第20話 四日目 葬式後

不安はずっと俺の中でくすぶり

そしてそれから目線をそらすようにろうそくからも目を離した。

焼香のために立った時も

故人を偲ぶ時も・・・だ・・・

本来ならしっかりと偲ぶべきだが・・・

だが、偲ぶことも事実できなかった。

藤井さんの最後の姿を見ることは叶わなかった・・・

なぜなら

「彼の顔がぐちゃぐちゃだったみたいなんだ・・・」

社長の声が頭の中でリフレインする。

その通りに

藤井さんの顔には白い布がかけられていた。

どうやら見れることができない状態であるのだろう。

「・・・」

その時何も言葉が出なかった。

実際その場でなにか話さなくてもいい

だが「さよなら」ぐらい言葉にすればよかった・・・

そんな後悔すらかき消す光景だった。

帰り際藤井さんの両親が見送りに来た。

「「どうもありがとうございました・・・」」

声を合わせて頭を下げてくれる。

だが

女性の声は涙に震えてるのがわかる。

辛いだろう・・・

自分の息子を亡くしたのだから・・・

「「失礼します・・・」」

社長とともに頭を下げてその場を後にする。

式場に向かう時と同じく二人は特に話すことはなかった

気持ちは違っていた。

たぶん社長も

もちろん俺も

藤井さんの死を受け止めるのにいっぱいだったと思う。

現実感・・・

その言葉が当てはまる

藤井さんは動くことなく

棺桶という無機質な物に収められて

顔すらも見ることができない状態で対面したのだ。

そこにはゆるぎない現実があった・・・

「・・・私は一度会社に戻るが・・・君はどうする?」

気のせいかやはり少し声が暗く感じる。

「あ・・・家にそのまま帰ろうと思います・・・」

「そうか、君も疲れたろ?本当にちゃんと休むんだよ」

「はい、ありがとうございます」

気を使ってくれる社長に対して感謝の気持ちがあふれる。

それだけで先ほどの恐怖が少しだけ薄れたように感じる。

そうさきほどの・・・

いやいや、考えすぎなんだ・・・きっと・・・

「あ、それと例の途中の現場だが・・・」

ビク

心が跳ねる。

「明日から出れないだろうか?」

「あの・・・」

「うん・・・申し訳ないとは思うがお客さんが早くしてもらいたいってね・・・」

「・・・」

どう反応しようか考える

だが

「・・・わかりました」

本当は「厳しいです」って言いたかった。

でも社長から直に言われたら

NOとは言えない。

「助かるよ・・・明日はゴミの収集も遅らせたからあまりやることはないと思うが・・・」

「あの、人員は?」

「その件だが明日だけは一人でなんとかならないかな?」

「一人ですか!?」

つい声が大きくなる。

「うん、本当に申し訳ないが明日は人が裂けないんだ・・・どうかたのむよ」

そういって手を合わせる。

「・・・わかりました、明日以降は人がくる感じで考えても?」

「ああ、そういう予定だから」

すこしうなだれて返事をしたせいか社長も申し訳なさげである。

その様子をみて

自分に喝入れて

すっと社長の顔を見直して

「了解です。明日はたぶんできる範囲がすくないと思うので一人でやります」

「助かるよ」

「では、行きます。お疲れさまでした」

もう一度社長に頭を下げてその場を去った。

社長は俺の背中を見て送ってくれた

一人で帰る道すがら

“あの”部屋が頭の片隅に浮かんだ。

(ダメだ・・・考えるな・・・いつもの現場・・・)

言い聞かせるように

イメージした

“あの”部屋を否定の言葉で塗りつぶす

だが

「あ・・・そうか・・・」

俺は今から帰るんだ。

ということは・・・

「・・・・うーん・・・」

考え込んでしまう。

だって

俺の部屋も・・・

「あー・・・ダメだ・・・どうしたら・・・」

天をあおぐ

ここ最近の奇妙な出来事それも立て続けに

自分の勘違いもしくは思いすぎであってほしい。

けれど今日のろうそうあれは?

みんな見ていた

僧侶は不良品だと言っていたが・・・

明らかにおかしい様子だった。

「あーー」

前髪をバサバサと乱して頭をかく

正直自信がなかった。

このところ疲れているし

眠りもいまいちだ

この状態で今までの現象や身に起こったことが

本当に現実かと言われると・・・

怪しい・・・

もしかしたら自分が見ていた幻なんじゃないか?

元々自身のある生き方をしてこなかった

そんなツケが今になってやってきた

そんな気分だ。

これまでなんだかんだでのらりくらりと生きてきた

仕事なんかはちゃんとしていたが

プライベートは特になにもない

ただゲームをやって寝て起きて仕事して・・・

職場だって特に重い責任が俺にのしかかってるかといったら

そうでもない。

だって平社員

現場に出てある程度しっかりやっていれば問題はない。

もしあったとしてもその責任は上司が解決してくれていた。

そんな今までの生き方が不足の事態に対して

こうだ!というような確固とした確信

それがこんなところで自分にないのだと知ることになるとは・・・

「あーあ・・・」

言葉尻が下がり落胆をそのまま出した。

足取りは重く帰り道を帰る。

本来は帰らなくてもどこか宿を探してその日をやり過ごすこともできるだろう

けど考えてしまう・・・

自分の家だけでなく

もしその宿で同じことが起きたら?

引っ越しをしたとして違う部屋でも同じことが起きたら?

どこでも何か自分でも理解できないことが起きてしまったら?

俺はきっと嫌になる。

仕事に行くことが嫌になる。

なにもかも怖くなる。

生きていることが怖くなる。

「ってまさか・・・ね・・・」

ふと思いがよぎる。

思いとは

「藤井さん・・・」

藤井さんが亡くなった

死因は自殺・・・

自ら命を絶つ

それほどの理由があるように感じなかった

でもその理由がこれだとしたら・・・

しかも彼は責任感や確信など

彼には備わっている。

だから・・・

藤井さんは自ら・・・

「いやいや、まさか・・・そんなはず・・・ないよ・・・」

本人がいない今藤井さんの気持ちをうかがい知ることはできない

別れたあと藤井さんになにがあったのか?

それとも本当はずっと問題を抱えていたのか?

帰り道

恐怖と疑問が入り乱れた気持ち

拡大していくこの感覚

これはただの妄想なのか?

よくわからない。

でもこの足は一歩、一歩と

確実に自分の住んでいる家へと進んでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る