【EP1】1
「暇じゃのう」
我がそう周囲の『臣下』らに呟くと、皆が蹴鞠やらカルタなどの玩具をパッと掲げた。
「あー、すまん。そういった児戯の気分ではなくってな……ああ、そう沈むでない」
と。
そんな中、一匹の小さな臣下がウネウネと這い寄って来て、
「む? ……ほう。そうか、そんな話があったな。今日がその日か」
ニヤリ-- 我の口角が上がる。
「ならば、歓迎してやらねば、な」
1
「知朱(ちあき)ちゃん、一つ、頼まれごとを引き受けて下さらなぁい?」
アパートの玄関先。
突然、お付きの者もつけず『僕の住居』に訪問して来た着物姿の美女が、そう問うて来た。
闇に溶け込む黒髪と、着物。
【絡新(じょろう)カアラ】おばぁ。
僕の祖母だ。
「こんな朝早くから非常識でしょ。老人の早起きに若者を巻き込まんといて」
「早起きは三文の徳、ですわよ」
「三文くらいなら寝るわい。はぁ。で、なに? 嫌な予感しかせんのだが?」
「そんな事無いわよぉ?」
クスクスと品よく微笑むおばぁ。
その見た目はとても若々しく、シワ一つ無いその容貌を初めて見た者は、二十代半ばの女性としか思わぬだろう(滅多に一般人の前には出ないけど)。
しかし、このおばぁはただのババアにあらず。
『かの界隈』では【冥府の女郎蜘蛛】と恐れられる大物だとか。
「で、何? (ぺりぺり)」
「……その前に。何故『蜘蛛の糸塗れ』なんですの?」
「昨夜は珍しく膝丸と寝てね。その時にあの子、間違ってコーヒー飲んじゃって」
一般的な蜘蛛もそうだが、例に漏れず、膝丸もコーヒーに弱い。
カフェインの影響で酔ったような状態になるのだ。
因みに、僕やおばぁもカフェインには弱い。
なら何故部屋にコーヒーがあったのかと言うと……謎。
「ふぅ、全部取れた。あんにゃろー、片付けもせず起きたらどっか行きやがってー」
「……話を戻しますが、今から言う場所に届け物をして欲しいんですの」
「えー、そんなん部下に頼めよぉ」
「貴方にしか頼めないんですのよ。代々『絡新の跡取り』が行っている事、ですので。まぁ、貴方はまだ『三代目』ですけれど」
「二代目のママンもやったのはいいけど、浅い歴史だなぁ……てかそれ、僕に何かメリットあるん? 貴重な『グータラタイム』を超える何かが?」
「はぁ、口を開けば欲ばかり吐いて。全く、貴方はダラけすぎですわよ。学校にも行かずダラダラと。真面目な娘からどうしてこんな子に育ったのか……少しは外に出てらっしゃい」
「やだい! 僕は引きこもるんだい!」
「目的地では可愛らしいお嬢様が待っていますわ」
「早く言えよぉっ」
僕は部屋に戻り、着替えを始める。
「現金な子ねぇ」
「因みに、どこに行けってー?」
「神社よぉ」
「神社ねぇ。神の存在なんて信じてないけど、めんこい巫女が見られるならそれでいいかー」
神様を名乗るようなネジの外れた子かもしれん。
それはそれでアリ。
「じゃ、そんなに僕ちんに行って欲しいならそこまで車で連れてってよっ」
「いいですわ。──薄縁」
「はっ」
バッと顔を上げたのは、スーツ姿のポニテ少女。
おばぁが来た時からこの子は玄関先で膝をつき、おばぁに頭を下げていた。
毎度、昔からこんな感じだ。
やめろと僕が言っても聞きやしない。
「知朱ちゃんの外出の準備、手伝ってあげてねぇ」
「はっ」
「じゃ、知朱ちゃん、下で待ってるわねぇ」
おばぁは玄関を閉め トントントン…… 階段を降りていく音。
「はぁ。じゃ、ベリー、準備お願いねぇーっとっと」
「こらっ(ゲシッ)」
「ぐへぇっ(ズテンッ)ちょっとー、人が靴下履いてバランス崩してる時に蹴らないでよー」
「うるさい」
蔑んだ表情で僕を見下す薄縁。
従者が主に向けるソレではない。
まぁ慣れてるけど。
「毎度毎度、カアラ様にあんな態度を……今日はわざわざこんなポロアパートにまで来て下さったのに」
「その孫に対する扱いひどない?」
「アンタには尊敬出来る部分が一切無いからいいのよ」
「素直だなぁ。よいしょっと」
キュッと靴下を引き上げ、ゴロンと寝転がり、
「じゃ、準備出来たら起こしてねー」
「コイツは……アンタ、『若い連中』に陰で馬鹿にされてんのよ? 『あんなグータラが跡取りじゃ絡新も終わる』って」
「言わせときゃーいいんだよー。その内本気出すからさー」
「……少しは言い返せないで歯噛みしてる私の身にもなりなさいよ」
「んー? なんだい。僕の事を思ってイライラしてくれてるのかい?」
「ッッ……なわけないでしょっ、自意識過剰っ」
夜色のポニテと豊満なおっぱいを揺らし、ベリーは台所へと消えて行った。
ツンデレちゃんだなぁ。
……
……ゆさゆさ
「……んぁ?」
一瞬、意識が飛んでいた。
僕を揺り起こしてくれた相手は--
「あら、膝丸。来てたんだ」
優秀で可愛い僕の相棒。
「ベリーは……あら、帰ったのかな?」
スマホを見る。
どうやら10分だけ寝てたらしい。
僕の側にはリュックが置いてあり、中にはお弁当箱やらタオルやらが入っていた。
「準備だけしてどっか行ったのかな? あの子はいっつもそんな感じだよ、ねー」
寝転んだまま膝丸を両手で持ち上げて話し掛けると、彼女はリアクションに困ったように八本の手足をワシャワシャ動かしていた。
「(むぎゅ)んー、膝丸は相変わらずモフモフで良い匂いだねー……頬擦りしてると……気持ち良くてまた眠く……」
「……! ……! (ジタバタ)」
「えー、起きろってー? ふぁぁ、ふぅ。しゃあない。面倒いけど、あの子がここまでやってくれたなら少しは動くか」
むくりと体を起こし、
「髪やってー」
言うと、膝丸は僕の背中をよじ登って首辺りで止まり、いそいそと僕の長髪を弄り出す。
くすぐったいけどここは我慢。
丈夫な糸を髪ゴム代わりにして……彼女の手の動きが止まり、セット完了。
いつものハーフアップ
「ありがとー」
その後は、膝丸を後頭部にポンッと置くと、それに合わせて彼女がガシリと足で固定。
ここが膝丸の定位置。
周りから見たらデカい髪飾りか何かと思うだろう。
元がバスケボール程だった大きさも、グレープフルーツ大まで『縮小』。
伸縮自在な子なのだ。
「リュック背負ってー、出発ー」
モミモミ……頭皮を揉んで僕を止める八本の手足。
「あん? ああ、鍵ね。真面目だなぁ。でもお家を守る『主婦』としては合格だね」
クネクネ……おっと、これは恥ずかしがってる動きだな。
階段を降りると、安アパートの近くでは目立ちまくる【黒塗り高級車】が路肩に。
僕が側に立つと、ドアは自動的に開いた。
一番後ろの座席に偉そうに座るおばぁの隣に「よいしょ」と腰掛けると、車は走り出す。
「はぁ……あ、シャンパンある? シャンパーン」
「シャンメリーならば」
シュポン!
僕がそう言うのを分かってたかのように、おばぁは氷入りのアイスペールから一つの瓶を取り出し、栓を抜いた。
シュワワと溢れた泡がアイスペールの中に落ちる。
「まだ飲むって言ってないのに」
「じゃーいらない?」
「飲むー」
グラスを受け取り、おばぁに注いで貰う。
普段はおばぁが相手にペコペコされながらこうされてるのをよく見てたから、良い気分だ。
前にベリーの前でやったら怒られたけど。
「(ゴクゴク)ぷはー。そいやさー、ベリーのやつ、僕の出掛ける準備終わったらどっか行っちゃったんだよねー」
「はぁ、そうなんですの」
「あの子、僕のお付きの癖に家事してる所しか見た事なくってね。代わりに、外出る時は膝丸が居るから困る事は無いけども。よっ(膝丸を頭から外して)君も、仕事押し付けられてるんだから、今度ベリーに会ったら愚痴の一つも言いなよー?」
「……(困ったように手足をワシャワシャ)」
「はぁ。『二人がその関係で良いなら』、わたくしは口は出しませんがねぇ」
そういや、ベリーと膝丸の二人が会ってる場面、見た事ないなぁ。
仲悪いのかしらん?
「しかし、その様子だとなんやかんやで一人……いえ、二人暮らしは順調のようですわね。今日ではやひと月目、ですか」
「ぼちぼちだねー。ベリーは基本ツンツンしてるけど。僕との同棲、おばぁの頼みだから不本意でも断れなかったんだろう」
「あら? お付きを志願したのは『薄縁自身』ですわよ?」
「え、そうなん? ……むっ、ちょ、どしたの膝丸、急に暴れて。お外の風景が見たいの? はい、窓から見ましょうねー」
僕と同い年なのに、中身は子供だなー。
「ふふっ。それで、『本家から離れて環境を変える』と豪語してましたが、何か成果はありまして?」
「そうねー。お坊ちゃんな僕が憧れてた質素な暮らしってヤツは堪能してるよ。ま、昔からおばぁに色んな場所(荒野やジャングル)に放り出されて自給自足は慣れてるから、どんな場所でも住めば都だけどー」
「教育の賜物ですわねぇ。あれだけ『体の弱かった』知朱ちゃんも、こんなに立派になって……(オヨヨ)」
「アレは児童虐待やでほんま。詫びる気持ちが少しでもあるなら、僕が今回おばぁの『お願い』を叶えた暁には、僕の望む物を頂戴よ」
「なんです? 大抵のものは用意出来ますが」
「ま、それは終わった後にでも、ね」
それから車は十数分ほど走り--不意に、何も無い場所に寄せて、停車した。
「ここですわ。さ、降りて下さいまし」
ガチャリと開くドア。
「ぅわ、なんか空気ヒンヤリしてない? 一気にやる気なくなったんですけど?」
「ブーブー言わない」
グイグイと横からおばぁに肩で押されて車外に追い出される。
「ぅー、やっぱ寒ぅ……てか、ほんとにここで合ってるん? 霧で何も見えんけど?」
「少しお待ちなさい」
「んー? ……おお?」
スゥー と、徐々に霧が晴れてきて……
「鳥居、だねぇ」
寂れて苔すら生えてる赤い鳥居だ。
鬱蒼とした森の入り口に、ポツンとある鳥居。
これはこれで、霧もあいまって幻想的に見えなくもないが……
おっと、よく見たら鳥居の奥にはこれまたボロボロな石段が見える。
草で隠れて見えないほど伸びっぱなしで、誰も管理してないのが伺える。
「……って。もしかして、この奥に例の神社が? こんなひと気の無いとこにホントに美少女巫女ちゃんがいるの?」
「巫女とは言ってませんが……まぁ、いますわ。霊験あらたかな霊山なのです、ここは。膝丸。『強い気』を頼りに進めば目的地へと辿り付けます。頼みましたわよ」
「……! (コクッ)」
「嘘だったらまた(おばぁのお店の)宝物庫から適当にくすねて悪さするからなっ。行くよ膝丸っ」
「国一つ容易に滅ぼせる類の宝物を遊びに使われてその後の後始末をするこちらの身にもなって欲しいですが……気を付けて行って下さいね。『先方』では失礼の無いように」
鳥居を潜る──と、同時に ホワワッ と腕の産毛が逆立つ感覚。
気温も少し下がった気がする。
鳥居の先は『別の世界』だの『神の領域』だのいうけど、本当かしら?
頭の膝丸のフワフワ感も増してる。
クルリと振り返り、鳥居越しにおばぁを見ると、ニッコリ 微笑まれた。
『はよいけ』という無言の見送り。
──と、そんなこんながあって、冒頭に至る。
「よいしょ、こらしょ、どっこいしょっと……ふぅ。途中から石段も無くなって獣道(どころか崖も)をこうして登って来たけど……まだ着かないのぉ?」
「……! ……! (ピッピッ)」
「ん? 手伸ばして何を指さして……おや、また石段だ。その登った先は……おお?」
鳥居だ。
入り口と同じような鳥居。
「いかにもなゴールだねっ、行くよ膝丸っ」
石段を駆け登り、鳥居を潜って、その先で待っていたのは──
見上げるほどに巨大なオオムカデさんでした。
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