クワァッコッ

hitori

第1話 クワァッコッ

 「おばあちゃん、このカップ麺が好きなんだね。ほかのを食べてるの見たことない」。

 「マルちゃんは他のが食べたいんだね。おばあちゃんは赤いきつねが好きなの」。

 スーパーからの帰り道、おばあちゃんはこんな話をしてくれた。


 「おばちゃんのところは田舎でしょ。マルちゃんが生まれるもっと前は、もっともっと田舎だったの。今は家がいっぱいだけど、おばちゃんが子どものころは、隣の家まで三十分くらい歩いて、学校はもっと先だった。遊ぶところは川や山。夜なんて真っ暗なの。だから、初夏にホタルが飛ぶのが楽しみだった。

 秋に見る月はとってもきれい。夜遅くまで見ていると、フクロウの泣き声が聞こえるんだよ。おばあちゃんがマルちゃんくらいの時だったかな、布団に入っているとね、クワァッコッ、クワァッコッって泣き声がするの。他にもミャーンク、ミャーンクっていうのも聞こえた。夜に鳴く鳥かな、シカでもないみたい。朝になって、お母さん、おばあちゃんのお母さんにね聞いたの。そうしたら、キツネだって教えてくれた。

 裏山にキツネが住み着いたのよ。夜に庭先に遊びにきていたのを見たこともあったわね。大きなキツネ、たぶんお母さんキツネかな、それと子きつねが二匹。シッポがふわぁとしてるの。シッポの付け根は白いけど、先っぽは茶色っぽいかな。でもね、子キツネの一匹は先っぽが赤っぽかった。だから赤いキツネ。そのキツネがクワァッコッって鳴いていたのよ。鳴き声って、一匹ずつ違うんだなって思ったわ。だから遠くで鳴いてもわかる。

 三匹一緒なのは珍しいんだって。春に生まれたキツネは、秋になるころ、親から離れるの。

普通一匹しか見られないのに、すごく得した気分だった。

 冬になるとエサがなくなるから、うちに来ていたずらばかり。庭のすみにあった畑は荒らすし、ニワトリを飼っていたんだけど、金網のやぶれを修理し忘れたら、食べられちゃった。

 そのころは、ニワトリを飼っている家がたくさんあったのよ。産みたての卵が食べられるし、鶏肉だって手に入るじゃない。大切なニワトリなんだよ。ある時、よその家のニワトリが食べられて、怒ったおじさんがワナをしかけたの。大きなキツネが捕まってたわ。クワァッコッは大丈夫かなって心配しちゃった。

 この冬を越せば一人前になるから、頑張れって応援したくなった。それでね、畑でとれた野菜の残り物や、ネズミとりにかかったネズミとか、川で釣った魚、庭に隅に置いておくようにした。柿だって、うちでは食べられないくらいできていたから、あげたわ。

 うん、ちゃんと食べに来ていた。春になったら山にもエサがたくさんになったから、来なくなっちゃった。秋のときに、親から離れたでしょ、あの時でキツネとしては一人前なのに、なんだか気になってね。

 次の冬にも忘れずに来てくれて嬉しかった。でもね、夏のあいだに、野良犬が一匹出るとうになって、心配したのよ。追いかけられないかなって。役場も野良犬用の網を仕掛けてたわ。それに入り込んでしまってもかわいそうでしょ。

 夜に鳴き声が聞こえると、ああ、今日も元気だったんだなって安心してた。おばあちゃんね、山の竹林で遊ぶことがあるの。笹の葉で船を作ったり、細い竹を集めて持って帰ったりしたのよ。竹でカゴを作ってもらうの。そんな時、竹やぶで、クワァッコッの棲んでいる穴を見つけた。シッポが赤いから間違えたりしないわよ。それからはね、竹林に行くときは、おやつを持って行くの。半分はクワァッコッの穴の前に置いておくのよ。そうね、おばちゃんの友だちだったのよ。おばあちゃん、一人っ子だから、遊び相手がいなかったんだもの」

 「赤いキツネと友だちだったなんて、日本中探してもおばあちゃんだけだよ」

 「さぁ、おうちに入って食べようね」

 「おばあちゃん、明日帰っちゃうんでしょ。またすぐに来てね」

 二人で食べながら、おばあちゃんの話は続いた。

 「あのね、春になって、クワァッコッがあまり来なくなったから、ああ、エサがいっぱい採れるようになったんだなって思っていたら、びっくり。竹やぶを覗いたら、小さな子きつねが二匹いたのよ。それから、次の夏にはクワァッコッはいなくなった」。

 「どうして?お引越しでもしたの?」

 「キツネは四年くらいしか生きないの。生まれて四年でしょ。もう少し一緒にいたかったかな。もうあの鳴き声が聞こえないなんて寂しいわ」。

 「おばあちゃんの大切な思い出なんだね。私もこれから赤いきつねを食べるようにしようかな」。

 「今度は泊まりにおいで」。

 「この赤いキツネは、おばあちゃんのクワァッコッなんだね。行くときは、これ買ってお土産にするから楽しみにしてて」。

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