第27話 王宮薬師長

「では長い話になるが、大事な話だ。」


夜会から二日後の午後、ユキ様から話を聞くことができた。

長い話になるからとミラさんがお茶を入れてくれると、

女官の三人は部屋から出て行った。

ユキ様付きの護衛たちも出て行ってしまっている。

部屋にはユキ様と私、そしてノエルさんが残され、

ユキ様と向かい合うように私とノエルさんが座っている。



「まず、この国の人が持つ色はたいていが茶色だ。

 色の濃い薄いはあるが、髪も目も茶系に産まれてくる。

 これは通常の魔力量だということだ。ここまではわかるな?」


「はい。薬屋をしていてお店に来るお客さんはほとんどが茶色でした。

 陛下がお忍びで来られた時に金髪だったので、

 貴族だと気が付いたくらいめずらしかったです。」


「そうだな。この国で茶色でない者は例外で三つの場合がある。

 一つ目は私やノエルのように色付きと言われる者。

 二つ目はルーラのように他国から来たものとその血を持つ者。

 そして、残りの一つが王家の血だ。

 金髪碧眼は王家の血を持つ者からしか産まれない。

 しかも、降嫁した次の代で金髪が産まれてくる確率は半分だ。

 その後の世代では金髪はほとんど産まれてこない。」


「それは、王女が降嫁しても王弟が公爵になっても、

 金髪が産まれてくるのは次の代までということですか?」


「そのとおりだ。

 ノエルの祖母は金髪で公爵家に降嫁したが、

 現公爵は金髪、ノエルの母である妹は茶髪で産まれてる。

 正確に言うと、次の代で産まれてくる男児は金髪、女児は茶髪となるらしい。」



「男児だけが金髪に…。」


「これには理由がある。

 昔々、この国が出来上がったばかりの頃、国王は魔力が少ない者だった。

 そこで、他国から魔女をさらって王妃にした。かなり無理やりにだ。」


「…それは、魔力の多い子を産ませるためですよね?」


「ああ。そこで魔女は自分の身体に呪いをかけた。

 産まれてくる子の魔力を無くす呪いを。

 そして、産まれてきた子は金髪碧眼で魔力の無い子だった。

 魔女は一人の王子と一人の王女を産んで亡くなった。

 だが、呪いは残ったままだった。

 魔女が産んだ王子が国王となり、王妃と側妃を娶った。

 それなりに魔力の多い妃たちだった。

 それでも産まれてくる子たちはすべて金髪碧眼で魔力が無かった。

 おかしいと思って亡くなった魔女の残したものを調べたものがいた。

 そこには魔女の呪いのことも記されていた。


 呪いとは、自分の産む子はすべて魔力の無い子だということ、

 その子孫もすべて魔力の無い子が産まれるということ。

 自分の意思を無視し無理やりに妃にした陛下が憎い。

 この国を滅ばすまで呪いは続くと書かれていた。」


「王家の呪い…。じゃあ、陛下も魔力が無いんですか?」


「陛下は無いわけではないが、少ないな。

 魔力とは便利な力だという風に思われがちだが、

 本当は自分の生命を守る大事な力だ。

 それがない金髪碧眼の王族の寿命は短い。

 魔女の孫たちが産まれた後、

 魔女の子どもたちはあっという間に衰え亡くなった。

 30歳になる前だったそうだ。王子も王女も。

 それでは、次の世代も30歳になる前に死んでしまうかもしれないと、

 国中の医術士たちが研究のために集められた。

 魔力無しの王族に魔力を持たせられないか、少しでも長生きできないかと。


 全ての医術士が無理だとあきらめたころ、一人の魔女が現れた。

 旅を続けていたという魔女は、魔力無しの王族の話を聞いて、

 自分が薬を処方したいと申し出た。

 その魔女の処方した薬が効き、魔力無しの王族でも少しの魔力の器を持ち、

 魔力を補充し続けることで少しだけ長く生きることができるようになった。

 その薬の魔女が、フォンディ家の始まりだ。」


「えっ。フォンディ家?」


「さきほど、色の話をしただろう。

 ルーラの父親のミカエルは銀髪紫目だったな?

 それは他国から来たものの血を引くからだ。

 薬の魔女はこの国を気に入り、助手としてついていた男性と結婚した。

 フォンディ家の初代伯爵は、その結婚相手だ。

 さすがに当時は女性が伯爵になるのは難しかったから、

 薬の魔女の褒章を夫が受けた形になる。

 その代わり薬の魔女は王宮薬師長に任命され、この国の王族の命を支え続けた。

 この国の王族がフォンディ家と王宮薬師長を大事にするのはそのためだ。」


「私の祖先も母様のように他国から来た魔女だったんですね。」


「そうだ。そして、この国の祖先もな。」


ここで今まで黙って話を聞いていたノエルさんが口をはさんだ。


「ユキ様…一つ聞いてもいいですか?」


「ノエルの聞きたいことは、色付きについてか?」


「そうです。その話だと、王族に生まれたユキ様や、

 王族の血を持つ俺が色付きな理由がわかりません。」


「色付きの理由も、祖先の魔女の呪いが関係する。

 いくら国王が嫌いでこの国が憎くても、子孫までは憎み切れなかったのだろう。

 王族が結婚した場合、

 その相手が自分を愛してくれている場合は色付きが産まれる。

 魔女が無理やり結婚させられたことへの恨みの表れかもしれないがな。

 歴代の陛下としても辛いだろう。

 子どもが産まれた瞬間、自分が愛されていないことがわかってしまうのだから。」


「…えぇ?じゃあ、ユキ様のお母様は、

 先々代の陛下を愛していたってことですか?」


「私の母は先々代の陛下の恋人だった。

 結婚するには身分が低く、王妃にはできなかったそうだ。

 だが、父が国王になる前に母は身ごもってしまい、愛妾になっている。

 私が産まれた後で父は国王になり、王妃を娶っている。

 その王妃が産んだのが陛下の父とノエルの祖母だ。

 …どちらも金髪碧眼で産まれているな。

 政略結婚だし、母のこともあったのだから仕方ないとは思う。」


産まれた瞬間に愛されていないことがわかってしまう。

…確かに歴代の陛下にとってはつらいことに違いない。

ましてや王妃の子よりも先にユキ様が色付きで産まれている。

愛妾と王妃、それぞれにつらい立場に思えてしまう。


先ほどからずっと悩んでいる様子のノエルさんが、

ためらいながら質問を続けた。


「…ユキ様?祖母が降嫁した先の現公爵は金髪ですね。

 そして、母が茶髪なのは当然としても、

 どうして兄と姉は茶髪で俺だけ色付きなんですか?」


それを聞いてハッとする。

そうだった。兄弟の中で一人だけ色付きで産まれたと言っていた。

…それって、どう考えてもおかしいよね?


「普通なら三人とも茶髪で産まれるはずなんだがな…わからん。

 先祖返りだとしても金髪ではなく色付きになる理由がわからない。

 お前の両親は政略結婚だったし、あまり仲は良くなかったはずだ。

 ノエルの時だけ夫婦仲が改善されて色付きになったのかもしれないが

 …父親が違うという可能性も否定できないが確認したいか?」


「…いえ、いいです。父とはほとんど関わってこなかったですし、

 母とも侯爵家とも縁は切ってます。

 昔だったら気にしたかもしれませんが、今はもう気になりません。」


「そうか、その方が良いな。で、ルーラは何か疑問は無いか?」


確かに色付きについてはもうこれ以上はふれないほうがよさそう。

王宮薬師の仕事についての質問に切り替えることにした。


「ユキ様、それでは王宮薬師の仕事とは、

 王族の魔力欠乏症の治療が本当の役目だということでしょうか。」


「そうだ。だが、魔力欠乏症や短命なことは公表していない。

 これが知られれば、私やルーラを狙ってくるものが増えるだろう。

 それだけ王宮薬師長の薬が必須だということがバレてしまうからな。」


「王族は魔力の器そのものは持っているんでしょうか?」

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