3.瀬奈の後輩。







「いやー、二人とも。きてくれてありがとね!」



 試合前の練習が終わって。

 冬の寒さなどどこ吹く風で、大粒の汗を拭いながら瀬奈はそう声をかけてきた。ひとまずスタメン発表まで、各自飲水などの休憩時間らしい。

 顧問の先生は相手方に挨拶に向かっているし、意外と自由な雰囲気だった。



「そういえば、今日の相手って強いのか?」

「うん、強いよ! 前回の大会で、準優勝してるからね!」

「おおー……」



 スポーツドリンクを飲みながら語る幼馴染。

 俺は全国トップレベルの試合を見ることができるのだ、と少しだけ興奮した。それと同時に、相手の強さに対してまったく物怖じしない瀬奈に感心する。

 彼女にとっては何気ないことなのだろうけど、やはり肝が据わっていた。



「野川さん、その……頑張ってね?」

「ん、ありがとう!」



 絵麻の言葉にも、爽やかな笑顔で応える瀬奈。

 試合前とは思えない和やかな空気。――と、そう思った時だ。



「キャプテン。少し良いですか?」

「ん、どうしたの。杏子」



 下級生だろうか。

 黒髪ベリーショートの女の子が、声をかけてきたのは。

 杏子と呼ばれた彼女は、物凄く真剣な声色でこう言うのだった。



「今日の戦術について、いくつか確認したくて。他のみんなにも、情報を共有した方が良いかな、と」

「あ、そうだね。練習してきたフォーメーションが中心だけど、最後の確認しておこうか」

「よろしくお願いいたします」



 どうやら、この後の試合についてらしい。

 瀬奈も真面目な表情になって、こちらに手を振りながらチームメイトのもとへと向かうのだった。だが、それを追うようにした杏子は、一度立ち止まる。

 そして、こちらを振り返って言うのだ。



「…………ふざけないでよ」



 明らかな、敵意のこもった声色で。

 俺に向けられたものか、それは定かではなかった。だが少なくとも、彼女の言葉には明確な攻撃の意図が感じられる。

 困惑していると、鋭い視線は次第に俺から外れて――。



「え……?」



 絵麻へと向かうのだった。

 義妹は不意な出来事に、思わず委縮する。

 しかし、それ以上はなにもなかった。杏子は駆け足でその場を後にして、何事もなかったかのように、仲間の会話に溶け込んでいく。



「なん、だろうな……?」

「うん。分からないけど……」



 俺と絵麻は互いに顔を見合わせて、首を傾げた。

 彼女の言葉の意図は分からない。なにかを勘違いしているのだろうか、それとも俺たちがいつの間にか、気に喰わないことをしていたのだろうか。

 いずれにせよ、ほんの少しだけ不穏な空気が流れていた。



「でも、今日はとにかく瀬奈の応援だな!」

「……うん!!」




 しかし、気持ちを切り替えよう。

 そう思って俺は、あえて明るい口調で絵麻に声をかけた。

 義妹はそれに笑顔で応える。どうやら絵麻は絵麻で、そこまで気にしていない様子だった。これなら、ひとまず問題はないだろう。










「杏子、どうしたの……?」

「え、あ……キャプテン、すみません」

「らしくないよ。杏子がボンヤリするなんて」

「………………」



 作戦を確認し終えて。

 瀬奈と杏子は、そんな会話を交わしていた。

 何かを気にしている様子の後輩を相手に、瀬奈は首を傾げている。



「あの、キャプテン。あの人ですよね?」

「あの人?」



 そんな彼女に、杏子は小さく訊ねた。



「その……キャプテンの、好きな人」

「ひぅ!?」



 瀬奈はそれを耳にして、思わず悲鳴を上げる。

 そして顔を真っ赤にしながら視線を幼馴染に向け、即座に杏子へ戻した。瀬奈は回らない口で必死に言葉を紡ごうとするが、上手くいかない。

 そんな彼女に対して、杏子はこう言った。



「いいんですか。――ずっと、好きだったんですよね?」

「な、なななななな!?」



 まるで、詰問するかのように。

 瀬奈は後輩の言葉に窮しながらも、しかし気合を入れ直して答えた。



「い、いまはいいでしょ!? ほら、試合始まるよ!!」

「………………」



 そして、集合場所へと向かって駆け出す。

 その後姿を目で追いながら、杏子は小さくこう呟くのだった。




「あたし、キャプテンのこと応援してますから……!」――と。








 

――――

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クリスマスに『妹が欲しい』と冗談を言ったら、父親が何故か大喜びをしたんだけど……? ~そして当日、学園の高嶺の花が俺の義妹になりました~ あざね @sennami0406

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