化け狐のハッピーバレンタイン

 受験を3日後に控えている。本命だ。あいつと同じ大学。


 僕はその大学の生物科学科入学を目指し猛勉強した。大学に入ってからさらにあか抜けたあいつは相変わらずわがまま全開で、夜中は不用心だからとファミレスに呼び出してきたりする。そしてどうでもいい話をしばししてから一緒に帰り僕の家の隣の自宅に帰っていく。でもあいつとの会話は心地よくていい息抜きになった。


 今日も追い込みの勉強をしていると、コンコンと僕の部屋の窓が叩かれる。せっかく勉強モードなのに頭を切り替えたくない。一体あいつは僕に受かって欲しいのか欲しくないのか判らなくなってきた。


 僕はため息をついて窓を開ける。そこには園芸用の長い棒を二本つなげたもので僕の部屋の窓をつつくあいつがいた。


「勉強の邪魔すんな」


「ちょっと息抜きしない? 5分だけ」


 なにがそんなにうれしいのかニコニコと笑みを浮かべている。いや、ニヤニヤか。


「はぁー、その5分で5点失う。おやすみ」


 僕が窓を閉めようとすると、棒を窓に挟んでくる。


「大丈夫大丈夫、そのあと5分長くやればいいんだからさっ」


「それは詭弁きべんだ。時間は有限なんだぞ」


「とにかくその棒の先っちょ見てよ」


 よく見るとそこには小さな紙袋がぶら下がっていた。


「なんだこれ?」


「いいからいいから、さっさと開けてみる」


 紙袋を受け取って中を改めると、真っ赤な包装紙に包まれて白いリボンが結ばれた長方形の箱が入っていた。


「ふーん、クリスマスはもう終わってるぞ」


「ばかっ! 今日何日だと思ってんのよばかっ!」


 そんなにばかばか言うことないだろ。


「えーっと、2月じゅうよっバレンタインデーっ!」


「やっと気づいたか、ばか。その様子なら1個ももらってないな。思った通りダサいやつめ。そんなんでホントに合格できんのかよ」


 バレンタインデーと合否の相関関係についてはさっぱりわからないが、これは一体どういう風の吹き回しだ? こいつ小1から高3までの12年間こんなこと一回もしてなかったぞ? 義理チョコすらくれなかったくせに!


「なんで?」


「えーっと…… まあ…… 余った、からかな? あははは」


 妙な笑顔を見せるあいつ。


「ふうん、やっぱ大学でもいっぱい配ったりするのか? サークルとか」


「ま、まあな…… そんなことより早く開けてみてよ」


「お、おう」


 包装紙とリボンを丁寧にとって開けてみると、そこには見事な6つのトリュフチョコが入っていた。


「おっ、美味そう。どこで買って来たんだ」


「買ったんじゃないよ。作ったんだよ」


 鼻高々なあいつ。


「作った? マジで? すげーな! これはもう特技だろ!」


 あいつの鼻はどんどん高くなっていく。


「ふっふーん、もっと称賛したまえ。ほれ、称賛しろ」


 早速一個口にしてみる。


 うま。


「なあ、これホントに買って来たんじゃないの? フツーに美味いんだが」


「よしっ!」


 あいつは指を鳴らすしぐさをしたが、音は出なかった。


「あんたがさあ、ちゃんとうちの大学合格できますようにって祈りを込めて作ったんだからさ………… 絶対受かれよ」


「あはい」


 最後んとこちょっと怖かった。


「でもさ、学年も学部も違うんだから一緒に授業を受けることはないだろうけどな」


「いやいや、あたしまだとってない一般教養があるから、それで一緒になれるんじゃない」


「へえ」


「一緒に授業受けれたらさあ、楽しいよねえ」


「うーん、まあそうかもな」


「反応薄いなあ、はぁ」


「そりゃどうもすいませんでした」


「ホントに受かる気あんの」


 眉をひそめるあいつ。


「あるよ」


「どうだか」


「そんなこと言うならなあ、勉強の邪魔なんかすんなって」


「なんだとっ、人がせっかくわざわざ苦労してチョコ作って気合い入れてやってんのに、なんだよその言い草。もっぺん言ってみろっ」


「何度でも言ってやるよ。 落ちたら邪魔したお前のせいだかんな」


「自分の実力不足を棚に上げてよく言うよ」


「なにを!」


「なによ!」


 険悪な雰囲気で僕たちはにらみ合う。冷たい目になるあいつ。


「……ふんっ、明日1限から授業あるし。もう寝るわ」


「さんざん引っ掻き回しといて先に寝んのかよ」


「じゃそれ返してくんない」


「やだね」


「おやすみ。絶対受かれよ。いいな」


「ああ、受かったら土下座しろよ」


「誰がするかばーか、ばーかばーか」


 窓をぴしゃりと閉じて勢いよくカーテンを閉めた。


 その日は不愉快だったのでチョコは小さなテーブルの上に放置したままだった。


 翌日紙袋を畳もうとして改めて中を見るとお守りが入っていた。やたら遠くの霊験あらたかと評判の天神さんだ。あいつ、あんな所まで行ってお守りを買ってきてくれたんだ。そう思うとなんか悔しいけど少し胸が熱くなった。あんな憎まれ口叩く癖に案外いいとこあるじゃないか。


 一応LINE送っとくか。


 ≪チョコ美味かったよ。あとお守りも。遠いとこまでわざわざありがとな。お前わりといい奴だったんだな。絶対受かるから≫


≪(『ふんっ!』と怒った犬のスタンプ)≫


 最後の一個を残し僕は勉強をしながらゆっくり時間をかけてこれを食べた。


 そして受験当日。僕は席に着くなり試験官に見つからないようその最後の一個を口の中に放り込んだ。


 それはあいつの祈りとなって僕の細胞一つ一つへと染み渡っていくような、そんな気がした。



【次回】 僕のハッピーホワイトデー


 ※2024.2.16  大幅な改稿をしました。

 ※2024.2.18 改稿をしました。

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