第20話 アイリスの母親
「ルイ!どういうことだ、これは!!」
「俺は蛍宮の皇太子なんでね。この国に害成す者は排除する」
流司がルイに呼び出され瑠璃宮の地下に向かうと、そこには捕縛されたメイリンがいた。
想像すらした事のなかった光景に、メイリンを助けようとしたけれど楪が杖でその行く手を阻んだ。その杖は水晶のような鉱物がはめられていていかにも魔法使いといった風だ。
だがこんな物を持っているのは初めて見た。まるで攻撃態勢を取っているかのようだ。
「指名手配されてるのは俺だろ!メイリンは関係ない!」
「今問題になってるのはそれじゃないよ」
突き刺さるような冷ややかな視線を向けられて、流司は動けなくなった。
そして、楪がゆっくりとメイリンに近づき杖を向けた。
「メイリン・レイ。君はヴァーレンハイト皇国の皇族だね」
「……はい。私は皇王陛下の私生児です」
「な、何だよそれ。侍女じゃないのか?」
「皇族が侍女やってるんでしょ。君の魔力はヴァーレンハイト皇国皇族の匂いがする。それと《術力》も交じってるね」
「魔力の匂い?何だよそれ。そんなのあるのかよ。術力って何だ?」
「……やはりあなたが《最期の魔術師》でいらっしゃいますね、楪様」
こんな状況にもかかわらずメイリンは冷静で、焦っているのは流司一人だ。
「お、おい。何だよそれ。魔術師ってなんだよ」
「そうだな。人類史を教えてやろう」
ルイは面白そうに笑うと、流司の隣に立った。
「その昔、人類は三種族に分かれていた。魔力を扱えないただの人間と魔力を扱う《魔導士》。そしてもう一つが術力を扱う《魔術師》だ。魔法は正しくは魔導法術という。魔法と魔術の違いは分かるか?」
「いや……」
「魔術は術力を体内で生成しゼロからイチを生み出す奇跡。これを模倣したのが魔法だ。魔術は全人類を淘汰するほど圧倒的だったが、彼らには問題があった。人間とも魔導士とも体内構造が全く異なるんだ。しかも絶対数が少ないから子孫を残せなかった」
「魔術師同士じゃなきゃ駄目って事か?」
「魔術師を残すならな。けど繁殖方法は同じだ。だから人間や魔導士と子供を作る魔術師が増えた。でも混血は体内構造が純魔術師ではなくなってしまって、体内で術力を生成しにくくなっていったんだ。しかも魔力と術力は相容れないようで、この混血はかなり短命になってしまった。五十年も生きられない」
平均寿命が短いというのはどこかで聞き覚えがあった。
そして流司は一つ気になっている事があった。メイリンの魔法だ。
睡眠を引き起こす魔法はどう考えても火に属する魔法ではないし、自然現象ではない。メイリンはヴァーレンハイト皇国とは違う血筋なのかもしれないと思っていたけれど、ゼロからイチを生む奇跡の力を引いているのならそれも頷ける。
しかしそれを理由にヴァーレンハイト皇国皇族だとするのなら、皇族はみな術力を使う血筋という事になる。
「まさか皇族は魔術師の子孫なのか?」
「そうだよ。でも血の薄い混血はほとんど魔術を使えない。いいとこ魔術を一個使える程度だよ。メイリンの睡眠魔法みたいなね」
メイリンは悔しそうな顔をしたけれど、流司からすればメイリンだって凄い人間だった。それを歯牙にもかけないのは圧倒的な差を感じる。
純血の魔術師というのはそれほどまでに違うのだ。
「……魔術師はそんなに少ないのか?」
「ほぼ絶滅。純血の魔術師は楪だけだ」
ああやっぱり、と流司はすんなりとそれを呑み込めた。
瞬間移動や軍を一人で相手にできるというそれはとても納得のいく話だったのだ。
「純血も短命なのか?」
「いや、むしろ長寿だ。混血が短命なのは魔力と術力が混在するせいだからな」
「混血が長く生きるためには外部から術力を補充すればいい。その補充する術力がアイリスだよ」
「アイリス?アイリスは術力を作れるのか?」
「違う。アイリスを食うんだよ」
「……は?」
「術力を補充をするには他の魔術師から奪うしかない。けど魔術師はいない。なら作ればいい。皇王が子供を作ればそれは術力を持っている。その子から術力を抽出すれば皇王の生きる糧になるんだ」
「メイリン・レイ。アイリスの母親はお前だな」
え、と流司はメイリンを見た。メイリンは何も言わず、ただ小さく頷いた。
「いや、待てよ。メイリンは皇王の娘、なんだろ?」
「だからそういう事でしょ。術力を持った皇王とメイリンの子供ならそこそこの術力を持って生まれるはずだし」
ぎゅうっとメイリンはきつく目を閉じて俯いた。
かける言葉が見つからず、流司は何もできずに立ち尽くした。
「術力を持ってる子供作って食うなんて、そんな……」
ん、と流司は気が付いてしまった。
皇王はアイリスを食う。それはつまり――
「……アイリスの失踪って、まさか……」
ある日突如いなくなったアイリス。その原因も行方も一切不明。
だがもし皇王がアイリスを食って術力を手に入れたのなら、もう彼女は生きていないという事だ。
「アイリスは生きています!!」
メイリンはぼろぼろと涙を流しながらぎろりと楪を睨みつけていた。
けれど楪は眉一つ動かさず、ルイが二人の間に割って入った。
「落ち着けよ。別に死んでるなんて言ってないだろ」
「そ、そうだよな。大体皇王が食ってアイリスが死んだなら結衣が偽物だって気付いてるはずだ。ここまで生かしておくとは思えない」
「いやそれは分かんないけど。けど生きてるって思う理由があるんだろ、メイリン」
ルイは椅子を引っ張り出し腰かけて、脚を組み床で縛られているメイリンを見下ろした。
「お前の目的は何だ?アイリスが生きてると信じているのに亡命して来た目的があるだろう」
「……アイリスを助けるためです」
「ふうん。じゃあやっぱり居場所に目星が付いてるんだな」
メイリンはちらりと流司を見た。
「マルミューラド様は皇妃メルセリア様にお会いした事はおありですか?」
「え?いや、ない、けど」
急にヴァーレンハイト皇国での名前を呼ばれて一瞬たじろいだ。
メイリンはそうですよね、とこぼしてからキッとルイを見上げた。
「皇妃メルセリア様の塔。あそこに幽閉されているのはメルセリア様ではなくアイリスです」
「メルセリア様!?じゃあ本人はどうしたんだよ!」
「死んでるよ」
答えたのは楪だった。
当然のように、表情一つ変えずに「とっくに死んでる」と答えた。
「知り合いなのか?」
「個人としては知らないけど彼女は魔術師だったから術力の気配は感じてた。十八年くらい前に消えたよ」
妻を幽閉し死んだら娘を幽閉なんて、正気の沙汰じゃない。
流司はヴァーレンハイト皇国に特別な恨みがあるわけでは無かったし、育ててくれた祖父や過剰なまでに愛してくれる叔父がいるという点では感謝もしていた。だがとても許せるものではない。
しかし魔法大国とよばれる国の皇王とその軍、兵士。全てに敵対するなど流司にできるわけもないし、裕貴が動かせるルーヴェンハイトだってごく一部に過ぎない。しかも異世界人など、そもそも信用して良いかも分からないだろう。
それでも愛する娘であるアイリスの傍を離れ亡命をした。
「私がここにきたのは楪様、あなたにお会いするためです」
メイリンはルイの後ろに控えている楪を見上げてから地に額を擦りつけた。
「……どうか、アイリスをお救い下さい。私では塔に入る事も近付く事すらできませんでした。どうか、どうか……!!」
メイリンが偽物である結衣の亡命に手を貸してくれているのかは流司も不思議に思っていた。
滅びる国にいられないという意思は共通するが、それでもアイリスを想う彼女が国を捨てるのは違和感があったが、このためだったのだ。
ルイはふうん、と少し考えてから楪に目をやった。
「楪。助ける事はできるか?」
「見てみないと分からないよ。メルセリアの塔ってどこ?」
「城の中央庭園です。魔法兵団が居を構える中心部に立てられています」
「あれが?それで立ち入り禁止なのか……」
「城のど真ん中なら座標を植えた事がある。ちょっと見てくるよ」
そういうと、ぱっとその場から姿を消した。
突然の事に流司はびくりと震えた。UNCLAMPはこういう感じなのだろうかと心臓がうるさく跳ねる。
シンとその場が静まり返り、三十秒ほど経ったら無言が気まずくなってくる。けれどルイは首を回して暇そうにしていた。
そしてそのまま数十秒ほどすると、またぱっと楪が姿を現した。
あまりにも唐突に表れたので流司は思わず声を上げて後ずさりをした。
「いたよ。確かに塔の中にいる」
そんなあっさりか、と流司は目を丸くした。
メイリンは近づけずアタリを付けただけの塔を確認するなんて、メイリンの努力がまるで無駄のようだ。
「けど連れ出すのはちょっと難しいかな」
「そ、そんな!何故ですか!」
「水牢なんだよ、あそこ。水のど真ん中に繋がれてるから連れ出せない」
「瞬間移動で連れてくるっていうのは?目の前にいれば連れてこれるだろう?」
「無理だよ。座標が植わってないなら直接触る必要があるから潜らなきゃいけないんだ。城より高い塔に潜れると思う?」
「魔術でどうにかならないのか」
「水っていうのは魔術と相性が悪いんだ。かけた端から水流で術力を分散させられるから使えないと思っていい。それに座標を打てるのは固形物だけだ。一定の形状を保たない水には座標が打てないから水中に移動はできない。しかも魔法鍵と物理鍵もかかってた」
「潜って魔法鍵と物理鍵を解錠して意識の無いアイリスを引き上げて、か。そりゃ厳しいな」
そう言って、んー、とルイは少し首を傾げて何かを考えた。
「手が無いわけじゃない」
「本当ですか!?」
「ああ。だがタダでやってやるわけにはいかないな」
ルイは立ち上がりメイリンの顎に手をかけ顔を上げさせた。
「取引だ。皇王を殺しアイリスを取り戻してやる。その代わり俺に手を貸せ」
「手と言われましても、私でお役に立てることなど何も……」
「いいや。お前じゃないと駄目なんだ」
にいっとルイは笑みを浮かべた。
メイリンは一歩も引かずその目を真正面から見つめ返し、再び深く頭を下げた。
「命ある限りルイ様に尽くすとお誓い申し上げます」
そうして、メイリンの縄は解かれた。
ルイからは結衣と雛には何も言わないようにとだけ指示を受けたが、メイリンに何をさせるつもりかは言わなかった。
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