第32話 両親との面会

はぁぁぁ。何度目のため息だろう。

いいかげん、この人たちとの話を終わらせて塔に帰りたい。


「ノエル、お前だってわかってるだろう。

 公爵家に逆らうわけにはいかないんだ。

 黙って帰ってこい。リリアン様だって許すって言ってるんだ。」


許すってなんだよ。意味が分からない。



「ガルニード侯爵、話はもう終わっています。帰ってください。」


「父親に向かって何だ、その態度は。いいかげんにしろ!」


「あなた…。」


もう帰ってくれよ。

さっきからずっと同じような話の繰り返しでおかしくなりそうだ。

ユキ様が立ち会うはずだったのだが、第三王子が体調を崩したと言っていた。

しばらくここに戻ってくるのは難しいだろう。


ガルニード侯爵とその妻。もう父親と母親とは思えなかった。

それほど公爵家の力が強いのかもしれないが、俺には関係ない。

その関係ないというのをわからせるのに、

こんなに時間がかかり、そして目的は達成されていない。



「もう一度言います。俺はガルニード侯爵家とは縁を切っています。

 今はユキ様の後見下にいるので、

 公爵家と侯爵家で話し合って決めたと言われても関係ありません。

 その婚約話は無効です。」


「だから、お前が侯爵家に戻ってくればいい話だろう。」


「意味がありません。俺はもう青の騎士として侯爵位を持っている。

 今更侯爵家に保護してもらう理由は無い。」


「育ててもらった恩も忘れおって!」


「…育てられました?ほっとかれてたの違いでは?」


「なんだと?」


「忘れてませんか?俺はずっと騎士団にいました。

 それこそ物心つく前からです。一緒に暮らしてもいませんよね?

 それに騎士団での俺の給料の半分は勝手に持って行ってましたよね?

 金銭的にも面倒は見てもらっていません。

 それでも何か言うことありますか?」


「…父親だと思っていないとでも言うのか?」


「思ってませんよ。思ってると思われてるのが不思議なくらいだ。」


「…。母親には何も思わないのか?」


「逆にこっちが聞きたいです。

 ずっと黙っていますけど、侯爵夫人は何しに来たんですか?」


そうなのだ。うるさい侯爵と違って、ずっと黙っている。

ついてきただけなのだろうか。


「…あの時、守れなくてごめんなさい。

 魔獣のケガですべてを失ったときに、

 侯爵家に戻っておいでって言えなくて…ごめんなさい。」


悲痛な顔でそれだけ言うと、顔を手で覆って泣き出してしまった。

隣の侯爵があっけにとられている。

会った思い出は少ないが、こんなに感情的になったところは見たことがない。

俺も、こうなるとどうしていいのかわからない。


「…えーっと、それについても気にしなくていい。

 戻って来いって言われても侯爵家に戻る気は無かった。

 ユキ様付きにならなければ旅に出るつもりでいた。

 俺はもう貴族じゃなくてもかまわないと思っていたんだ。

 だから、公爵家の当主にと言われても、何の魅力も感じない。」


「それはリリアン様についてもか?」


「そうだ。俺にはもう妻がいる。離れる気はない。」


「…離縁してしまえばいいだろう。そんなもの。」


「まだわからないのか?俺にそんな気が無いって言ってるんだ。」


「じゃあ、侯爵家はどうなるんだ。お前のせいで潰されるかもしれないんだぞ。」


「それこそ、自業自得だろう?なんで俺が助けると思ってるんだ?

 侯爵家にも公爵家にも何一つ恩を感じていないっていうのに。

 もういいだろう。帰ってくれ。」


「待ってくれ。話は終わってない。」



「ノエル!大変よ!すぐ来てちょうだい!」


面会室のドアをノックもせずに飛び込んできたのはミラさんだった。

こんな慌てるミラさんは初めて見た。いったい何があったんだ。

ミラさんは部屋に侯爵夫妻がいることに気が付くと、

失礼と言って、俺にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。


「ルーラがいないのよ。」


「!」


「おい、こら。ちょっと待たんか!」


侯爵が声を荒らげて俺を止めようとしたが、

そんなことは気にせずに面会室から飛び出した。

とにかく一度塔へ戻って、他の部屋を探してみようと、走って戻った。

途中でミラさんが追いつけなくなっていたが、後から来るだろうと先を急いだ。

もう少しで塔の下に着くと思ったところで、視覚のすみに緑色のドレスが見えた。

リリアンがどうしてこんな場所にいるんだ?


「ノエル兄様、探し物?」


その言葉に、他の意味を感じて、立ち止まった。

リリアンは立ち止った俺を見て嬉しそうに笑った。

…何か知ってるな?


「リリアン、お前が何かしたのか?」


「いいえ。私は親切に馬車で乗せて行ってあげただけよ?

 もう王宮で貴族のように暮らすのはあきたのですって。

 街に戻って、また平民として暮らすそうよ?」


街に戻って?王宮から出したのか!何を考えてるんだ。


「おい、そこの衛兵!こいつを捕まえておけ。

 王宮薬師を無断で王宮から出した!

 捕まえて、すぐに陛下と騎士団にも知らせるんだ!」


「えっ?」


近くにいた衛兵に声をかけると、すぐさまリリアンは取り押さえられた。

どうしてこんな目にあわされるかわからないって顔している。


「リリアン、お前わかってなかったのか?

 王宮薬師は許可なく王宮の外に出ることは無い。

 ましてやルーラは次期王宮薬師長なんだぞ。護衛無しで外に出すわけ無いだろう。

 どこに連れて行ったんだ!早く話せ!」


「…薬屋の近くの大通りで馬車から降ろしたわ。私、それだけよ?

 彼女に何もしていないわ!」


「それでも重罪なんだよ。衛兵、牢に連れて行け。後でまた取り調べる。」


「やだ、離して!兄様、兄様助けて!私、何もしていないわ!」


引きずられるように連れて行かれるリリアンを横目に、厩まで走った。

馬車で行くよりも単騎で行った方が早い。

早くルーラを王宮に戻さなければ、どんなことになるかわからない。

まだ魔力も安定しきってないし、他国からも狙われているというのに。


あぁ、もっと速く走れないのか。

いつもはそんなことないのに、愛馬の走りが遅く感じた。



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