第7話 伝説は本当でした

どんどん海の底へと沈んでいく殿下。マズいわ…どうしよう…


キキもリンリンも完全にパニックだ。もちろん私も。アタフタしている私にオクトが


“キキ、人魚は口付けをする事で、人間も海の中で呼吸が出来る様になると言う伝説を聞いた事がある。とにかく殿下に口付けを!”


そう叫んだのだ。口付けですって!そんな恥ずかしい事、出来る訳がない。でも…そんな事を言っていられない。


急いで殿下の元に向かい、口付けをした。柔らかい感触が唇から伝わる。私の産まれて初めての口付けが、こんな形で奪われるなんて…


パチリと目を覚ました殿下。


「おい、君は何をしているんだ。このふしだら娘が!」


顔を真っ赤にして叫ぶ殿下。伝説は本当だったのね…


「殿下、海の中でも話が出来るのですか?」


「えっ、ここは…」


あり得ないと言った顔をして、辺りを見渡している。そう、ここは海の中なのだ。


“良かった。伝説は本当だったんだ。実はね、人魚が人間に口付けをすると、海の中でも呼吸が出来るらしいんだ。でも、口付けの長さにもよるけれど、大体1~2時間程度しか効果がないらしいから、気を付けてね”


さすが海一番の物知りと言われているオクト、何でも知っている。


「タコが…しゃべった…」


口をポカンと開けて固まっている殿下。そうか、口付けをすると海の中で呼吸が出来るだけでなく、海の生き物とも話が出来るのね。


“あの、ノア、さっきはごめんなさい…ノアに海の中を見せてあげたくて、つい…”


申し訳なさそうに謝るリンリン。もとはと言えば、リンリンが海に潜ったのがいけなかったのよね。でも、物凄く申し訳なさそうにしているリンリンをみると、これ以上叱る事は出来ない。


“私もごめんなさい。すぐにノアを背中に乗せて海上に出ればよかったのに、パニックになってしまって…”


こちらもシュンとして謝るキキ。いつも冷静なキキがパニックになるなんて、珍しいわね。でも、それだけキキにとって予想外の出来事だったのだろう。そもそもこの子達は、私やお兄様ぐらいしか人間を知らないものね。


「気にしなくてもいいよ。僕も元気だし。それに、こうやって海の中を見られたり、君たちと話をする事も出来たしね。ねえ、せっかくだから、海の中を案内してくれるかい?」


”ええ、もちろんよ。さあ私の背中に乗って“


嬉しそうに背中を差し出すリンリン。


“待ってくれ、ノア。さっきも言った通り、効果は1~2時間程度、念のため1時間を目安に海上に出た方がいいよ。そうしないと、また危険な目に合うからね”


オクトが殿下に忠告している。


「そうか、分かったよ。ありがとう、オクト。でも大丈夫だよ、時間が来たら、またステファニー嬢に口付けをしてもらうから。でもびっくりだな。ステファニー嬢が誰とでも口付けが出来る令嬢だったなんて」


ニヤリと笑ってこっちを見ている。


「ちょっと殿下、私は誰とでもく…口付けが出来る訳ではありませんわ。さっきのは不可抗力です!そもそも、初めての口付けでしたし…」


なんだか恥ずかしくなってきて、つい俯いてしまう。


“ステファニー、顔が真っ赤よ。まるでオクトみたいね”


“本当ね、オクトみたいだわ”


そう言ってキキとリンリンが笑っている。もう、失礼なんだから!当のオクトは


“僕、ステファニーみたいにそんなに赤くないよ!”


そう抗議している。ちょっと、オクトより私の方が顔が赤いって事。やだ、恥ずかしいじゃない。


「ほら、皆がからかうから、ステファニー嬢の顔が増々赤くなっちゃったよ」


そう言ってクスクス笑っているのは殿下だ。もう、誰のせいだと思っているのよ!ギロリと殿下を睨む。


「そろそろ海を見て回りたいのだが、リンリン。泳いでもらってもいいかな」


私が睨んだからか、慌ててリンリンにお願いしている殿下。


“そうね、時間もない事だし、早速行きましょう”


そう言うと、泳ぎ始めたリンリン。私とキキ、オクトも付いて行く。


「海の中は本当に奇麗なんだね。こんな奇麗な世界があるなんて、夢にも思わなかったよ。ねえ、あれってイカだよね?あんなにも大きなイカは初めて見た!あんな大きなイカに襲われたら、ひとたまりもないね。あ、あっちにはイソギンチャクもいる。珊瑚もきれいだね」


目をキラキラさせ、あちこちを見ている殿下。そんな殿下を見ていたら、私も自然と笑みがこぼれる。


“そんなに気に入ってもらえるなんて嬉しいわ。そうだわ、あっちに難破船があるの。最近見つけたのだけれど、結構面白いのよ。行ってみましょう“


リンリンがさらに海底に向かって泳ぎ出そうとした時だった。


“待ってリンリン。そろそろ1時間経つよ。一旦海の上に行かないと、またさっきみたいになっちゃうよ”


そう言ったのはオクトだ。本当に、この子は頼りになる。


「リンリン、とりあえず海上に出ましょう。殿下もそれでいいですね」


「僕はまだ海の中を見てみたいけれど…ステファニー嬢が口付けしてくれたら見られるのにな…」


そう言って私を見つめる殿下。ちょっと、さっき散々私の事をふしだらだとか、誰とでも口付けするとか言っていたくせに!そもそも、目を覚ましている殿下に口付けするなんて、恥ずかしすぎる。


「私はもう口付けはしません!さあ、海上に出ますよ」


そう言って海の上に向かおうとしたのだが…殿下に腕を掴まれ、そのまま唇を塞がれた。えっ…一瞬何が起こったのか分からず、固まる私。


「ごめんね、令嬢に口付けなんて良くないと思ったんだが、どうしてももっと海が見たくてね。でも、1回目は君からしたのだから、これでおあいこだよね」


にっこり笑ってそう言った殿下。何がおあいこよ。私の唇を何だと思っているのよ!文句を言おうとしたところで


“よかったわ、これで難破船まで行けるわね。さあ、早速行きましょう”


そう言うと、さっさと殿下を乗せて泳いでいくリンリン。もう、文句を言うタイミングを逃してしまったじゃない!仕方ない、今回は許そう。でも、今回だけだからね。心の中でそう叫んだ。

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