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↑↓


学園を出て、校門で待っていた車に乗り、アパートに帰宅すると、扉の前で突然、携帯が鳴った。

掛けてきた相手は……ッ。


「どーせおばぁからでしょ?」


一人部屋に入り、居間に寝転がりながらダルそうに訊ねて来る知朱。

あの顔、『今日はもう何もしたくない』モード。


「……タイミング的にそうでしょうね」

「ベリーはおばぁから連絡来た時すっごい嫌な顔するから分かりやすいんだよぉ」

「……認めるわけじゃないけど、あの方にソレ、絶対言うんじゃないわよ、シャレにならないから」


っと、いつまでもあの方を待たせてられない。


「(ピッ)はい、薄縁です。お待たせしました」

『──、──、──』

「はい……はい……わかりました。すぐに伺います(ピッ)……はぁ」


どっと疲れた。

今日一番の疲労感。

緊張感が並ではない。

常に心臓を握られてるような感覚。


「なーにー? 夕飯食べないでおばぁとこ行くのー?」

「ええ。冷蔵庫のもの適当に食べて」


なるべく知朱の元から離れたくは無いが、呼び出した相手が相手だ。

冷蔵庫には知朱の好きな物を詰め込んである。


「じゃーホコウちゃん。君も夕飯食べてくー?」

「い、いただきます……!」

「アンタも呼ばれてんのよタンポポ(グイッ)」

「あわわっ……」

「えー、じゃー僕も行くー」

「やめて。アンタが来たら話がこじれて長引くでしょ」

「否めない」



──『最短ルート』を用いて、カアラ様の元へ。


「ご苦労様です二人とも。ごめんなさいな、お仕事終わりに」


ここは【桃源楼(とうげんろう)】。

生者の住まう現世(うつしよ)と、神々の住まう常世(とこよ)の狭間……神奈備(かんなび)にそびえる『巨大な宿』。

耳を澄ませば【三途の川】のせせらぎ、窓を開ければ心を騒つかせる生温い【黄泉の風】。

訪れる客は、他国の神や上位の怪物や妖(あやかし)、稀に生者も迷い込んで来たりと様々。

足を踏み入れた者は、貴賎なく大事な客で。

『従業員に失礼を働いたり』、『代価を払わない』なんて非常式な者以外は、至高の癒しサービスを受けられる、まさに名にもある桃源郷だ。


「……いえ、私は大丈夫です」

「ほ、ホコウも、です」

「どうぞ、座って下さいまし」


座布団の上に座す私とタンポポ。

……こじんまりとした和室だった。

この方の立場を考えれば、狭過ぎる六畳一室の大天守。


「ああ、申し訳ないですね、『このような格好のまま』で」

「……私は構いませんよ」


カアラ様は『スーツ姿』だった。

学園にて度々姿を見せて接触してきた『女教師』はこの方だ。

知朱はそれを、認識をボヤけさせる『妖術』の効果で気付いて無かったろうけど……『違和感』は覚えていただろう。


「では、改めて。今日の出来事の報告をお願い出来ますか?」

「え? か、カアラ様は、全て見ていたのでは……?」

「……余計な事を口を挟まないの」


このタンポポ……この方に口答えするのがどれだけ恐ろしい事か解っていない。


「ほ、ホコウはてっきり、知朱様が心配で学校まで見に来たのかと……知朱様が気付いて無かったので、スルーしてましたが……」

「……アンタ、少し口閉じてなさい。誰の前だと思ってんの」

「フフッ、良いんですよ薄縁。貴方こそ、わたくしにそうかしこまらなくて良いと何度も言ってるでしょう?」

「い、いえ……そんなわけには……」


ただでさえ、『恵まれた場』に居続けるのを許可して頂いてるのに。


「毘沙様の所はアットホームな雰囲気ですからね。まぁ、ここもそうだと自負はしてますが……話を戻しましょう。ホコウさん、わたくしはただ、今日あの子の側にいた貴方達の口から、直接報告を聞きたいだけなのです」

「は、はぁ……」


それから私達は、学園での出来事を包み隠さず報告する。

カアラ様はそれを、顎に手を当てながら神妙な面持ちで聞いていて──


「成る程……あの子は予想通り、息を吐くように虫達を『使役』させましたか……」


人誑しならぬ虫誑しなアイツにも困ったもの。

まぁ、それもこの方の魅力を受け継いだ当然の帰結でしか無いのだが。


「あ、あの、その件で一つお訊きしても宜しいでしょうか……?」


自信なさげに手を上げるタンポポに、カアラ様は「どうぞ」と促して、


「ほ、ホコウも毘沙様の所で暮らしているので麻痺していますが……この世界の『普通の虫』は、アレほど頭が良くないですよね? なのに、知朱様が学校でスカウトした虫達は皆、意思疎通どころか頼まれた仕事もこなす賢い子達ばかりで……あの子達は、カアラ様があの場に配置した、元より特殊な虫達なのです?」

「ああ、ふむ。それに関しては、貴方には話しておくべきかもしれませんわね」

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