ミニスカサンタな腐れ縁幼馴染に、「プレゼントはわたし!」と言われるなんて思っても見なかった。

もろ平野

第1話

「うっさいバカ! 良いから受け取りなさいよ!!」


「押しかけプレゼントなんて聞いたこともねえよ! あとバカは言い過ぎだろバカ!」


12月24日、世はクリスマスイブ。目の前の少女とどうしてこの聖夜にまでプロレス芸を繰り広げているのかというと……つい先程の、目の前のこの少女、小さい頃からの幼馴染のとある発言に端を発しているのだった。


「ぷ、プレゼントは……わ、わたしっ!!」


という、漫画か小説の中でしか見たことのないトンデモ発言に。







「寒すぎ、ほんでカップル多すぎ……」


クリスマス一色のイルミネーションとカップルたちで埋め尽くされた塾からの帰り道をそそくさと早足で帰る。


「ただいまぁ……」


玄関のドアノブを回しながら、スマホで時刻を確認する。20時47分、腹が減ったのも当然の時間だ。早く荷物置いてメシ食おう……と自室に入った、その瞬間だった。


「おっそーい! どこほっつき歩いてたのよー!!」


と俺——春宮咲馬を上目遣いで睨み上げる、目がチカチカする紅白の衣装に身を包んだ少女が1人。


なぜ貴様がそこにいる……! というのは冗談だけれど、


「塾だわ普通に! ……で、何で楓がウチにいんの?てかどうやって入って来たんだよ……」


と、開けたドアを指差しながら目の前の少女——幼馴染歴13年、佐久間楓に逆に聞いてみる。


「美玖ちゃんに入れてもらったのよ、幼馴染特権ってやつ」


「お前の幼馴染、そろそろ辞職してもいい? 悲しくなって来た」


ちなみに美玖とは、今年中3になる俺の妹である。俺とこの腐れ縁幼馴染は高2で、3歳からの幼馴染だ。


「ちゃんとおじさんとおばさんの許可も貰ってますぅー!」


「俺の許可を得ようとは思わなかったのは良く伝わって来たよ」


……そろそろツッコミたくなってきた。ところでなんですけども、


「…………その衣装は何?」


と聞きながら目の前の少女を改めて見る。


聞いた途端「あっ、そのっ、えっと」と何やらもじもじし始めた幼馴染は、……所謂ミニスカサンタというやつだった。スラリとスカートから伸びた脚、控えめながらもしっかりと見えているデコルテから目をひっぺがす。


もじもじもじもじ。


「…………えっと、その……感想、とか……」


ふむ。


「寒そう(笑)」


「ぶっっっっとばすぞ!?クリぼっちの春宮咲馬くん(笑)が可哀想だからせめて私くらい来てあげようと思って来たのに……!」


「おいこらクリぼっちは禁句だろ!? そういうお前だってどうせクリぼっちだったんじゃないですかー? ハァーン!?」


すると途端にドヤ7割煽り3割の笑顔を浮かべた幼馴染を見て自らの失策を悟ったけれど、時すでに遅しだった。


「私はここに来るまで友達とクリスマスパーティーしてましたぁー! ねえねえ悔しい? 今どんな気持ちなのカナ??」


とてもいい笑顔で悪魔のような質問をしてきた。さて、今の心情を10文字以内で答えよ。


「マヂ無理もう病む」


最悪な気分である。塾でも「春宮くんはこの後誰と過ごすの?」という問いに「ン? ヒトリダケドナニカ?」と心をバキバキに折られてきたわけであるからして、


「家でも塾でも、女子のその質問何なん……俺の頃そんなに嫌いデスカ??」


ってなもんである。1人の方が多いって、絶対。オック○フォード大学の研究もそう言ってたし。


しばらく小憎らしい笑顔——無駄に整った顔なもんだから余計腹が立つ——を浮かべていたリア充な幼馴染は、その一言を聞くやすぐに、何故かぴしりと固まった。目のハイライトが薄くなってる。


「……塾で何て聞かれたの?」


「え、何て?」


「塾の女子から! 何て! 聞かれたの!」


「『春宮くんはこの後、クリスマス誰と過ごすの?』って。てか掘り返すなよ、病むぞ」


「……それに何て答えて、その後どうなったわけ?」


「おい病むぞほんとに。てか何で怒ってんだよ」


「そういうのいいから早く答えなさい」


ひぇっ。何故キレる。閣下、原因は不明です。


「普通に涙目で『全然1人ですけど何か? 寂しいとか気にしてるとか、全然、ぜんっぜんないですけど?』って」


「……で?」


「え、意外……じゃあさ、この後——」とか何とか言っていたような気がしたけれど、その時点で俺のメンタルはスクラップと化していたので、


「速攻涙目で帰って来た」


はいどうも、敗残兵です。ところでなんですけど、追い討ちかけるのはやめてほしいカナ?


「……それだけ?」


「それだけってなんじゃい、俺のメンタル瀕死まで持ってかれたんだが」


そう返答したにも関わらず、俺のメンタル状態を瑣末なこととして処理したらしい幼馴染殿はそして、何故か心からほっと安堵した顔をして——こう言い放ってくれやがったのだった。



「よ……よかったぁー………………」と。



「……ん?」



居心地のものすごく良くない沈黙が流れる。向かい合って2人して固まってみる。


再起動は、俺の方が早かった。


「……そんなに俺がクリぼっちなのが嬉しかったですか、そうすか……俺からのクリスマスプレゼントそれで。何か喜んで貰えたみたいだし。ハハ、ハ」


涙目も涙目である。オーバーキルである。なにゆえこうも、幼馴染からまで聖夜に煽り倒されなければならぬ。春宮は激怒した。春宮は街の一高校生である。


などと、メロスに現実逃避してみる。しかし、奴にはセリヌンティウスがいる。もしかしたらディオニス王とも一緒にクリスマスパーティーをしているのではあるまいか。つまり、春宮はメロス以下、Q.E.D。非常に悲しくなってきた。



俺のセリフからしばらくして、ミニスカサンタも再起動を果たした……と思ったのだけれど、何やらあわあわと慌て出した。情緒不安定すぎん?


「ちがっ、ちがう、そゆことじゃなくて……!確かにそのエピソードは喜ばしかったんだけど、いやそうじゃなくて……!」


「お前が優しいのかそうじゃないのか分からんくなってきた。寒暖差で風邪ひくわ」


「えっ、あったかくしなよ」


「真に受けんな、そんでお前の格好の方が寒そうな件」


「女の子をジロジロ見るなっ!!」


「お前がその格好してるのが悪いんだろ理不尽だなぁ!!」


なぜこいつと居るといつもプロレス芸に走ってしまうのだろう。ばっ、と胸元を手で抑えるミニスカサンタが逆に扇情的で、目のやり場に困る。……スカートの裾引っ張るのはもはや狙ってやってるのだろうか。


1つため息をついて、手を差し出す。


「クリスマスプレゼントを要求する。ほれ」


全く他意はなく、本当に何の気なしに発した言葉だったのだけれど、目の前の幼馴染はなぜか急に顔を真っ赤にしだした。あ、あぅ、と、口をパクパク。


やたらそれが不意打ちで可愛くて、他の男に見せたくない——衣装含む——と思った自分に驚く。


いやいや、こいつに何考えてるんだ俺は……と思いながら楓を見ると——何やら嫌な予感。「冗談だよ、プレゼントとか用意してねえだろうし——」と手を引っ込めようとしたその瞬間、それに先んじてサンタクロースが口を開いた。



そして、この一言で話は冒頭に戻る——


「ぷ、プレゼントは……わ、わたしっ!」


——という一言で。





「…………へっ?」


人は本当に驚いたとき、何も考えられなくなるらしい。頭が全く動かないのが自分でも分かる。


「「………………」」


「な、何か、……何か言いなさいよ……」


待って待って、ちょっと待ってくれ……と、纏まらない頭が紡いだ言葉は、出来損ないのおふざけしか出てこない。


「……え、新手の詐欺?」


「ちがわい!!」


食い気味に返ってきた答えにどこかほっとする。いつも通りの、テンポの良い、進展の何もない会話。


「お前がプレゼントってつまり、何もないってことじゃねえか!」


どこかほっとしたような気持ちで、会話のキャッチボールを始める。なぜほっとしたのか、その理由ははっきりさせないまま。


「うっさいバカ! 良いから受け取りなさいよ!!」


「押しかけプレゼントなんて聞いたこともねえよ! あとバカは言い過ぎだろバカ!」


いつも通り、そう、いつも通りの会話。正しい線をなぞるように、ぬるま湯に浸かるみたいな、いつものような会話だった。


だから、もう一度、目の前のサンタクロースをちゃんと見るまで、俺は気が付かなかった。


「——っ」


息を呑んだのは、幼馴染の見たことのない表情、泣きそうな、必死な、祈るような、さっきまでの俺とはまるでかけ離れた色の表情を見たから。


その表情を見た瞬間、いつもの通りに投げ返そうと思った言葉のボールをどこかに落としてしまう。


上手く、舌が、頭が、心が回らない。心臓だけがうるさくて、体中を飛び跳ねているみたいだった。


記憶が、ものすごい速さで通り過ぎていく。隣にはいつも、楓が居た。






「ねえ、あんたと私の相性めっちゃ悪いんだけど!? この占い凄い当たってる……!」


「なんでわざわざそれ言うんだよ! 仲悪くしないといけないわけでもないだろ!」


——これは、小学6年生の時だったっけ。後でこっそり自分でも見てみた時に『相性バツグン!』と出た結果に首を傾げたりした。




「ほら、味見係なんだからちゃんと感想言ってよ!」


「ん? ふつーに美味い」


「……ふぅんっ」


——これは、中学2年のバレンタイン。思わず、といった風に笑う楓を見て、変なやつ、と思った覚えがある。




「なんで私があんたの看病しなきゃいけないのよ……もう、今回だけだからね?」


「面目ない……」


「はい、お粥置いとくから食べて寝なさい」


——これは、一年前に俺が風邪を引いたときのこと。結局なぜ楓が来たのか、親や楓の両親に尋ねてもお茶を濁されて分からずじまいだった。









「気付いてよ、バカ」


——「仲悪くしないといけないわけでもないだろ!」と当たり前のように返ってきた答えに、小声で呟きを返す。仲悪くしたいわけじゃない、もっと仲良くしたい。普通の仲良しの、ずっと先まで。早く気が付いてほしくて、でも口から出る言葉はいつも気持ちと反対で。いつから抱えていたかも分からない気持ちは、膨らむ一方だ。





「…………よかっ、たぁ」


——気付かれないように、チョコレートを口に入れる咲馬の後ろを向いて、胸にそっと手を当てて呟いた。何回も何回も練習したけれど、自信はないままだった。美味しい、その一言だけが聞きたかったから、頑張れた。





「……わたし、看病してくる」


——咲馬が風邪を引いたのなんて、いつぶりだろう。私が看病を申し出ると、嬉しそうに笑ったお母さんと春宮のおばさんに、絶対何も言わないで、私からいつか言うから、と言って咲馬の部屋に入った。いつもは決して見せないような、熱っぽく弱った顔の咲馬を見て胸がきゅっ、と甘く音を立てた。





——気が付かなかった少年と、踏み出せなかった少女は今、2人で互いに向かい合った。






俺の頭を駆け抜けていった記憶と、目の前の幼馴染の顔に浮かんだ表情が繋がって、そうしたら次に言うべき言葉は決まっていた。いつも通りじゃない、カケラもほっとするどころかさっきより心臓が跳ねてやまない。



どうか、どうか、このプレゼントが受け取って貰えますように。もう、後戻りはできないから。



「……俺、貰ったものは返さない主義なんだ」



「そ、れって」



「……俺も、プレゼントしたいものがあってさ。……春宮咲馬を、貰ってくれると嬉しい」



体丸ごとに、ずっとずっと軽い、けれども甘い衝撃が飛び込んでくる。視界いっぱいの白と赤のサンタクロースの背中に腕を回せば、飛び出しそうな感情と想いで、目の前が赤と白にチカチカする。……先程、腕の中の少女の衣装に返した感想は全部照れ隠しだったらしい。



「サンタクロースって、ほんとにいるなぁ」


「……本当にほしいものくれたのは10年目だったけどね」


「え、待ってそれって俺のこと10年前から」


「深く考えなくていいから!!…………どうせ、『将来結婚するーっ!』って約束してたのも覚えてないんだろうし」


「いやそれは覚えてる」


「じゃあもっと早く気付きなさいよ!!ほんとなんなのー!?」






——きっと皆に、それぞれのサンタクロースがやってくる。聖夜は降り出した雪と共に、静かに更けていく。

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