第21話 魔法と魔術
「ん~!美味しい!やっぱりリナリア最高!」
「味はいいけど魔力の溜まりが悪い。これは品種改良しないと駄目だな」
「味と食感は変えないでね」
「じいちゃんなら出来るんだろうけど……んー……」
蛍宮に来てから流司は割と色々あり、情報過多で頭が疲れ切っていた。
けどその情報は結衣と雛には一切教えていない。言ったところで不安を与えるだけだし、何よりも、翔太が言ってくれたようにまずはこの世界に馴染む事が幸せに繋がるように感じていたからだ。
こうして果樹園でごろごろしながら他愛もない会話をする時間が一番充実している。
だからこういう時間には絶対に会いたくない人間がいる。
「あ、いたいた。お前ほんと果樹園好きだな」
「ルイ……」
翔太や凛は、あれで意外と日常会話を楽しんでくれる。
地球の話題は避けるかと思えばそうではなく、地球のよかった事に対してこちらで得られる同等、もしくはそれ以上のメリットを教え、時には体験させる事でこっちの世界も楽しいんだよ、と教えてくれたりしている。まるで先生だ。
だが今のところルイから出る話は気が重くなるハードな物ばかりだ。
保護してもらっといてなんだが、のんびりしてる時は来ないでほしい。
けれどリナリアに興味を示したのはルイではなく楪だった。
つんつんと突きながらじろじろと見ている。
「何作ってるの、これ」
「食べて見ますか?すっごく美味しいですよ。とろとろで」
結衣がリナリアをひと切れ差し出すと、楪は首を傾げながら口に入れた。
当然美味しいという言葉を期待していたが、そうはならなかった。
口に入れた途端楪は咳き込んで吐き出してしまった。そして膝からがくりと倒れそうになり、ルイが驚いて抱き留めたけれど楪の顔は真っ青だった。
「楪!?どうしたんだよ!」
「な、なにこれ。げほっげほっ」
「魔力の溜まってる実だよ。食べれば魔力補充できるっていうのを研究してたんだけど……」
「ま、魔力ね……どうりで……」
「何かまずかったか?」
「僕は君達と肉体構造違うから。違う種族の血は受け付けないっていうか」
違う血液型を輸血してしまったような事だろうか。
「すまない。軽率だったな。大丈夫なのか?」
「平気。うっわあ、不味い。人生で一番不味い」
結衣は口直しにお茶どうぞとメイリンが持たせてくれた紅茶を勧めていたけれどそれも断られ、楪は腰にぶら下げている小さなポーチから飴玉のような物を取り出して口に入れた。
魔力を口にしたら駄目という事は、もしや食べられる物が少ないのではないだろうか。
そもそも魔力はエネルギーだ。それを自然から取り込むのだから自然には魔力が溢れているという事になる。魔導士がそれを固体に変形させるのは彼らの体内構造によるのだろうが、もし同じ事を動物もやっていたら動物も魔力を溜めているということだ。
となるとそれも食べる事はできないだろう。
(そういえば食事してるところ見た事無いな)
その割には無防備にリナリアを食べたからそういう事でも無いのだろうか。よく分からない。
ああ不味かった、と楪が一息ついて顔色が戻ると、ルイはひょいと楪をお姫様抱っこで抱え上げた。
「は!?ちょっと!降ろしてよ!」
「だーめ。流司、会議するからここ終わったら瑠璃宮に来いよ」
「あ、ああ」
抱きかかえられてしばらく楪は暴れていたけれど、もう少しでこちらから姿が見えなくなるといった辺りでルイがキスして黙らせているのは見えた。
「ルイ様と楪様ってどういう関係なのかな」
「俺に聞くなよ……」
*
「はい、じゃあ会議はじめまーす」
美しい瑠璃宮に響く悪夢の号令。参加者はルイと楪、メイリン、そして流司だ。
「……議題は?」
「皇王対策。楪がいるから大丈夫だけど実態は知っておきたい。皇王ってのはどういう戦い方するんだ、メイリン」
「モンスター討伐には陛下の親衛隊しか動向を許されないので詳しい事は知りません。ただ近くで討伐があった時は凄まじい地鳴りと城壁の外で大きな火の手が上がったのを覚えています」
「地鳴り?炎の魔法なのに地鳴りするのか?」
「はい。それほど強大な魔法なのかと思いますが、魔術師としての術かもしれません」
「魔術使うなら内蔵破裂させた方が早いよ。火柱と地鳴り起こす意味ある?」
楪は可愛い顔をして言う事がえぐい。
しかも表情を変えずにシレっというので何とも言えない凄みがある。
「根本的な質問で悪いんだけどさ、魔法と魔術ってどう違うんだ?」
「お、これは良い質問だ。楪先生お願いします」
楪はええ?と一瞬嫌な顔をしたけれど、にこにこと笑顔で圧をかけるルイに負けた。
「魔法は魔術が進化した物なんだ」
「進化?退化じゃなくてか?楪の方が凄い気がするけど」
「威力や性能だけみれば退化だ。でも人間という種でみれば『人体に不要な物を無くした』という進化なんだよ。魔力が血液に存在する物体だっていうのは知ってるよね。つまり魔力と血液は別物で、魔力が無くなっても血液は無くならないから死ぬ事は無い。けど魔術師は血液自体が術力なんだ。体内で生成できるっていうのはそういう意味。術力の使いすぎは血液が無くなっていくって事だから死に直結するんだよ。魔導士は血液が残るから魔術師に比較すれば死亡率ははるかに低い。そういう意味で進化なんだ。でも流司の言う、僕の方が凄いっていうのはその通りだ。血液にちょっとしか存在しない魔力より、血液ごと使える魔術の方が使えるエネルギー量が多いんだ」
大量の知識を一機に詰め込まれ、流司の頭は混乱した。
情報を整理するのがやっとだったけれど、なるほど、と横でメイリンが大きく頷いた。
「魔力は文字と図式で表す事ができるというのはそういう意味なんですね……」
「ああ、そうそう。そういう事だよ。分かってるじゃない」
「悪い。俺分からない」
翔太が言っていた話と似ていた。
それは分かったけれど、実の所翔太の話は難しくて一部理解ができていない。
「老がおっしゃっていました。研究者は血液成分を文字で書き表します。であれば物質である魔力も文字に書き表せるはず。それが可能になれば魔力を使わずとも魔法よりもはるかに強大な術が可能になるはずです」
「へえ。少しは使える魔導士もいるもんだね。その通りだよ。僕が魔術を使う時は脳内で方程式を組んでる。その計算結果が魔術なんだ。これは魔術師の肉体構造だから可能なんだけど、逆を言えば僕の肉体構造を別の形で作れさえすれば誰でも魔術を使えるようになるって事だね。ただその全てを正確に書き記すというのは非現実的だ。例えば」
楪はぴっと指を立てた。するとそこに火が灯る。
翔太が見せてくれた道具とは比べ物にならない眩しさで、机を挟んで対面にいるのに熱が押し寄せてくる。わずかな火の粉でさえ爆弾の様だ。
「この術を文字で書き記すと何文字必要だと思う?」
「知るかよ。二百くらい?」
「三十七万九千五百二十一文字」
「ゲ」
「皇王もこれくらいならできるけど、これ以上は難しい。そういう体内構造をしていないからね。なのに火柱立てるなんて、文字数幾つになるかも分からない。方程式だって百万じゃ足りない。混血じゃ術力使い切っても無理だよ」
理屈はともかく、とりあえず出来ないという事は解った。
魔術が何なのかの仕組はイマイチ分からなかったが、出来ないという事実だけ分かればもういい。
「じゃあその火柱は何なんだ?皇王がやってるんだろ?」
「いいえ。そういう事であればおそらく裕貴さんが作った道具です」
思いもよらない名前が飛び出て来て、流司はきょとんと首を傾げた。
「何で裕貴が出てくるんだよ」
「ルーヴェンハイトは道具で魔法を再現します。魔法道具をルーヴェンハイト国内に流通させたのは裕貴さんなんです」
「何やってんだあいつ……で、その皇王の火柱起こすのも裕貴が作った道具なのか?」
「そういう道具があるとおっしゃっていました」
爆弾のような物だろうか。
確かに銃や爆弾といった物はヴァーレンハイト皇国には存在しなかったから持ち込まれればそれは魔法に見えるだろう。
「裕貴さんは陛下の道具を使用不能にするのは簡単だとおっしゃってました。何でも道具本体に水を掛ければ良いだけだと」
それはおそらく防水加工をしていないという事だろう。機械はえてして水に弱い。
なら皇王対策は水を用意しておけば――そうまとめようとした時、突如、ガアアアン、と瑠璃宮に破壊音と揺れが広がった。
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