第11話 前夜

ENDLESS RAIN 午後11時50分 7月1日

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今夜最後の客を見送りに沙羅は店のエントランスにいた。


加賀友禅の付け下げは淡い黄色。

銀糸の袋帯と赤珊瑚の帯締めは品よく艶やか。

深夜にも関わらず白い肌は艶やかで頬は薔薇色に輝いている。


叔母の代から贔屓にしてくれている京菓子の御大おんたいは、見送る沙羅へにこやかに声をかけた。


「いつもに増してえらい美人や沙羅ママ。何ぞええ事でもあったんかいな」


「お世辞がでるようなら安心ですわ。今夜はお酒を随分と召し上がっておられたので」


「ママを見てるだけで酒がすすんでしもうて。で、明日店は休みやて?珍しいな」


「はい。ご迷惑おかけして申し訳ございません」


「何の何の。明後日は一番に来るさかい。明日の晩は儂も早寝するわ」


「お身体、休めてくださいね」


「ママは観音様やて。拝んでるだけで寿命が延びるわ」


「まぁご冗談を。明後日、心からお待ちしておりますわ」


ハイヤーを見送ると沙羅はキャストを店に戻して労いの声をかけてゆく。


「ねぇママ、明後日はお店に出てくれるのよね?」


「勿論。明日は店をお休みにしてごめんね」


「ううん、明後日は大切な日だものね!」


「そうね。めいっぱい綺麗にね」


「ママには勝てないけど、まかせて!」


店の片付けをしてキャストを見送ってからようやく沙羅は帰途についた。


「ママ、明後日はゆっくり出勤したらいいですよ」

「たまのことです。香月さんと寛いできてください」


黒木と横川の二人の揶揄からかうでもない思いやりの言葉と笑顔に見送られた。


真っ赤な顔のままいつも送迎を頼んでいる馴染みのタクシーに乗り込む。


「ママ、今夜は楽しそうね」


「そう見える?」


「見えるわよ。明日お店がオフだからかな?」


「そうなの、また明後日からよろしくね」


「3日の夕方、迎えに行きましょうか」


「あ ──、3日は出先から行くかも。帰りはお願いします」


「わかりました、明日はごゆっくり」


3日は夕方まで香月と一緒かもしれないし、家には帰っていないかもしれない。

そう思うから明後日着るドレスや小物も店のロッカーにしまってきた。


「── 私ったら・・・家に帰らない前提で何をウキウキと・・・////」


後部座席で赤い頬のままキョトキョトする沙羅にベテランの女性ドライバーはふと笑顔になった。


「ママぁ?」


「はっ、ハイっ」


「ハイって、ママおかしいの」


「ご・・・・ごめんなさい」


「ママ。もしかして、いい人できた?」


「//////////(えーっ 大汗)」


「わかりやすいね」


「そ・・・うかな」


「幸せそうよ。ママその人が大好きなのね?」


「そう、、ね」


ふと図書館の前で抱きしめられた日のことを思い出して耳まで赤くなる。


「あははは、ママったら誰かさんの事を思い出してる!」


「も、もう!いじめないでー」


「嬉しいのよ。だってママ、私の子供と同じくらいの年頃なんだもの」


「そうなの?」


「そ。だからママのこと可愛いのよ。いい人で良かったね」


「う、うん。ありがとう」



次話は「沙羅の憂い」です。

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