十二

第25話

 暗い部屋でベッドの上で横になる。部屋の灯りも、外の光も全てを遮りシーツを被る。視線の先にはゴーグルがある。だが見えているだけで、見てはいない。焦点は定まらず、ぼんやりとした輪郭だけが浮かんでいた。

 膝を抱えて丸くなる。外から夜の波の音が微かながら聞こえてくる。膝の中に顔を埋め、そして両目を閉じる。

 思い浮かぶのは嫌な記憶だけ。スズネのため、アンタのためだと言われ続けて、我慢我慢を繰り返す。

 必要ないのに、と言えば、何言ってんのと怒られる。この人さえ居なければ、もっと楽になれたのに。本当に、早く消えればいいと、死んでほしいと思っている。なんて口に出そうものなら、悪いのは全て私になる。私が悪者になってしまう。

 でも、だけれど。だからって。

 そう思った。

 思考操作で電話を掛ける。一回、二回とコールが響く。五回、六回経っても出ない。七回、八回を超えて、十回目になり繋がった。

「ねぇ、もしもし。今、何してる?」

「荷物を纏めていた所ですよ。それにしても珍しいですね、電話なんて」

 抱えた膝を一層強く抱きしめる。シズクがベッドに飛び乗って私の傍にやって来た。

「もしかして別れの挨拶ですか? でしたら明日でも良かったのに。おっと、もう今日でしたね」

 目を開ける。シズクが鳴いた。そして向きを変えて背を向ける。

「私も一緒に行こうと思う」

「え?」

 シーツの下から手を出しシズクに触れる。首から腰元へ向かって、梳くようにシズクを撫でる。

 どうしたの、と聞くように首を回して私を見る。シズクはすぐに前を向くと、長い尾を前足首に巻き付けた。

「私も行く。お願いダメって言わないで」

「落ち着いてください。ダメとは言っていませんよ。むしろ決断してくれて嬉しいくらいです。でも、何かあったんですか?」

「何も。でもコンピューターを信用できない。そう思っただけ」

 少しだけの間を置いて、セラフが応じた。

「分かりました。明日の。いえ、今日の朝七時。僕らが会ったあの場所に集合しましょう」

 うん、と小さな声で答える。額を膝に付けた時、改まってセラフが言った。

「スズネさん。何か辛いことがあったのなら、僕で良ければ話を聞きますよ」

「ありがとう。でも大丈夫」

 通話を切る。シズクが消えそうな声で鳴いた。

 視線を一切動かさず、メッセージを遡っていく。

 鬱陶しくて煩わしい。今でもやっぱりそう思う。食事は食べているのかや、たまには運動しなさいだとか、その気なんて一切無いのに、学校には通いなさいとかだった。

 もし。もしも私があの瞬間、お母さんに電話していたら結果は変わっていたのだろうか。なんて考えが頭に浮かぶ。済んでしまった事なのに、話していれば良かったと。ほんの少し、たった数分だけだろうと、話さえしていれば、また違った結果になっていたかもなんて考えてしまう。

 後悔が頭の中で渦を巻く。回転すればするほどに、ハマり込んで深く沈む。暗闇の中での堂々巡りの後悔は、収まる所を知らないばかりか、かえって一層強くなる。

 ゴーグルを手に取ると、シズクを呼んで仮想空間へと入り込む。

 ソファに座る。奥の奥に仕舞い込んだ記憶のファイルを引っ張り出す。

 何十年も昔の日付に、もうそんなにも経っていたんだ、と改めて思い知らされる。大昔の私が残した、たった一つの記憶ファイルを動画形式で開くも再生されずに停止した。

 よく見れば、データが破損しているらしい。こんな事態は初めてだったが、事実再生できていない。

 ファイルを戻し、沈み込む。

 唯一残した記憶だったのに。中身が何かだなんて覚えても居ない。幸せで幸福に、お母さんと一緒に暮らしていた頃の、記憶の記録のはずだった。

 尾を立てて揺らしながら、シズクが私へ顔を突き出す。遊ぶ気分じゃないのにと、思って見ればフォルダーを口に咥えて差し出している。

 受け取って名前を見る。

 フォルダーはたった一言、思い出、とだけ銘打たれている。

 いったい誰の思い出だろう。少なくとも私じゃない。

 フォルダーを開け放つ。中身のファイルが一覧となり、私の周囲を取り囲む。膨大な量の記憶ファイルは大半が五年以上も前の物で、更に半数以上が十年近くも昔だった。

 年月日時分秒の、数字の羅列のファイルを開く。形式はもちろん動画、ファイル一覧を隅にやると、ゲームに使うディスプレイに転送させた。

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