13:オークション
「主任、残骸及び不確定要素の除去、簡易結界の処置完了しました」
そう耳打ちされた御頭さんは、ご苦労様とその職員を労った。
「ではローテーションを組んで休憩に入ってください。応援はおっつけやってきます」
真っ黒いスーツを着た男性は了解しました、と軽く頭を下げて家に入っていく。葬儀業者に偽装した御頭さんの部下達は、俺達がマド寿美カーに転がり込むと、その五分後に大挙して到着した。驚く俺と渋い顔の美子。
「やっぱり近くに応援隠してやがったな? だったら先に突入させて人柱にでもなってもらった方が良かったんじゃないの? あたしらばっかり命かけるのっておかしくない?」
美子の皮肉っぽい言い方にも御頭さんは手をひらひらさせ、無線機のイヤホンを耳にはめるとパックのコーヒーにストローを刺した。
「まあまあ……公務員ってのは危険に関して色々と面倒なあれやこれやがあるんですよ。それに、さっきの戦闘に関しては私も危険でしたからね?」
「これで、あんたまで楽な所にいるってなったらブチ切れるわよ!!」
「おお、こわっ! イダケン君、彼女を
「ムリっすね。美――マドモアゼルと同意見っす」
うっし! と美子とハイタッチを交わす俺。
御頭さんは苦笑しながら両手を挙げた。
「でしたら通常料金の他に、特別ボーナスが出るよう申請しておきますので、ね?」
美子がアホかと俺にしなだれかかる。
「……セクハラ覚悟で言うけど、お前、良い匂いだな」
「お、あたしの魅力に気付いた? よろしい、セクハラは許そう。そして次はおばちゃんを存分に嗅ぎ給え!」
おばちゃんが、さあこいと両手を広げ、俺は瞬間的にシートに正座して頭を深々と下げる。美子はゲラゲラ笑いながら、シートをばんばんと叩いた。
「大体本番はこれからっしょ? そっちのほうと別料金でボーナスってんなら嬉しいけどさ、どうせ一まとめにする気だろーが」
「ところでイダケン君、あなたは何故四天王の梵名を知っておいでで?」
露骨に話題を変える御頭さん。美子は一瞬、般若のような顔をしたが、質問の誘惑に耐えられず俺にまたも絡みついてきた。
「ちょっとイダケン~、どういう事か説明しなさいよ~。あんたやっぱり小説とか書くんじゃないのお? まさか履歴書に嘘を書いたとか、マドモアゼルショックだわ~」
「一人称マドモアゼルって!
まあ……はい、中学の時とか、小説書いてましたね。痛いやつ。ちなみに履歴書にはわざと書かなかった。ネタにされるから」
「タイトルは?」
「……こう、『陰陽ほにゃらら』とか『銀河なになに』とか『うんたら戦記』とか」
「ぐむう……そこまではっきり言い切るとは、すでに処分済みか! くううっ読みてえ! ネタにしてえ!」
「くくく……データは消去し、HDDは処分済み。印刷したのは裁断して燃やし、灰は川に流したわっ!!」
入念、と村篠さんが笑う。おばちゃんが溜息をついた。
「でもイダケン君の痛々しい過去のおかげで助かったわぁ。ホント勉強不足だったわぁ」
「今、俺軽くディスられましたかね?」
「いや、けっこーストレートにディスられたわよ」
美子は、さて、と手を擦り合わせた。
「さっき言ってたオークションの詳細を聞こうじゃないの」
「おお、それだ! 一体どういう――」
美子と俺の視線に、御頭さんは車のドアを勢いよく閉め、声を潜めた。
「これから話すことはオフレコでお願いいたします。違反した場合は全員逮捕いたします。よろしいですね?」
美子は面倒くさそうに、はいはいとわざとらしく何度も頷いた。
「で、主催者は?」
「調査中です。まあ、恐らくは判らないでしょうね。参加者は現時点で二十六人――これは過去の霊的犯罪履歴からの予想です。全員の居場所を抑えてありますが、拘束は不可能です。ダークウェブ上で開催が告知されたのは二年前です」
「出品されるのは久美だけなの?」
「恐らくは。つまり小規模なんですが、それ故に厄介です。推測ですが、ウェブ上で中継されるのでしょう」
美子が頭に思いっきり疑問符を浮かべている俺に向き直ると、額を額にごちりとぶつけてきた。
「説明しよう! このような呪術技術等の見本市のような集会とかオークションは世界各国のどこかで、結構な頻度で行われているのだ!」
「マジで? そんなに需要があんのか?」
「そりゃあるわよ。入国審査で全く引っかからない兵器だもの、テロリストなんかは喉から手が出るほど欲しいでしょ? ま、使うには適正やら才能やら特殊な修練が必要なんだけどもさ、巧く使えば万単位の人間を確実に殺せる可能性もあるし」
「……それが今日本で? で、オークションってことは、邪眼の技術を間賀津は売ろうと考えて――つまり!?」
美子がシートに深くもたれた。
「確実に間賀津は久美の首を使って商品のデモンストレーション、つまりテロを起こすわよ。恐らくは人が大勢いる場所で邪眼を発動させる。大量殺戮ね」
「で、でもさ、体を押さえたんだから、もう操れないんじゃないの?」
御頭と美子が同時に指をちっちっと振る。
「イダケン君、久美の指が一本ないのに気が付きましたか? 恐らくあれは武文が切断して持って行ったのですよ」
「じゃ、じゃあ、指を経由して首を操れるってことすか?」
「そうよ。ただし、体と違って――まあ、信号みたいなものが弱いから、武文自体が二人の近くにいる必要があるわ。下手すると本人が実況している可能性もあるかな」
美子の言葉に俺は想像する。
繁華街、ショッピングモール、イベント会場、動いている満員電車の中、老人も赤ちゃんもカップルもサラリーマンも関係なく、バタバタと倒れ動かなくなっていく。しかも今朝の被害者のように麻痺しているのではなく死んでいるのだ。
その中心には、あの少年が少女の首を持って佇んでいる。
それを近くのビルから見降ろしながらカメラを向けている男がいる。男の口には薄い笑いが浮かんでいる……。
「イダケン君? もしかして武文が見えましたか?」
御頭さんの言葉に俺はぶるっと頭を振る。
「い、いや、妄想とか空想だと思いますけど、ビルの上の階からカメラで撮って笑ってる男が、その――止めないと! 絶対に止めないと!! 御頭さん、俺――」
美子が俺の肩を掴んだ。
「だったら落ち着きなさい! 最終的にはあんたの力を借りるとは思うけど、それはギリギリになってからよ!
で、どう処理する気なの?」
美子の問いに御頭さんは打てば響くように答えた。
「間賀津武文を逮捕し、二人は保護します」
美子の顔が一瞬無表情になる。
「………………ふうん、やっぱりねえ。で、その後どうするの?」
「二人はこちらの保護下で生活していただきます」
え? と俺は美子と御頭さんの顔を見比べる。それって――御頭さんの組織が二人を兵器として所有するという事と同じ意味なんじゃ……。
「イダケン君も、その方がよろしいですよね?」
ここで俺に振ってくるところが、この人のいやらしさであり優秀な所なんだろう。
「……ま、まあ、そうかもしんないっすけども、その――」
俺の困ったような視線に、美子はにやにやしながら絡みついてきた。
「それでいいのよ。初心者なうえに何度か接触したら、そら同情するわよ。ってか、ここで同情してなかったら人間としてちょっとアレよ?」
「う、うん、まあ、そうかもな……」
言葉を濁す俺の腿に美子は頭を乗せて見上げてきた。
「迷ってるなあ青年。ま、あたしもできるだけ保護の方で行くからさ、ヤバくなったらさっきみたく助けてちょうだいよ」
「そ、そりゃ勿論助けるさ!」
「……ふうん、帰るって言わないのね」
「……それもアリなの?」
美子は満面の笑顔で、ない! と答えた。
御頭さんのスマホが振動する。
美子が跳ね起きると、俺に鼻と鼻をくっつけんばかりに顔を近づけた。
「二人が見つかったわよ! 覚悟は良い!?」
俺は頷いた。
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