33
「おーい、僕からは逃げられないぞー」
まるで獲物を探す殺人鬼のように森の中を徘徊する僕。
今更だが、練習場所は舞子ちゃんの家近くの森の中。
「また迷子になるぞー、出てこーい」
家の近く、なのだが……彼女はよく迷子になるようだ。
そりゃあ、それなりに広い森なんでそんな事もあるんだろうが。
「舞子で迷子の子猫ちゃんー、貴方の居場所はどこですかー♪」
この曲を口ずさむのも何度目か。
彼女からしたら恐怖のソングでしかないのだろうが。
……しかし、迷子か。
少し懐かしい気分になる。
僕も、子供の頃は、おばぁに連れられ色んな虫を求めて森なり山なりを一人で駆け回ったものだ。
結果、よく迷子になっちゃって。
すると、毎回『巨大な蜘蛛』が僕を見つけてくれた。
毘沙ちゃんとこで見た巨大ムカデくらいデカい蜘蛛。
恐怖は感じず、僕はすぐに抱きついていた。
よく遊んでくれて、モフモフで、いい匂いがして。
抱きついたままうっかり寝ると……おばぁが僕を起こしてくれて、大蜘蛛はいなくなっていて。
膝丸と出会ってからめっきり会わなくなったけど、元気にしてるだろうか?
「また会いたいものだねぇ……(ゴンッ)ぐへぇっ」
壁に顔面をぶつけて鼻がツーンてなる。
……壁?
「んー? 何も無いのになぁ。透明な板? (ぺたぺた)」
前に進めない。
てか……
「僕、いつのまに森から抜けてた?」
ホームセンターの駐車場だ。
近くにあったのは知ってるけど……。
ここから先に見える車や建物は絵か何かだろうか? トリックアート的な。
「よぅ」
ん?
後ろから聴き慣れぬ声。
「だぁれ? 僕の知り合い?」
振り返らず訊ねると、
「いや。初めまして、だぜ」
「ふぅん。何かご用?」
「挨拶に来たんだよ。やっと許可がおりたからな」
「意味わがんね」
僕は振り返った。
↑↓
『じじー。かあらさまってどんなひとなんだー?』
昔、ジジイにそんな事を訊いた事がある。
『なんじゃお前、いきなり。何度も会っとるじゃろう? 兎に角凄い方じゃよ』
『じじーはむかしから、なかよかったのかー?』
『いやぁ? 昔は敵同士じゃった。何度も殺されかけて、何度も逃げてを繰り返して……気付けば仕えていたなぁ』
『じじーだせー!』
『言い訳の余地も無いわい』
ジジイの話すお袋の話はいつも面白かった。
まるで創られたような武勇伝。
いや、常人の発想では思いつかないような破天荒を繰り返しのし上がった女傑。
それが俺らの上に立っているんだ、憧れるなというのが無理な話。
『でも、いまのかあらさまは、そんなぴりぴりしてないぞー? おとろえたのかー?』
『ガキが滅多な事言うんじゃねぇよ。……まぁ、そんな声があるのも事実だが、衰えたなんて事は決してねぇ。ただ、気を張る理由が無くなっただけだ』
『んー?』
『お前にも、いずれ分かる時が来る』
『よくわかんねーけど、おれもじじーみたく、かあらさまにつくせばいいんだなー?』
『いんや。若いおめぇが仕えるのはあの方じゃねぇ。全く、お前もいい時代に生まれたもんだぜ。知朱坊ちゃん……あの子はカアラ様が言う通り、カアラ様を越える逸材だ』
自分の孫のように誇らしげに呟くジジイに少しムッとしつつ、自分の主はお袋でないとここで知る。
『おっと、今のは忘れてくれ』
ジジイは何かを隠すように口を抑えたが、俺は俺で、その孫とかいうヤツに色々と期待した。
だってそうだろ?
お袋も幹部連中も『スゲースゲー』と捲し立てる存在だ。
お袋の血族ってだけで約束されたような強者なんだ。
自分の上に立つ存在だってんなら、気にならない方がどうかしてる。
……だってのに。
当のお孫さんとやらに会う機会など一切無く。
たまに桃源楼に来たと話を訊いて急いで戻っても、飯食って従業員の女にちょっかい掛けて女風呂に入ってさっさと帰って。
ワクワクするような武勇伝も周りに恐れられるような悪事も起こさず。
仕舞いにゃ本家を離れてグータラと一人暮らしを始めて。
──俺を含めた若い奴らの不満はピークに達していた。
そんな奴ら俺らはいずれ仕えなきゃなんねーのか?
命張って仕事してかなきゃなんねーのか?
いっそ、跡継ぐことに興味が無ぇ奴だったならどんなに良かったか。
若い奴らは全員、お袋の下にいる事には疑問もねぇ。
お袋がそのまま続けてくれたならどんなに良いかと……だが、そのお孫さんはグータラな癖にちゃっかり継ぐ気満々みてぇで。
このまま、桃源楼は最悪な未来を迎える。
──そんな時、ようやく許された、孫への接触。
正直、興奮し過ぎて若い奴らに告げる前に、こうしてツラを拝みに来てしまった。
その孫……知朱という男の情報は、名前しか知らない。
お袋は、何故か長年もの間、俺ら若い連中と知朱との接触を『因果レベル』で離して来た。
意図は不明。
孫を傷付けられるのが怖かったのか?
お袋も、身内は可愛いってか?
……だったら、今日、俺はお袋に失望されるだろう。
最悪、いや、普通に殺される可能性も無くは無い。
だって、今日俺は、知朱を一発ブン殴るつもりで来ていた。
殴る理由なんて、あり過ぎる。
俺と若い奴らの鬱憤を込めた一撃。
それすら許されないってんなら、報われなさ過ぎだろ?
そんなわけで、俺は妖術で、知朱を空間に閉じ込めた。
ようは結界だ。
逃げられぬよう、閉じ込める。
知朱は疑う事無くまんまと入って来た。
話によると、妖術を使えないどころか、自分を一般人と信じて生きてきたとの事。
どこまで馬鹿なんだ。
ゴンッと、結界の壁に知朱がぶつかったところで、俺は背後に立った。
それから俺は、すぐに声を掛ける--つもりだった。
しかし、口が動かない。
今の状況を、脳で処理し切れていない。
そのフリーズは数秒だったかも、数時間だったかもしれねぇ。
幻術による攻撃を疑いはしたが、周囲に敵がいない事は分かってる。
そも、俺には大抵の幻術に耐性あるしな。
……これでも桃源楼の端くれだ。
不満こそあれ、敵襲だの、何かあればお袋の孫は護るつもりでいる。
てか、敵の多いお袋の、その孫に警護の一人もいないってどういう事だ?
いつもいる金魚の糞(薄縁)は何してんだ?
いや、アイツが今いねぇからこんな絶好の機会を得られたってのもあるが──
違う、話を現状に戻せ。
フリーズ……そうだ、フリーズの原因は分からねえが、そのタイミングなら分かってる。
──知朱の後ろ姿を見た瞬間、だ。
「よぅ」
気力を振り絞り、俺は声を掛けた。
「だぁれ? 僕の知り合い?」
奴は訊き返して来た。
女みたいな透明感のある『色の無い』声。
……また、時間を止められそうになったが、舌を噛んで鼓舞する。
奴は振り返らない。
俺は返す。
「いや。初めまして、だぜ」
「ふぅん。何かご用?」
「挨拶に来たんだよ。やっと許可が下りたからな」
「意味わがんね」
ようやく、奴は振り返った。
『じじー。かあらさまって、むかしはぶいぶいいわせてたんだろー?』
それは、多分走馬灯に近い。
頭の中を走ったのは、少しでも生存確率を上げる為の過去の回想。
『ぶいぶいって……最早死語じゃろう。……まぁ、そうさな。初めて会った時はビビり過ぎて、同じくぶいぶいいわせてたワシもチビるほどじゃった』
『そんなにこわいかお、してたのかー?』
『いやぁ?』
ジジイは思い返すように、
『氷のように冷たく……刃のように鋭く……何者も寄せ付けぬ孤高さで……なりより……ゾッとするほどに、美しかった』
「──、──ハッ」
また、時間を止められていた。
……チッ。
言いたかねぇが、流石はお袋の孫ってヤツか。
見てくれと雰囲気は、ご立派に大物だ。
若い奴らが見ちまったら、あっさり掌返しそうな程に。
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