15 嫌だ、イヤだ、いやだ、嫌だあぁ~

「オン、ボキャバトゥ、オン、ボキャバトゥ……」

 青龍さんの声が部屋中に響き渡るンゴ。

「ノウボウ、バギャバトウ、シュシャ、オン、ロロソボロ、オン、チシュタロ、オン、シャネサラバ……」

 護符を投げる度、八咫鏡が青白い光を放つ。僕は青龍さんの醸し出す雰囲気というか、荘厳さに圧倒されたンゴ。

「アラタサダ、ニエイ、ソワカ!」

 大きな掛け声に呼応するように、八咫鏡は二度、三度と、ひときわ大きな光を放つ。そして青龍さんが護符を握ったままの手で鏡を取り上げ、僕の方に表面を見せたンゴ。


「今から映し出されますのは、耕作様の最後の記憶、末期まつごの瞬間で御座います」

 朱雀さんがそっと教えてくれた。ゴクリ。何だろう、嫌な予感しかしないンゴ。

「耕作様の体と心は、既に8割方戻っております。しかし最期のその時……心が記憶を封じたのでしょう。今尚戻りません」

「別に戻らなくても良いンゴ」

「御辛い記憶ですが、どうか目を逸らさず。見届けて下さいませ」

 心配そうな表情の朱雀さん……というか、なんで朱雀さんが僕の記憶を知っているンゴ?

「……オン、ボキャバトゥ、オン、ボキャバトゥ……」

 曇っていた鏡面が、段々と晴れていく。そこに映し出されたものは……



「ね! さっき告白してくれたでしょ? 実は私も。告白があるの」

 栞奈かんな! 鏡面に栞奈が映っている! 懐かしい。愛しい。最愛の人。そして栞奈に肩を借りて、半ば引き摺られるように歩いているブタは……僕ンゴ。

「私の告白はね。あのチョコレートとサンドイッチ」

 そうだ。栞奈に告白しようと思って、バレンタインデーに彼女を誘った。初旅行のあの日。場所はガラスの吊り橋ンゴ。

「実はあれ、私が徹夜で作ったの! おかげで寝不足!」

 彼女は僕のために、手作りチョコを用意してくれたンゴ。

「この日のために大学で研究してきたんだ。ずっと待ってた、このチャンスを」

 ダメだ、この先は見ちゃいけない。そんな気がする。僕の心が見る事を拒否している。だけど目が離せないンゴ……

「人の体が動かなくなるおクスリ。睡眠薬とか、しびれ薬みたいなものね。少し動けなくなる程度なら、100均やドラッグストアで売っているものだけで作れるの」

 嫌ンゴ! 見たくないンゴ! 知りたくないンゴ!

「パンとチョコ。タオルにも沁み込ませてあったよ」

 嫌だ、イヤだ、いやだ、嫌だあぁ~! その先は言わないンゴで! お願いンゴ、栞奈あ!


「お前さあ。キモいんだよ。ンゴンゴって老人かよ」

 もう語尾なんてンゴなんて言わないよ絶対。

「ど~でもいい話をペラペラ喋り出すしさあ。ヲタク丸出しでキモすぎ。高校も大学も無理して同じ所に来やがってストーカーかっつうの。いつもいつもエロい目で見てさあ。スリーサイズ聞かれた時マジ殺意芽生えた」

 どーでもいい話……だよね。歴史の話なんて興味ないよね……朱雀さんだって……また聞きたいって口では言ったけど……僕の話なんて聞きたくないよね……

「前も寝たフリした私の髪の毛触って匂いかいでキスしやがったろ。耳元でンゴンゴ言いやがってマジ鳥肌。キモいからすぐ髪切ったし。告白? 婚約指輪? マジキモいマジ無理マジ死ねよ」

 ごめん、ごめんよ栞奈……僕は栞奈の事が大好きだった……ただ……それだけなんだ……

「お前は! 事故で! 落下した! って! ご両親にも! 伝えて! おいて! や! る! よっ!」

 ……僕は……栞奈に橋の上から突き落とされて……

「お、ち、ろォ!」

 ……死んだ。



「耕作様。耕作様っ!」

 朱雀さんの声がする。

「ン……ゴ……いや、ンゴって言っちゃいけなかったんだ……」

「耕作様! 御気を確かに!」

「ンゴ……じゃなくって……もう何でもいいや」

「これは、まだ早過ぎたのかも知れないね」

「青龍!」

「いつかは、知って貰わなければいけなかった」

「それでも! こんなの酷いです! ほら、こんなに泣いて……これでは耕作様の魂まで死んでしまいます」

 僕の目は開いているらしい。何かが動いているのは分かる。でも瞳には何も映っていない。ただ何かが視界の中で動いたり、視界いっぱいに広がったりする。それから、僕は温かくて柔らかい感触に包まれた。僕はこの感触を知っている……何だったっけ……

「最後のチャンスだ。知っているだろう? もう複製品レプリカの一つさえ残っていない」

「だからこそ!」

「複製品さえあれば、先代の魂だって保護出来たのに……それに時間も……残されていない」

「それでも! もっと他にやりようはないのですか」

「時期が迫っている。今のままでは間に合わなくなる。荒療治でも、やらねばならなかった」

「でも! この御様子では……」

「朱雀。何のために君がいるんだい? 手前の仕事は、ひとまず終わった。暫くは朱雀に預ける。言うまでもないけどね、先代のこと……頼んだよ」


 何か言い争う声がする。僕はただ茫然と二人の会話を聞いていた。耳に入っても、理解は出来ていない。何も考えられない。考えたくもない。僕はもう、このまま……消えてしまいたい……

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