38

「なにはともあれ、今のは良い蹴りだったよ。あんなに吹き飛んだのは久しぶりだ」


そんな台詞をほざきつつ、お腹をポンポンと叩く知朱。

……それを聞いて、少しの『光明』。

もし、妖力の扱い精度が頭おかしいコイツでも、俺の本気の月兎が僅かにでも通るってんなら……


「なら、百発でも二百発でもぶち込んでやろうか?」


テメェのニヤケ顔を、焦りに変えてやる。


「いいさ。部下のストレスを晴らすのも上の役目だ。さっさと来な」


その啖呵を、受け流すような奴じゃあ無いと思った。


「誰が部下だ! 上等だよ!」


俺は飛び込む!

最初から全力マックスの踏み込みだ!

さっきより力込めた月兎、ぶち込んでやる!

避ける様子もなく両手を広げる知朱、その綺麗な顔面をぶっ飛ばす勢いで──


「……ん? ちょっと、何で寸止めすんの?」


……混乱していた。

さっきから、コイツの存在で混乱してばかりだが、それとは別種の混乱。


『喪われた』感覚。


何かを失くしてしまった感覚。

それが『何か』は、すぐにハッキリする。


「なーにー? 急に僕ちんに怪我させるの怖くなったー?」

「ち、ちげぇ、そういう意味で止めたんじゃ……」

「ほら、さっき見たくビシュ! ってヤりなよ。確かこう、脚を上げて──」


瞬間、俺の直感が告げる。

いや、それは『生存本能』だ。

数メートル先の知朱が此方に向けた足先が、『砲台』を思わせて──


「えいっ」


↑↓


『薄縁。貴方には伝えねばならぬ事がありますわ。貴方が付く相手がどういう存在かを、ね』


現場に向かいながら、私はふと、カアラ様の話を思い出す。

あれは、ようやく私が複雑な話も理解出来るまでに成長した頃、だったか。


『今から話すのは、知朱が生まれた時の話です。まだしてませんでしたよね?』


『娘があの子を産んだ日。桃源楼は緊張に包まれていました。無事に子が生まれてこられるのか、と』


『わたくし達の仕事は恨まれる事が多いですからね。大半の原因はわたくしにありましたが』


『ゆえに。『絡新に待望の男児が誕生する』とどこからか漏れるやいなや、それを阻止せんと悪意を向ける輩は数多く居ました』


『ええ。当然、桃源楼の者達は持てる力全てを使い、生まれるまでの半年以上、桃源楼を止めてでも母子共に護りぬこうと二四時間体勢で動く、『予定』でした』


『呪術師、妖、神々……凡ゆる者達の悪意を想定していました。直接向かって来るならば対処は楽です。しかし、呪術や妖術の形の無い術の類は結界があるとはいえ厄介で……ですが。一向に、そのような悪意が来る気配はありません』


『諦めたのか? それとも、油断させて出産当日を狙って来るのか? 我らも気が気ではありませんでしたが、結局、何事もなく無事知朱の出産を迎えられたのです』


『珠のように可愛らしい男児。産声が無くみな心配していましたが、本人は涎を垂らし寝ているだけでした。大物だな、と皆笑っていましたわ』


『そんな時、ふと、グゥと腹の鳴る音が部屋に響きます。部屋の誰か、緊張の糸の切れた者が出処か? と変わらずの緩んだ空気でしたが……すぐに、皆は全てを理解します』


『理解、というのは、皆が頭の隅に追いやっていた、敵からの攻撃の行方、も含みます』


『パチリ──その赤ん坊、知朱が目を開きました。皆は破顔し、存在を認識して貰おうと近寄って……凍り付きました』


『その時の事を、皆、揃えたようにこう答えます。『喰われると思った』と』


『桃源楼の従業員はみな強者。そして、原点は【捕食者】側です。この世は弱肉強食。戦い、負かした相手を喰う。そのように生きて来た者が大半です。薄縁、貴方もそうだったでしょう?』


『皆、当時の住処ではそれぞれが捕食の王でした。当時の緊張感を忘れた者など一人としておりません。そんな彼らが言うのです。『喰われると思った』と』


『つまりは、皆、生まれたばかりの知朱より『下』だと本能が認めたのです。腹を鳴らし、目を開いた知朱は──目の前に居た者達を、『餌』としか認識していませんでした』


『一方、敵からの攻撃の件、ですが……それは、全て『知朱が喰っていたようです』』


『ええ、言葉の通りですわ。病を掛ける呪い、運気を下げる妖術、毒に侵す言霊……まともに受ければ死をも免れぬ強力な悪意ですが、そういった類も、元を辿れば力の波動。知朱は、母の腹の中で美味しく頂いていた様子です。同時に、それらの耐性も得ていた、と』


『因みに、そんな悪意を送った敵の現在ですが……殆どが既にこの世に居ません』


『いえ。わたくし達桃源楼の仕業ではありませんよ。というより、わたくし達が仕返す前に、既に、知朱が『終わらせていた』のです』


『知朱が生まれ持った『その特性』を我々が気付いた時、なんと残酷で強欲な力か、と皆は慄きました。敵に回したくはない、と』


『勿体ぶりましたが、そこまで複雑な特性ではありませんわ。単純に、知朱は『喰らった技を奪います』』


『真似る、のではなく奪うのです。わたくしも若い頃は、相手が長年掛けて習得した技を一眼で真似て心を折ってやったものですが……知朱の場合は、その心すら粉砕しすり潰すもの』


『奪われた者はその後、同じ技や術を使用出来ず……逆に、知朱に奪われた技で、仕返されました』


『知朱自身にその自覚は無いので、単に『味が気に入らず吐き出した』程度の感覚でしょうが』


『ある者は放った呪術や妖術でその身を滅ぼし、ある者は奪われた事に絶望し自ら命を絶ち』


『一子相伝の技だの、禁断の術だの、愛や絆や想いの力だの……知朱には一切関係ありません。加えて、生まれ持ったその妖力量のおかげでオリジナル以上のパフォーマンスを見せるのもタチが悪い』


『──コレが、絡新知朱、という貴方の主ですわ』


『え? それらの事実を知った従業員はその後どうしたのか、ですか? それは、今のあの子と従業員の関係性を見れば解るでしょう。ええ、『歓喜』しましたわ。これ以上無い程の、絡新の跡取りの資格を持った男児の誕生に』


『わたくしも、大喰らいとして名を馳せ、次第に慕う者が増えていきました。我々の世界ではやはり、単純に、食物連鎖の頂点に立てるほどの強者でないと、誰も慕いませんからね』


『古い世代の者は、喜んで知朱への【贄】となりましょう。未来への礎となれれば本望と、これからも、知朱を家族同然に扱うでしょう。『身内を喰う』というのは、自然ではありふれた事象です。『同世代の若い連中』にはまだ理解出来ないでしょうけれど』


……急ぐか。

あの天狗ウサギ、まだ生きてるかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る