1:マド寿美入門!

「う~い! 諸君、元気かな? 本日は楽しい休日、そして快晴!

 なれども世間では様々な事件が起きておりますなあ! どうですか新人君?」

「あー、なんか熱中症で運ばれる人が続出とかスマホで見ましたね」

「まだ、午前なのに蒸しますからなあ! そんなこんなで今日もテキトーに始まりますよ。始まりますよね?」

「ああ、はい……まあ、そうなんじゃないですかね?」

 俺のおどおどした受け答えに、隣にいた少女は顔をくしゃりと歪め、硬いなとぼやいた。


 ショートカットというかボブカットの髪の下に大きな鋭い目、俺と同じくらいの身長で、全体的には猛禽もうきんを思わせる俊敏しゅんびんさみたいなものが溢れている。動画で見た通りの美少女で、出る所は出ているけども、服装は使い込んだ薄い水色の作業着だ。色気もへったくれもありゃしない。

「硬いんだよなあ、君は! あのね、これマド寿美よ? ゆるゆるで売ってるんだから空気読んでよ、新人君!!」

 そう言うとマドモアゼル寿美子すみここと、琴吹ことぶき美子みこは俺の背中をばしりと叩いた。


 『マドモアゼル寿美子の異界探訪いかいたんぼう』、略して『マド寿美』はオカルト系動画ではそこそこの人気番組だ。内容はお約束の心霊スポット巡り、怪談の朗読等。だが、他の番組と一線を画すのは、非常に緩いということだ。

 例えば怪談の朗読は、『これはさっき創りました』とまさかの創作宣言から始まり、心霊写真や電子音声現象はどのソフトを使って作成したかの鑑定、心霊スポット巡りに至っては『夜は危ない』という至極当然だが、ジャンルとしてはどうなんだという理由で昼間に行われたりする。ちなみにくたびれた作業着はマド寿美のユニフォームである。理由は汚れても洗いやすいからで、靴はガッチガチの登山靴。頭には安全第一とプリントされた白いヘルメット。やっぱり色気もへったくれもないのだが、そういうガチさと進行の緩さが番組の一種の魅力にもなっているのである。

 ちなみに今俺は某県某所の山の中にある廃墟に来ているわけだが、時刻は午後一時。さっきまで麓の町の定食屋でうどんをみんなで啜って、山菜うどん最高よね! とニコニコしていたのが今隣にいる完全武装した番組の主役というわけである。


 彼女が動画内でスタッフ募集の告知を出したのは十日前。歯に衣を着せない彼女の言葉を聞いてると元気になってくるような気がしていた――要するにファンだった俺は軽い気持ちで応募のDMを送った。チャットやコメント欄には応募したという視聴者の書き込みが溢れていたので、自分が受かるとは露ほどにも思っていなかった。

 しかし、次の日に


『こんちは。履歴書もって、この日時にここへ』


 ――という馴れ馴れしいんだか、そっけないんだがよく判らん返信がきて、俺はあっさりと合格してしまった。半信半疑で指定の日時に、指定の場所――某公園に行くと琴吹美子がボケっとした顔でベンチに座っていた。足元には分厚い紙袋、頭にはカメラが装着してある。彼女は俺に気づくと、途端に番組の顔になり、指でカメラを軽く叩いた。

「どもー。マドモアゼルです。ちなみに録画中ね。ニヤニヤして気持ち悪いわね、あんた」

「……あ、すいません」

「硬いな、君は。うざすぎても良いからリアクション多めにやってよ」

「い、いや、そんなこといきなり言われても……」

「難しい?」

「難しいっていうか、なんというかその――」

「……よし! あんた、そのボヤキを売りにしよう。ボヤキまくって! それなら自然体でできるでしょ?」

「お、おう、まあ、できないこともない――」

 琴吹美子さんは俺をびしっと指差して、それでOKと言った。そして、近くの喫茶店に俺を誘った。ここはアイスティーが美味しいのよと彼女は言うと、片眉を上げた。動画でお馴染みの表情だ。

「アイスティーでいいわよね? おごりよ」

「あ、はい、大丈夫です。あと自分で払う――」

「アホか。番組的にあたしが払うのがいいのよ。この前振りが後で生きてくるんじゃないの。例えば、あんたが死ぬ前に『今度は僕がアイスティーをおごり、ま、す――パタッ』とか」

「縁起でもねえよ!」

 思わず素でツッコんでしまうと、美子さんはにやりとした。

「おおっとぉ……今あんたの立ち位置が確定したわよ。ボヤキ兼ツッコミ役ね。マド寿美はツッコミが不在だったからね。ようやくボケ倒せるわ」

「……いや、心霊番組でボケ倒せるって……」

 俺のボヤキに、いいね! と美子さんは親指を立てた。

「まあ、年がら年中張りつめててもしゃーないでしょ? ボケツッコミボケボケそしてホラー、で、ボケ、あとグルメ!!」

 美子さんは、けらけら笑うと紙袋から書類の束を取り出し、ドスンとテーブルに置いた。

「えーっと、一応お約束なんでこれ渡しとくから。あと、履歴書持ってきた?」


 おっと来たか、と俺は少し身構えた。

 何しろ話がうますぎる。いわゆるドッキリの可能性が高いのだ。


「えーっと、飯館健也いいだてけんや、大学生。英検3級にバイト歴はコンビニ。趣味は無記入――まあ、いいや。住所は、あら、あたしんちから近いわね」

「あ、そうなんすか?」

「タメ語でいいわよ。あたしの方が年下だし」

「……うす」

「ま、おいおい夜中に突撃するんでよろしく」

「はい!?」

「なによお、女子高生が夜中に突撃するって言ってんのよ。エロいシチュじゃない? もうちょっと嬉しそうにしなさいよ」

「いや、それでいきなり喜んだらただの馬鹿でしょ!?」

「で……あら! UMAウーマ大好き!? マジで?」

「い、いやあ、本とかそういう番組が好きで、ぶっちゃけ幽霊とか苦手で……」

「あんたラッキーよ! うちの番組に参加するなら、毎週見れるわよ!」

「は? ま、毎週!?」

 美子さ――美子はまたもけらけら笑うと、履歴書を紙袋に無造作に突っ込み紙束をポンと叩いた。

「はい、じゃあこれ家で読んどいて。注意事項やら約款やっかんやら、まあ色々よ。

 ちなみに、マド寿美の経営は親が一応代表ってなってるけど、あたしが全方針決めてるんで、何かあったら、あたしに必ず言うように!

 んで、給料は口座振り込みなんで、口座番号をこっちの紙に。あと、これにサインね」

 さっさと美子は紙を滑らせてよこす。と、サインを求められた紙に書かれた物騒な一文が目に飛び込んできた。

「へ、へい! へいへい! 先生!」

 思わず出た俺の言葉に、美子はやるわねと呟く。

「次から次に面白いキャラ立ちをさせてくるじゃないの。こりゃうかうかしてられんな!」

 後で字幕を入れるために、そういう喋り方をしているのだろうが、それよりも今は一文の方が気になる。

「……この『心霊現象による怪我・事故・後遺症等についての当方は一切責任を取りません。自己責任でお願いします』、というのは?」

「ん? 読んで字のごとしよ。イダケンには――」

「イダケ――あ、俺か?」

「中々良い略称でしょ? 番組中はそれでテロップ? スーパー? まあともかくそういう感じで紹介するんで。

 で、これはあれよ、保険が効かないの」

「……はい?」


 美子は姿勢を正すと、俺の前の紙の束を再び叩いた。

「ここに詳細が書いてあるけども、あたしがやってる番組ってガチなのね。で、ガチってことは不測の事態があるわけよ」

 俺は紙束を手に取ると、斜め読みしていく。


 『憑依による自傷行為』、『呪詛による体調不良』、『人体発火現象による火傷』、『名状しがたき存在による心神喪失、及び肉体の変形』等々には保険が効かない云々……。


「え? あの、これ? い、いやあ……」

 これもドッキリの一環か?

 ここは乗っかるべきだろうか?

「で、でも、その――た、例えばですよ? 普通の事故とかとして申請しちゃったりすれば、それでいけるんじゃ――」

「このくだりは番組ではカットね。

 で、ここだけの話、どこの保険屋もそういう事件の専門家を飼っててね、中々にきっびしいのよねえ! ひっどい話よねぇ!?」

 俺は紙束から、ちらりと美子に視線を移す。

 美子はにやりと笑い、アイスティーを飲んだ。

「うーん、美味しい! で、シンプルに聞くけど、イダケン、あたしらの仲間になる? これって、ぶっちゃけ死ぬ覚悟はあるかって質問だけどもさ」

「えぇ……今答えるの、それ?」

 仮にこれがドッキリなら、オチはどこなのだろうか? 普通に考えれば、番組内で俺を脅かしてオチがつくんだと思うけども、参加しないって言ったら、どうなるんだろう?

 美子は、ふんと鼻で笑った。

「ちなみに不参加の場合は呪います」

「脅迫じゃねーか!」

 けらけらと笑う美子。俺は、『とりあえず参加』ってことじゃダメなのかと聞くと、彼女はあっさりと頷いた。

「いいよ。まずはお試しね。ま、一回こっきりで帰ったら、ヘタレとして殿堂入りだと思うけどね。等身大パネル作って額にヘタレって書いて車の後部座席に乗せるから」

「最悪だな、お前……」

「気づくのが五分遅いな。目と乳首の部分に画びょう刺したろ!」

 そう言って、またもけらけら笑った彼女はポケットからピルケースを取り出した。一振りするとラムネのようなものがころりと彼女の掌に転がる。

「これ、とりあえず飲んどいて。霊験あらたかな場所で霊力的なモノを封じ込めた凄いラムネよ。知ってるでしょ?」

 出た。マド寿美でお馴染み、心霊スポットを回る前に美子が良く飲んでいる霊力増幅アイテムだ。これを飲んで(番組中では『キメて』という割とヤバメな単語を使っている)マドモアゼルやゲストの霊能力者は霊視等をするのである。

「……いやあ……そういう怪しいドラッグ的な駄菓子は遠慮したいというか……」

「飲めって! スポット行って、あんただけ何にも感じませんじゃ画にならんでしょーが!? そらそらそら!」

 美子はグイグイと掌をこちらに向けてくる。俺は仕方なしにラムネを受け取り、渋々と口に入れた。唇に挟むと唾液でしゅわっと溶け始める。

「りゃむねだ……」

 美子は自分も一錠口に放り込むと、にやりと笑って声を潜めた。

「あんたねえ、これ飲んで『見える~』とか適当にぶっこいてればいいんだからさ、空気読みなさいよ」

「……いや、これ録画中だよね?」

 美子はカメラを頭から外すと覗き込んで邪悪な表情でくくく、と笑う。成程、番組の構成として面白い。

「では、新人君の実力はこの後! ……はいオッケー!」

 美子はカメラを止めると、ベンチに座っていた時の呆けた表情に戻った。


「あー。もうほんと、昨日徹夜でゲームやってたからダルいのよ~。テスト終わったから友達とカラオケ行って、家に帰ってきてそのままノリで貫徹! あ、イダケン、ゲームやる?」

 俺は今やっているホラーゲームの話をした。美子は、それ買おうと思ってるやつだから、ネタバレすんな! ときゃあきゃあ騒ぎ、そのまま映画と音楽の話になり、ホラーとパンク、それに演歌が好きだと美子は言い、俺は感動物とバラード、そして演歌が好きだと言った。映画を見ると、いつも泣いちゃう、とうっかり口を滑らせると、美子はへえ、と俺の顔をじっと見た。

「……それ番組で使えそうね。イダケンに連続で感動物の映画を見せて、涙を何リットル絞り出せるか!? ってな企画。場所は事故物件とか」

「嫌すぎるわ! ってか涙をリットル単位で出したら死ぬわ!! あと、野郎が映画見て泣いてるだけって、企画として弱くね?」

「大丈夫よ。後ろであたしがずっと踊ってるから」

「……ちょっと見たいわ、それ」

 こうして俺は、そのまま軽口を叩き合いながら流れでカラオケに行き、演歌を歌いながら携帯の番号やらSNSのアカウントを教え合い、後日次の集合場所をメールでもらうと、のこのことそこへ出かけた。

 かくして現在の俺になるのである。

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