第19話 継ぐ家

塔に着くと、ミラさんはお茶の用意だけして部屋から出て行った。

おそらくノエルさんの話の内容を知っていて、席を外したのだろう。

部屋から出る時に少しだけ心配そうな顔をしていたのは、

どちらの心配なのだろうか。


「ノエルさんって、侯爵家の次男なんですよね?」


「ああ。侯爵家のほうは兄が継ぐことになっている。

 他には姉がいるが、もうすでに伯爵家に嫁いでいる。」


「公爵家というのは?」


「俺の母親の生家が公爵家だ。ついでに言うと、祖母は先代の王妹になる。

 降嫁した公爵家で産まれたのが、公爵家の現当主と俺の母親だ。

 その母親が侯爵家当主に嫁いで、俺を含めた子供3人がいる。」


「公爵家の当主になるというのは?」


「その予定だった。公爵家には娘が一人しかいないんだ。

 俺とは従妹になる。…婚約していたんだ。」


「え?」


「従妹が産まれた時には、もう婚約が決まっていた。

 産まれたのが男だったら、また違ったのだろうけどな。

 産まれたのは、茶色の髪と目の女の子だった。

 色付きに公爵家を継がせたい当主が、俺と婚約させることを決めた。

 俺は当時9歳だった。従妹のことは妹のように思っていたよ。

 だから婿入りして公爵家の当主になることも、特に不満には思わなかった。」


「婚約者がいるのに、どうしてあんな儀式を受けちゃったんですか!?」


どうしよう。ノエルさん、婚約しているのに。

私のせいで、結婚できなくなってしまって、どう謝ったらいいの?

今更、あの儀式をなかったことにはできない。

ノエルさんにも、その婚約者の令嬢にも、どうやって償えばいいんだろう。



「落ち着いて?ルーラ、こっちに来て。」


そんな落ち着いている場合じゃないのに、ノエルさんは静かに笑ってる。

何を言われてるのかわからなくて首をかしげると、

立ち上がってこちらがわに来たノエルさんに抱き上げられる。

そのまま膝にのせられてソファに座ると、いつものように撫でられたが、

頬を撫でる手が冷たくて、あれっ?と思う。


「泣かなくていい。大丈夫だから。」


知らないうちに泣いていた。冷たいのは、ノエルさんの手じゃない。

私の涙で濡れていたせいだった。

ノエルさんを見上げると、なんだか悲しい目で見返してくる。

どうして、そんな顔をしているんだろう。


「俺の髪や目は、もともとは青色だった。もっとはっきりとした青。

 色付きって、知っているか?」




色付き?知らないので、首を横に振る。

それを見て、少しだけノエルさんが笑った気がした。

また私がおかしなことを言ったんだろうか?


「そうか。貴族の中でしか言わないのかもしれないな。

 俺やユキ様みたいに、髪に色がついている者を言うんだ。

 普通の魔力を持つものは茶色が基本だ。平民たちもそうだろう?

 この国で特別な魔力を持つものは、鮮やかな色を持って生まれてくる。

 青、赤、緑、白、知られている色はそんなところだ。」


「だから色付き?」


「そうだ。色付きは優れたものを指す言葉でもある。

 子どもに受け継がれやすいから、貴族の中で奪い合いになるんだ。

 俺が色付きで生まれた時に、侯爵家を継がせるか迷ったらしい。

 兄や姉は茶色だから。でも、母親の生家の公爵家が俺を欲しがった。

 もともとは公爵家には子どもがいなかったから、10歳で養子になる予定だった。

 だが、従妹が生まれたことで、婚約して婿になることが決まった。」


私をあやすように頭を撫でたり、髪をすいたりしながら、

ノエルさんが昔話をするように話してくれる。


「魔獣の大発生で、俺は顔に傷を負い、魔力の器が壊れ、

 魔獣の毒で穢れた結果、髪や目の色が変わってしまった。

 俺の色付きの価値がすべて無くなってしまったんだ。

 すぐに公爵家から婚約解消の話が来て、もちろん養子とかの話も消えた。

 侯爵家にいても、腫物を扱うような状況に嫌気がさした。

 だから家を出ることにして、縁を切った。


 青の騎士として、本来は侯爵の位を持っていたが、それも返上した。

 魔剣も扱えない騎士が色騎士を名乗ることは許されない。

 近衛騎士として拾ってもらわなかったら、仕事も無くなっていただろう。

 でも、それでもいいかと思っていた。

 平民になって、旅に出るのもいいかもしれないと思った。

 ユキ様に止められなかったら、そうしていたと思う。」


「ユキ様に?」


「ああ。ユキ様は先代国王の王姉だ。つまり、俺の祖母の姉にあたる。

 親戚でもある俺のことが心配だったんだろう。

 魔力の器が壊れたまま旅に出るのは危険だと言って、

 近衛騎士としてユキ様付きにしてくれたんだ。

 ユキ様は王城から出ない人だから、あまり仕事はなかったけどね。」


そういえばユキ様は王女だって言ってた。

…先代陛下はもう亡くなっているはず。姉って…ユキ様何歳なんだろう。


「もう落ち着いたか?安心していいよ。

 ルーラのことだから、婚約者がいるのに儀式をさせてしまった、とか思って、

 申し訳なくてつらくなったんだろう?

 気にしなくていい。婚約は解消されているし、そんな相手はいないから。

 俺はずっとルーラのそばにいるよ。」


抱きしめてくれる腕に安心して寄りかかる。良かった…。

でも、そういえば気になっていることがあった。


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