僕のハッピーホワイトデー

 バレンタインデーにちょっとけんかしたあいつは、いつもどおり翌日にはもうケロっとしていつも通りにLINEをしてきてた。まあいつものことだ。


 試験が終わって2月20日。僕は一大決心をした。あいつばかりにいい思いはさせない。


 そして3月14日。合格発表の日が来た。14時ちょうどに結果発表がある。僕はそれを自分の部屋で身構えて待っていた。


「よーっす!」


 部屋のドアが勢い良く開いて聞きなれた声が聞こえてきた。


「うわあ!」


 思わずビクッとなる僕。あいつが来るなんて全くの予想外だった。


「なんだよ。びっくりさせんなよ」


 僕は学習机の上の紙袋をさりげなく足元に隠した。


「へっへーん、大成功」


「何しに来た」


「あれ? 今日発表じゃなかったっけ? それを見にだよ」


「だからなんでいちいちお前と一緒に見にゃいかん」


「まあまあ、あんま細かいこと気にすると禿げるよ。太るよ」


「うっさい」


「あと15分だねえ。落ちてたらどんな罰を与えようか…… くっくっくっ」


「受かってるし。受かってたら僕がお前に罰を与えるからな、へっへっへっ」


「やだね。実際どうなのさ」


「前にも言ったろ。自己採点ではまあ……」


「まあ」


「それなり……」


「あー、だめなやつだわそれ……」


 すると母親が飲み物を持ってやってきた。気色悪い笑顔を浮かべていやがる。


「いらっしゃい。久しぶりよねえ。中学以来?」


「おじゃましてます。中2以来だったと思います」


「あらお菓子忘れちゃった。あんたちょっと一緒に取りに来て。じゃ、汚い部屋だけどゆっくりしていってねえ」


「なあ僕もうすぐ合格発――」


「いいから来なさい」


「あはい」


 台所まで行くと母親は真剣な顔で僕に言った。


「あんたみたいなののどこが気に入ったんだか知らないけれど……」


 ん? あいつのことか?


「あんないいお嬢さん絶対逃がすんじゃないわよ」


「あ、ああ」


 すごい気迫で言われた。ちょっと怖かった。僕の周りには何でこんなに怖い女性が多いんだろう。それにしても母親もすっかりあいつの外面に騙されてるのか。あいつはつくづく恐ろしい女だ。


 茶菓子を持って2階に上がる間考えた。母親が言ったようにあいつは僕のことを気に入ってるのか? ほんとにそうなんだろうか。だったら少しうれしいという気持ちがふと頭をもたげる。まあ色々うるさそうでだるいけど。


「おっそーい、あともう2分もないぞ」


「ああ、すまん」


 改めて学習机の前に座る。僕たちは口数が少なくなっていた。


 僕は黙って慎重に受験番号を入力する。


 PCの時計が14:00になった。


「よしいくぞ」


「いいから早くっ」


 Enterキーを叩く僕。画面は真っ白だ。


「なによっ、全然出てこないじゃないっ」


「回線が混雑してるんだろ。待つしかない」


「あんたよくそんなのんきなこと言えるわねっ」


 全然のんきじゃない。


「結果はもう決まってるんだから今更じたばたしてもしょうがないさ」


「なんかむかつく」


「腹くくって待とうぜ」


「ちぇっ、あっ!」


「来たかっ!」


 画面が切り替わり大きな文字で


≪合格。おめでとうございます。あなたは合格しました。入学手続きボタンから期限内に入学手続きを行ってください。


学部名 理学部


学科等名 生物科学学科≫


「やった! やったぞっ」


 今になって心臓の鼓動が止まらなくなる。


「やったじゃん!」


 椅子に座ってる僕にあいつが飛びついて僕の上に乗っかってきた。僕もあいつの背中に腕を回して椅子を回転させる。僕たちは抱き合ってばかみたいに笑い合いながらぐるぐる回り続けた。


 それも収まると僕はあいつに礼を言う。


「ありがとな。お前が勧めてくれなかったら高嶺の花のままだった」


「へへっ、やればできるやつだと思ってたからさ、まあざっとこんなもんでしょ」


「ん」


「ふふっ」


 また抱きついてくる。僕もそれに応えた。なんかいい匂いがする。


 はっと息をのむ声がしてするっと僕の膝の上から滑り降りたあいつは顔が真っ赤だった。


「あー、なんかごめん」


「い、いや、僕の方こそ……」


 僕も顔や耳が熱いのがわかる。さっきまで僕の脚の上に乗っていたり胸に押し付けられていた感触に僕は戸惑う。あいつ…… やっぱ胸全然ないな。


「はっ、早くおばさんにも報告しなくちゃ。そしたらさ……」


「その前に、これ受け取ってくれないか?」


 いつになく真剣な僕のまなざしが不思議だったのか、あいつはきょとんとした顔になる。


「え? じゃあ、まあ……」


【次回】

僕の一念発起

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