事終わり、表の札を『開店中』に変えてくると伝えると、小さなゴミ袋を渡される。店の裏にゴミ捨て場があるのでそこに捨ててきてほしいらしい。


 優は店の外に出て札を裏返し、ついでに入口近くに置いてあったメニューなどが書いてあるサイドボードも設置する。その出来栄えに満足して頷き、後はゴミを捨てに行くだけと店の裏手のゴミ捨て場に行きごみを捨てた。


 カラス等に荒らされない様に確認を終え、店の中に戻る為店の表に回りドアを開いた。


「チリンチリン」とベルが鳴り、優が戻ったことを伝えると、幸平が手を洗うように促してきたので、それに従い手を洗いに一度厨房の中に入り手を洗いカウンター席に戻った。


 すると幸平が店の奥の方から歩いてきて優に声をかけてきた。


「優ちゃんありがとうね。何時ものだしていくから食べて行きなよ」


「ありがとうございます。いただきますね」


 優は幸平の方に振り向きながらそう返す。


 振り向いた優の目は幸平の向こう側、店の一番奥のボックス席に人影がある事に気付いた。その人物はボックス席に座り向こう側を向いていたので、背中側しか見えなかった。


 いつの間にいたのか気づかなかったが、幸平がそちらから歩いてきたという事はすでに接客をした後だろうと気にしないことにした。


 幸平がカウンターの向かい、厨房の中に入ったので、優は幸平と軽く会話を交わしながら、『何時もの』が出てくるのを待っていた。やがて直ぐに『何時もの』がでてくる。


「はい、おまたせ優ちゃん。何時ものショートケーキとコーヒーだよ」


「ありがとうございます幸平おじさん。いただきます」


 幸平が持ってきたのはショートケーキとコーヒー、これが優の『何時もの』だ。優はまずコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜ、それから一口飲む。


「うん、おいしい」


「はは、ありがとう優ちゃん。でもまだ雄一先生みたいにブラックは無理かい?」


「はい・・・さすがに父さんみたいにブラックは・・・」


「慣れるとブラックのままでもおいしいんだけどね。まぁ好みは人それぞれか」


 幸平は優にコーヒーの飲み方について話を振ってきた。


 優は中学に上がったくらいから父『佐十雄一』の影響でコーヒーを飲み始めた。雄一はブラックで飲んでいたのだが、流石に中学生だった優には苦すぎて真似できず、砂糖とミルクを入れて飲んでいた。高2になった今でも、『何時もの』と言ったら出て来るくらいにコーヒーは飲んでいるが、未だにブラックでは飲めていなかった。


「そうですね。私は砂糖とミルクを入れたこの味が好きなんです」


「ははは!そうかい!まあ涼真みたいに全く飲まないよりかはいいよね。あいつは未だに飲み物と言ったら甘いジュースだからね」


「別にそれはそれでいいと思いますよ。あ、でもこの前甘ーいコーヒー牛乳飲んでましたよ」


「おお、それはそれは」


 優と幸平はそんな調子で次々と話題を見つけ話していた。幸平の息子で優の幼馴染でもある『桐谷涼真』の話題も交え、和気あいあいと話をしていた。


 その後、ふいに話題が途切れ、ケーキとコーヒーも飲み終えた優は幸平に声をかけた。


「あ、すいません幸平おじさん、長々と話し込んじゃって。お客さんもいるし迷惑かけちゃいましたか?」


 優はついつい話し込んでしまっていた事と、声の声量も抑えずに喋っていたので、ボックス席にいたお客さんにも迷惑が掛かったかもしれない、そう思ったので幸平に謝った。


 すると幸平は何も気にしていないといった風に返してきた。


「大丈夫大丈夫、優ちゃんと話せておじさんも楽しいから。それにお客さんはまだ今日は一人も来てないよ?」



「え?」



 幸平は気にしていない『風』ではなく、本当に気にしていなかったのだ。


 ・・・何故なら店には客が来ておらず、やることもまだなかったからだ。


「え・・・?でもあそこに・・・?」


 優は『何時もの』をいただく前に見たはずのお客がいるボックス席を見た。しかしそこには誰もおらず、いた形跡もなかった。


 何故か優の背筋はゾワゾワとした。だが気になったのでボックス席の方を確認しようとして立ち上がろうとしたその時・・・。



『チリーン チリーン チリーーン』



 店の扉が開き、お客さんが入ってきた。


「いらっしゃいませー」


 入ってきたお客さんに幸平が挨拶をし、席に促そうと入ってきたお客さんに近づく。


 優はその幸平の動きを目で追い、更に幸平の先にいるお客さんを視界に入れた。



『ゾクリ』



 優がそのお客さんを視界に入れたと同じように、そのお客さんの男も優を視界に入れた。何故かその瞬間、背筋が一瞬ゾクリとなり妙な居心地の悪さを感じた。

 別にその男を不快に思ったわけではない。見た目も服装も変わったところがない、所謂普通のサラリーマンといった感じだ。唯一変わっているのは大き目の鞄を持っている事くらいだろうか?


 そしてそんな男は優から視線を外し、幸平の案内で奥のボックス席へ向かった。優が感じた妙な居心地の悪さは治まったモノの、ボックス席の客といい何か気味が悪い感じがしたので、幸平に一声かけて店を出ることにした。


「幸平おじさん、私そろそろ行きます」


「ああ、またおいで」


 幸平からはそんな言葉が返ってきた。優はそれを確認し、そそくさと店からでていった。


『チリンチリン』


 客の男は店から出ていく優の姿をジーっと見ていた。



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