第24話 夜会

心の準備ができないうちに夜会の日が来てしまった。


「用意できた?」


正式な騎士服に着替えたノエルさんが迎えに来てくれた。

今日の夜会のために昼過ぎから準備だと言われ、

ミラさんたち三人が湯あみから手伝ってもらっていた。

用意されたドレスは青色で、腰のあたりからレースが重ねられふんわりとしている。

少し胸のところが開き過ぎじゃないかと思ったけど、

夜会用のドレスとしてはこのくらい普通らしい。

背中も少し開いていて、こんな大人っぽい恰好をするのは初めてでどきどきする。

髪も綺麗に編んでまとめあげてもらっている。少しだけ首元が涼しく感じた。

ノエルさんは、この姿を見てどう思うんだろう?

少し緊張してノエルさんを部屋に迎え入れた。



「…。」


「…?」


「…ルーナ、そのドレスで行くんだよな…?」


「うん。…やっぱり何かおかしい?」


ノエルさんがニコリともしないでそんなことを聞くから、一気に不安になった。

やっぱり何かおかしいんだ。ミラさんたちは平気だって言ったけど、

貴族のノエルさんから見たら違うのかも。


「いや、おかしくない。おかしくないんだけど、まずい。」


「まずい?」


「そんなに綺麗になったら、男どもが群がってくんだろ。

 絶対に俺から離れるなよ?」


「えっ。」


「絶対に、俺から離れるなよ?いいな?」


「…はい?」


「あと、これをルーラにつけてほしいんだ。」


そう言って、渡されたのは青貴石がついたネックレスとイヤリングだった。

どちらもつるんとした雫の形をしていている。

青貴石は光があたると周りまでぽわっと青く光り、妖精の石と呼ばれる宝石だ。


「綺麗…少し光ってるのは石が光ってるの?」


「ああ。ルーラは髪や目が光っているように見えることがあるんだ。

 だから光を持つこの貴石がぴったりだと思って。

 俺がつけても良いか?」


「うん。」


後ろにまわったノエルさんがそっとネックレスとイヤリングをつけてくれる。

自分では見えないけど、大人っぽいドレスに装飾品まで。

似合っているんだろうか?


「おかしくない?」


ふりかえってノエルさんを見上げると、

ノエルさんが少し目を細めたあと嬉しそうに笑った。


「綺麗だ。やっぱりこの石にして良かった。」




「はい、そこまで~。時間がないみたいだから、そろそろ行ってくれる?

 迎えに来たんでしょう?」


後ろで見ていたミラさんから声をかけられて時間を見る。

本当だ。もう出なきゃいけない時間。


「ああ、そうだな。じゃあ、行こうか。」


ノエルさんがにっこりと笑って手を出してくれる。

この前も見た紺色の王宮薬師付きの騎士服だけど、胸に魔剣騎士の印が入っている。

それに…前髪を短く切って整え、顔を出したノエルさんに見つめられ、

少しだけ胸が痛くなる。

ノエルさんの顔を見て話ができるのは私だけだったのにな、なんて。

傷が治って隠さないでいられることを喜ばなきゃいけないのに、

なんとなく複雑な気持ちになってしまう。

薬師失格だな…。



ノエルさんにエスコートされて夜会が行われている王宮の広間に入ると、

あちこちから視線を感じる。もう見られすぎて痛いくらいだ。

これは、もしかしてノエルさんが有名だから?

魔剣騎士のすごさは近衛騎士の父を持つヘレンさんから聞かされた。

ヘレンさんは男に生まれたなら自分も騎士になれたのにと思うくらい騎士が好きだそうで、

特に魔剣騎士については誰にも負けないくらい詳しいと言っていた。

騎士へのあこがれはもちろん、その最上ともいえる魔剣騎士は騎士の夢だそうだ。

私の世話にくるようになってノエルさんに会った時にも密かに興奮していたらしい。


「あ、恋愛とかそういう意味のあこがれじゃないですよ~。

 騎士のかっこよさに心惹かれるんです。もう尊敬の気持ちに近いです!」

なんて大真面目に言っていた。


普段はあまりおしゃべりじゃないヘレンさんが熱意をもって話すので、

少しだけ驚いたけど話の内容は面白かった。

騎士になるのがどのくらい難しいのか、魔剣騎士との違いは何か。

魔剣騎士になるにはかなりの魔力量と魔剣との契約が必要だそうだ。

魔剣自体は騎士でも扱えるけど、魔剣騎士の魔剣とは比べ物にならないらしい。

魔剣騎士の中でも色付きのノエルさんの剣は見事だと言われているそうで、

いつか見てみたいです…とうっとりしていた。

魔剣はそう簡単に出すものではないらしく、

王宮内では陛下の許可なしで出すことはできない。

戦いの最中にでもないと見れないそうで、とても残念がっていた。


そんなノエルさんが魔剣騎士に復帰した。

傷も治って顔も出している。周りの貴族たちが騒ぐのも無理なかった。

こちらを気にしている貴族も多いが、

侯爵でもあるノエルさんに話しかけに来るのは難しいのだろう。

ちらちらとこっちを見て話しかけてほしそうにしているのがわかるが、

ノエルさんはまったく気にしていない。

貴族と話すのが嫌いって言ったし、話しかけに行くことは無さそうだ。


そのノエルさんの横にいる私のことも気になるだろう。

誰だかわからない女がノエルさんの隣にずっといて、

ノエルさんもそれを許している。

どういう関係なんだと思われているんだろうか。


ノエルさんにエスコートされているが、

ノエルさんのパートナーとして出席しているわけではない。

この夜会では出席する資格がないものをパートナーとして参加させるには、

胸に黒の薔薇をつけることになっている。

これをつけている者へ話しかけるには、

連れてきたパートナーへ許可をとらなければいけない。

私の胸には黒い薔薇はついていない。

これだけで私自身がこの夜会に招待されたことがわかるはずだ。

貴族の令嬢として参加するものは両親のどちらかが連れてくるらしい。

その場合は白の薔薇をつけるそうだ。

黒の薔薇もなく、白の薔薇もない私は、

どういうことなんだと気になっているだろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る