第23話 王宮薬師たち

次の週になって、王宮のほうに来るようにとユキ様から指示があった。

王宮にある薬師室で他の王宮薬師たちに会わせてもらえるらしい。



ミラさんたちは夜会の準備もあるからこちらには来れないそうで、

ノエルさんと二人で王宮の通路を歩いて向かった。

薬師室は外宮から一番遠い場所に位置し、後宮とはまた違う区画にあった。

ここは王族が居住している部屋に近い区画らしい。

陛下と王子三人の宮がそばにあるそうだ。

命を狙われることもある王族に、何かあった時にすぐ駆け付けられるようにと、

薬師室はここと謁見室の近くにもう一つあるらしい。

処方するのは主にこちらの薬師室だということなので、

私が王宮薬師になったらこの部屋に通うことになるのだろう。



「ここだな。」


ノエルさんが扉を開いて中に入る。それに続いて中に入った。のだが、


「…誰もいない?」


棚や壁に薬草が干してあるのを見ると、ここが薬師室で間違いないと思う。

だけど、机の上は綺麗になっているし、処方台の上にも何もない。

少なくても今日は誰もいなかったように見える。


「ユキ様には今日来るように言われたんだよなぁ?」


「うん。今日だし、時間も間違えてないよ。

 ここが薬師室なんだよねぇ?」


「ああ。どういうことなんだ?」


とりあえず中に入って待っていると、ユキ様が護衛を連れて入ってきた。

中に入って、私たちだけしかいないのを見て、ユキ様も首を傾げた。


「なんだ。お前たちだけか?」


「はい。来てみたら誰もいませんでした。」


「ん?どういうことだ。

 ちょっと謁見室のほうの薬師室にいるやつを呼んで来い。」


ユキ様の後ろについていた護衛に指示をすると、一人が走って行った。

しばらくして、一人の薬師服を着た若い男性を連れて戻って来た。


「どうしたんですか?ユキ様。」


「他の王宮薬師はどこに行った?」


「ええ?こっちは今日は休みだって聞きましたよ?

 ハンスさんが、薬師室を消毒するから今日一日閉鎖するって。」


「そんな指示は出してないぞ。

 新しい王宮薬師を紹介するから集めておくように言ったんだがな。」


「ああ、それ噂になってましたよ。

 陛下がお手付きの子を無理やり王宮薬師にしたって。

 ずいぶん寵愛されてるそうじゃないですか。」


「はぁ?なんだその噂。詳しく説明しろ。」


「え?違うんですか?

 だって、護衛に青の騎士つけて、妃の教育係のミラさんがついてるって。

 後宮内を歩いているのを見たって人が何人もいて。

 陛下が城下から担いでさらってきた女の子を、

 側妃にするために王宮薬師の名前与えて伯爵位にするって。

 そんな無理に側妃にするくらいだから、

 寵愛されてんだろうって言われてたんですけど。

 …もしかして、ユキ様の後ろにいる子がそうだったりします?」


え。後宮内を青の騎士とミラさんつけて歩いてったって…。

この前の寵妃さまのお茶会に呼ばれて行った時のこと?

周りにはそんな風に思われていたの!?



「あーなるほど。そういう誤解なのか。

 こいつはルーラ・フォンディ。フォンディ家の当主だ。」


「は?フォンディ家?あの天才ミカエル様の血縁者ですか?」


「実の娘だよ。しかも、ミカエルがきちんと処方を教え込んである。」


「え?もしかして、実力で王宮薬師になるんですか?この子が?」


「お前たちよりも処方は完璧だ。わからないことも無い。

 私の後継として育てる予定だ。」


「はぁあああ?後継はハンスさんじゃなかったんですか?」


「そんなこと言った覚えはないぞ。

 ハンスがフォンディ家の分家だろうと、実力が無ければ薬師長は無理だ。

 それは本人にも言ってあったんだがな。」


「…うわぁ。俺、失礼なこと言いました。スミマセン。

 王宮薬師になって7年のフォゲルです。ルーラさん、よろしくお願いします。」


ユキ様と王宮薬師のお兄さんの話についていけずぼんやりしていた私に、

急に挨拶されて驚いてしまった。


「あ、いいえ。大丈夫です。

 ルーラです。まだ見習いの立場です。これからよろしくお願いします。」


なんだか知らないうちに反省したフォゲルさんと、初対面で緊張している私で、

お互いにペコペコ頭を下げあっていると、ノエルさんに止められた。


「二人とも、その辺にしておけよ。きりがないだろう。」


「あーうん。そうだね。」


「青の騎士様はルーラさん付きなんですか?」


「ああ。陛下に言われている。次期王宮薬師長だから守れと。」


「陛下にも認められているんですね。わかりました。

 今日誰も来ていないのはハンスさんの嫌がらせでしょう。

 器が小さい男なんですよね~。あ、俺が言ったって内緒ですよ?

 今から呼べる奴は呼んできます。

 王宮内に部屋がある奴はすぐ呼べるので、少し待っていてくださいね。」


そう言うとパタパタと走って出て行った。

王宮薬師7年と言ったけど、まだ若そうだ。

私のすぐ上はフォゲルさんなのかもしれない。




「フォゲルは口を動かさずに処方できないんだよなぁ。

 それが無ければ優秀なやつなんだが。」


とユキ様が呆れたように言った。王宮薬師にもいろんな人がいるようだ。




結局、会えたのは半分だった。

今任命されている王宮薬師はユキ様の他に7人。

私が8人目になるそうだ。

話に出ていたハンスさんには会えず、3人に会うことができた。


やはりフォゲルさんと同じように噂を信じて誤解していたようで、

顔を合わせた時には嫌そうな顔だった。

フォゲルさんとユキ様の説明で誤解がとけると、すぐに謝ってくれた。


私の父様のミカエルは有名な王宮薬師だったそうだ。

会えた3人は父様が王宮薬師長時代に一緒に働いていたらしい。

あのミカエル様の…と涙ぐまれると、少しくすぐったい気持ちになる。

自分の知らない父様のことを聞いて嬉しくなった。


3人にも私を次期王宮薬師長に育てると言う説明がされると、

同じようにハンスさんは?と聞いていたので、

ユキ様の後はハンスさんという人が継ぐ者と思われていたんだろう。


嫌がらせするような人が王宮薬師長になっていいんだろうか。

いや、そういう人だからユキ様が指名しなかったのかもしれない。

フォンディ家の分家ということは、私とは親戚になるはずだ。

同じ王宮薬師として仲よくできればいいのだけど、

会う前からかなり嫌われていそう。


フォゲルさんの他の3人は、穏やかそうな人ばかりだった。

ジーンさんとライさんは男性で父様より年上に見える。

唯一女性のジュリアさんは母様くらいの年齢だろうか。

子どもを産んだ後で戻ってきたのよと言われた。お子さんは10歳らしい。


ユキ様の予定では、私が処方をして見せるはずだったらしい。

実力を見せないと納得しないだろうと。特にハンスさんが。

でも時間が無くなってしまったのと、ハンスさんがいないことで、

夜会の後でもう一度時間をとってもらうことになった。

会えた4人は、もう誤解してないから心配しなくても大丈夫だよ、

他の薬師にも誤解だって言っておくわとなぐさめてくれたので、

この人たちだけでも会えてよかったと思う。





王宮薬師長の次期指名っていう話、

ユキ様からちゃんと話聞いてないんだけど、いいのかな。

なんとなく聞いている気になってしまっているけど…。

王宮薬師に任命すると同時に次期薬師長に指名って、もめないかな。

できればその前にハンスさんに会って話してみたかった。

でも向こうが私に会いたくないと思っているなら、

今は無理しない方が良いのかもしれない。


そんなことをユキ様に話すと、少し驚いていた。

やっぱりユキ様は私に話したつもりになっていたらしい。

ユキ様からの王宮薬師長についての説明は、

夜会が終わった後、ノエルさんと一緒に聞くことになった。

ノエルさんは私の護衛として一緒にいるから知っておいた方が良いらしい。


まずは夜会にでる。その後ユキ様から話を聞く。

そして、王宮薬師としてハンスさんと会って話す。

一つ一つが大変そうで、思わずため息がでる。

ノエルさんを見上げると、お前も大変だなと頭を撫でられた。


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