3.絵麻のモヤモヤ。










「私とお兄ちゃんは、そんな関係じゃないもん……」



 生徒会活動終了後。

 絵麻は廊下を歩きながら、そう小さく呟いた。

 先ほど雨宮に耳打ちされた内容こそ分からないが、どうやら拓哉との関係を誤認するもの、だったらしい。ほんのちょっぴり不機嫌になりながら、彼女は生徒玄関に向かった。そして靴を履き替えて、外に出る。



「あ、雪……」



 そこで気付いた。

 大粒の雪が、ゆらゆらと宙を舞っていることに。

 傘を忘れてきたことを思い出し、絵麻は一つため息をついた。どうやら今日は、いわゆる厄日だった、ということのようだ。

 しかも一人で勝手に落ち込んで、機嫌を悪くして。

 どうしようもない。



「なんだかなぁ……」



 そうして、ふと思い出したのは兄のことだった。

 拓哉は帰宅部。もう夕方だから、帰宅の途に就いてしまっているだろう。それに幼馴染の瀬奈のこともあった。

 きっと二人は一緒に帰っている。

 そのように妙な確信を持って、絵麻はまたため息一つ。



「むぅ」



 小さく鳴き声を発して、少女はその場にしゃがみ込んだ。

 今の時刻なら、生徒玄関には誰もいない。少しくらいイジけた姿を見せても、大丈夫だろうと思った。そして、頬を膨らせて数分後のことだ。



「あ、ここにいたのか。絵麻」

「え……?」



 彼の声が聞こえたのは。

 驚いて見上げると、そこには傘をさした拓哉の姿があった。

 絵麻が目を丸くし言葉を失っていると、兄はなんてことないように言う。



「いや。そろそろ生徒会終わったかな、って見に行ったら『もう帰った』って言われて。行き違いになったかなって思ってたんだけど……」



 ――とりあえず、そうじゃなくて良かった。


 拓哉はそう微笑んだ。

 しかし義妹は、どこか素直になれずこう答える。



「野川さんは……?」

「ん、瀬奈のことか?」

「……うん」



 あの幼馴染の女の子はどうしたのか、と。

 すると、拓哉はまた首を傾げて答えるのだった。



「アイツは部活だよ」

「部活……?」

「うん。ハンドボール部」



 訊き返すと、詳細を述べる兄。



「…………」

「…………」



 そうしてしばしの沈黙の後、



「うぅ……!」

「え、どうしたんだ。絵麻?」

「なんでもないの! ただ、その――」



 絵麻は急に恥ずかしくなるのだった。

 すべて自分の思い込みだった、と。そのことに気付いて。

 ただ、どうしても確認しておきたいことがあった。だから彼女は、潤んだ瞳で拓哉を見上げてこう訊ねる。



「お兄ちゃん、どうしてこの時間まで……?」――と。



 すると、兄はまたキョトンとして。

 なんてことないように、こう答えるのだった。




「そりゃ、絵麻と帰りたかったからに決まってるだろ?」




 それを聞いて、絵麻は思わず泣きそうになる。

 どうしてかは分からない。ただ、嬉しくて泣きそうになった。

 だから――。




「え、ちょ!? 絵麻?」

「ん!」




 まるで、今朝の瀬奈のように。

 義妹は兄の腕に、自身の腕を絡めて身を寄せるのだった。



「まぁ、帰るか」

「……うん」



 拓哉は少しだけ驚いたが、すぐに微笑んで受け入れる。

 そして、二人は一緒になって歩き出すのだった。

 その道中に、絵麻は口を開く。




「ねぇ、お兄ちゃん……?」

「どうした?」

「…………」




 しかし、すぐにその口を噤んで。

 軽く首を左右に振って、微笑みながら言うのだった。




「ううん! なんでもない!」――と。




 今はこれでいい。

 絵麻は、そう考えて質問を撤回した。



「そっか」

「うん!」





 拓哉も追及することなく。

 二人の家路は、静かに続いていくのだった。



 





 

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