異世界は、ややSFでした

柿咲三造

第1話 思ってたのと、ちょっと違った


「転生………しちゃったよ、オレ」


 少年は、見慣れない月を見つめて、つぶやいた。大人の男と呼ぶには早い、15歳になったあたりの、ひ弱そうな少年だった。月夜でも分かる、目立つ金髪は泥に血にまみれて、どろどろだった。

 森の奥深くで、少年は月夜を見上げていた。


「おれは………レック、そう、レックだ………浪人なんかじゃ、ないっ」


 見慣れた月でもあり、異世界の月であり、混乱する。

 冷たい夜風が、心地いい。激しい運動と言うか、命のやり取りをした直後であるのだ。湯気が体中から、湧き上がっていた。

 魔力を激しく消費した直後も、湯気のように湯気が湧き上がる。そういった常識が分かり、同時に、新鮮だった。

 前世の自分と、今の自分が、同時にいた。


「………異世界だよ、異世界に転生したんだよ。命の危機で、秘められた力が目覚めて………やった、やったんだよ――」


 そして、うなだれた。

 手にしている武器が、ちょっと重たく感じる。疲れきっていれば、持ちなれた武器でも、とても重たくなるものだ。


 リボルバーだった。

 緊張がほどけ、指の力が、そろそろ怪しい。魔力をかなり消費したのだ、このまま、ぶっ倒れても不思議はない。そして、そうなっても助けは来ない、そういう状況なのだ。


「はぁ~………転生、しちゃったんだよ~………なんでだよ、いや、分かってるよ。分かってない………あ゛あ゛ぁ~………なにを言ってるんだ、ボク――オレはぁ~」


 武器を手にしたまま、頭を抱えた。

 マジック・クリスタルが一部輝いているものの、リボルバーと言う武器だとわかる。そう、分かるのだ、ここは、ファンタジー気分があふれている、夢と危険が隣り合わせの、異世界だと言うことを。


 お約束を裏切らず、命の危機に、秘めたる力が覚醒したのだ。


 リボルバーは、そのために壊れた。

 魔法の力の暴走に、頑丈な構造であっても、限度を越えたのだ。そのために――


「………これから、どうしよ」


 ついに、倒れた。


 目の前には、まだぬくもりのあるモンスターの亡骸なきがらがあり、こげた匂いが周囲に漂って、食欲と吐き気を、同時にさそう。

 このモンスターを討伐とうばつすれば、一ヶ月ほどはゆとりが出来る。そのために、少し無理をして、森の奥へと進んだのが三日前だった。


 遭遇したのが本日で、その結果は命の危機だった。


 知らされていたよりも、サイズが倍ほど巨大だったのだ。

 結果、前世の記憶がよみがえったわけである。お約束と言うか、同時に魔力がね上がり、目の前のローストされたイノシシが出来上がったわけだ。


「よし、落ち着こう………これでも、浪人――高校生だったんだ、落ち着こう、センター試験とか考えるのも終わったことだし………え、待て――」


 ここは、日本人感覚では異世界である。

 それは、間違いない。日本に限らず、世界中で見上げる夜空は共通である。オーロラがあったり、夜のない日々があったりと言う違いが例外としても、月の数は、さすがに共通だ。

 一つだ。

 あの日も、夜勤業務のためにはしごを上って――


「夜勤?………ボクはまだ、浪人生で、大学生活も………」


 違和感に、ゆっくりと起き上がる。

 現在の自分は、異世界の少年レックである。19歳の浪人生ではなく、そして、この世界から見て、地球は異世界である。


 そう、レックである自分は、前世である日本人の記憶がよみがえった、転生者でもある。


 だが、その記憶が――


「はぁ………そういえば、日本にいたときも、転生者の話があったな。前世の記憶があって、知らないはずの親戚の名前を言い当てたり、知らない言葉をしゃべったり、戦争中の、自分の死んだ土地の名前を覚えていたり………でも、断片がほとんどだろうな――」


 なぜか、真夜中の作業着姿が混ざっていた。

 試験までのカウントダウン、あの緊張と不安は、昨日のように思い出される。と言うか、ついさっきのことのはずだ。運が悪く、体調不良で受けられなかった大学試験である。それが伸びてしまったのならと、ネット小説を読みつつ、浪人生活を――


 そして、魔力が暴走した、命の危機。


 思ったより巨大だったモンスターを、イノシシのローストにしたのだ。

 いや、ローストではなく、爆発的に上がった火力で、頭を半分吹き飛ばして、毛皮も半分使い物にならない黒焦げにしたわけで………


「ボクは、19歳の浪人生で………なんで、でも………いや、オレは村人Aの15歳のレック………って、村人Aってなんだよ。冒険者だろ………ランクは、ブロンズだけど」


 リボルバーを、天へと掲げた。

 映画やドラマで、そしてSFやファンタジー作品でも、それなりに目にする銃である。細かな違いは分からなくても、リボルバーとわかればいいのだ。


 魔法の武器だとわかる部分は、側面にある、小さなマジック・クリスタルである。威力の調整や耐久の限界、小さいものの、防御バリアを展開する優れものだ。

 これが標準仕様と言うあたり、ファンタジーよりもSFの印象がある。

 

 マジカル・ウェポンシリーズという、ふざけた名前である。そして、そう思ってしまうのは、前世を思い出したからだ。


 ひびが入ったクリスタルを目にして、再び冷たい地面が、背中にぶつかる。


「ちっきしょぉ~………なにが受験生だ、なにがネット小説だ――オレはここに生きてるんだ、んなもん、どうでもいい。明日から、どうすればいいってんだよぉおおおっ――」


 夜空へと、叫んだ。


 武器が、壊れたのだ。

 これから、どうすればいいのだ。武器もない状態で、もしモンスターと戦うことになれば、自殺行為だ。


 まぁ、リボルバーがあると過信して、結果は命の危機だったが………

 

 前世の記憶がしっかりしているのは、来年の春に、受験を控えた緊張感である。次に記憶が混乱して、オレはオレだと、叫んだわけだ。

 冷静なる19歳の日本人の自分が、語りかけるのだ、冷静になれと。


 そう、前世の記憶は、記憶に過ぎない。転生した興奮は一瞬のこと、これから生きていくための知識があるわけでもない。

 そして、この世界の常識など――


「そうだ、旅に出よう」


 起き上がった。

 やけになって、自暴自棄になって、一周したわけだ。そして思い返す、自分の選んだ冒険者生活と、前世の記憶が手を組んだ。


「不思議を探しに、旅に出よう。退屈な村から旅立って、そうだ、焦げたけど、の売り上げがあれば………バイクも買えるっ」


 握りこぶしを掲げた。

 ヤケではない、希望を胸に、天へと掲げたのだ。

 半分こげた、ローストされたモンスターイノシシを見つめる。討伐とうばつしただけでも報酬があり、素材の売却で、さらに追加報酬だ。肉や骨に、焦げたとはいえ、無事な部位の毛皮に、そしてモンスターの証であるマジック・クリスタルと、今回の収入で、一ヶ月どころか、二ヶ月の生活費だ。中古のバイクくらい、購入できるだろう。


 なお、バイクは前世の記憶に引きずられたわけではない、リボルバーがこの世界で手に出来るように、バイクも存在するのだ。

 ややマジカルというか、地球のバイクとは違うが、あるのだ。


「そうと決まれば――そうだっ」


 前世の記憶が、叫んだ。

 決してゲームマニアでもなければ、そもそも、ゲームをやりこむよりも、ネット小説を読みふけるほうが好きであったが、知っている。

 そう、この言葉を知っている。


 片腕を突き出し、手のひらを広げた。


「たのむ、頼むぞ………転生主人公だろ、頼むぞ………」


 願いと期待と、そして不安が混ざり合った瞳で、突き出した片腕を見つめた。そう、転生主人公は、前世の知識で夢想をするのだ、チートをするのだ、この世界にない技術、知識を広めて――

 バイクやリボルバーと言う単語が出てきたが、気にしてはならない。今はとにかく、新たなる第一歩なのだ。


 改めて、叫んだ。


「ステータスっ!」


 ゲームかよっ――

 前世の自分が、ツッコミを入れた。


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