第8話 ノエルさんの帰還

「ルーラ!大丈夫か!」


ノエルさんが帰って来たのは12日後だった。

扉を開けて入ってくるノエルさんを見て、思わず抱き着いてしまう。

ノエルさんも私を受け止めて、しっかりと抱きしめてくれた。


「すまなかった。一人にしてしまって。

 こんなところに一人でずっといて、寂しかっただろう。」


そう言って背中をなでてくれるけど、久しぶりに魔力を吸われ、

涙は止まらないのに動けなくて、もうされるがままだった。

ノエルさんが私の涙に気が付いて、抱き上げ直してソファに連れていかれる。

ひざの上に抱っこされると、ハンカチを出して涙を拭いてくれた。




「こんなにも待たせてごめんな。もっと早くに帰ってくる予定だったんだ。」


そういえば、仕事の内容は聞いていなかった。

近衛騎士で遠征にでも行っていたのだろうか。


「魔獣が大量に出たっていうから、辺境の森まで行ってきたんだ。

 小型の魔獣ならそれほど手間取らないだろうと。

 だけど、思っていたよりも数は多いし、すばしっこくて。

 なかなか始末できずに時間がかかってしまった。」


そうなんだ。辺境の森で魔獣を倒していたんだ。

それじゃ、仕方ないよね。

私の魔力を吸うよりも、ずっとずっと大事なお仕事だ。


「…魔獣を倒すなら、そっちが大事…。」


まだ身体に力は入らないけれど、なんとかそれだけは言えた。


「俺が魔獣と戦えたのは、ルーラのおかげだ。

 俺は魔力の器が壊れている。

 新しく魔力を作り出すことができなくなっているんだ。

 もともとは魔剣騎士だったんだ…4年前まで。」


4年前…魔剣騎士…もしかして。


「…魔獣の大発生?」


「…知っていたのか?そうだ。あの時、無理しすぎて、器が壊れた。

 それでも、魔獣を倒し切った。それでいいと思ってた。

 だけど、魔剣を使えなくなって、近衛騎士に配属されることになった。

 受けた傷は残って、人からじろじろと見られるようになった。

 周りの人間は少しずつ離れて行った。

 …むなしくなっていたよ。

 そうまでして、守ったものは何だったのだろうって。


 だけど、ルーラのおかげで魔力が戻ったら、

 やっぱり魔獣を倒して人を守りたくなった。

 辺境からの助けを求める声に、そのまま行ってしまった。

 ごめん。残されたルーラのことを、もっと考えるべきだった。」


そうだったんだ。だから器が壊れていたんだ。

傷を隠すのも、笑顔が少なかったのも、いろんなことがつながった気がした。

ふわっと身体が浮き上がる。身体の感覚が戻って来た。

ノエルさんに伝えなきゃいけない。


「あのね。私の母様、魔獣の大発生で亡くなったの。」


「眠り病じゃなかったのか!?」


「眠り病の患者がどんどん増えて行って、薬草が無くなってしまって。

 あの森なら薬草が自生してるはずだって、取りに行ったの。

 だけど、魔獣の大発生に巻き込まれてしまって…遺体も見つからなかった。

 だから、ノエルさんが魔獣を倒しに行ったのなら、私は我慢できる。

 大丈夫だから、気にしなくていいの。」


そう言って見上げると、何かを考えてるような顔をして、

ノエルさんが無言で自分の首からネックレスを引き出した。

ネックレスをつけているなんて知らなかった。

そう思ってる私に、ネックレスの先についているものを見せた。


「もしかして…これに見覚えは無いか?」


銀色に光る、丸い紫水晶が付いた指輪。


「っ!」


母様が身に着けていた指輪だ。

銀色の髪で紫の目だった父様と同じ色の指輪。

父様から贈られたものだって言ってた。


「母様の指輪!…どうして?

 なんでこの指輪をノエルさんが持っているの?」


「やっぱり、そうか。

 あの時、一人の女性の遺体を見つけたんだが、運ぶ余裕は無かった。

 だけど、あのままにしていたら魔獣に食い荒らされてしまう。

 仕方なくその場に埋葬してきたんだ。

 その時に何か身元がわかるものがあればと思って、指輪を預かった。

 近くの村に住む女性だと思ったのに、探しても身元がわからなかった。

 まさか王都に住む人だったとは考えもしなかった。

 いつか身内に渡すことができればと思って持ち続けていたんだが、

 その人がルーラの母親、なんだな?」



受け取った指輪を抱きしめてうなずく。

もう嗚咽をこらえきれなかった。

ノエルさんがきつく抱きしめてくれたのに、すがるように泣きついた。

母様の遺体は魔獣に食べられていなかった。

ノエルさんがきちんと埋葬してくれた。

いろんなことが一気に頭をめぐって、優しかった母様の笑顔を思い出して、

泣いて泣いて、そのまま意識を失った。





「落ち着いたかい?」


「それが、ぐったりしたまま戻らないんです。

 ルーラの意識が無い。ユキ様、どうしたらいいんですか!」



俺が帰ってきて、ルーラが落ち着いたと思ったのだろう。

ユキ様が部屋に来ていた。だけど、俺はそれどころじゃなかった。




「意識が無い?」


抱きかかえたままのルーラは、まったく力が感じられない。

いつもとは全然違う様子に、どうしていいかわからない。

ユキ様がルーラの手首をつかんで、魔力の流れを見ている。


「何があった?」


「母親の形見を渡したんです。

 俺が4年前の魔獣の大発生で埋葬した女性がルーラの母親でした。

 その時に預かった指輪を渡したら、泣いて…しばらく泣いていて。

 ようやく泣き止んだと思ったら、

 その時にはもうぐったりして意識が無かったんです。」


「なるほどね…。

 これから3日ほどは魔力が暴走する恐れがある。

 暴走し始めたらノエルしか近寄れなくなるだろう。

 だが、そうなったらノエルだけで助けられるとは思えない。

 暴走させないために、ルーラから離れないでいてくれ。」


「3日ですか?」


「ああ。ルーラはきっと寝たままだろう。

 一緒の寝台で寝ていればいい。

 ノエルも魔獣退治で疲れてるだろう?休暇だと思って休めばいい。」


「それだけで治るんですか?」


「安心していい。ノエルがそばにいれば、ちゃんと治るから。」


「わかりました。」



抱き直して奥の部屋に連れて行く。ルーラの身体が前よりも軽く感じる。

一人でいる間、ちゃんと食事できていたのだろうか。

こんなに小さいルーラ。そうか、あの女性がルーラの母親だったのか。

4年も前から一人で店を守っていたんだ…。


今回も俺が一人にしなければ、

こんなに寂しい思いをさせなくて済んだのに、

それでも魔獣を倒す方が大事だって言うのか。

どうしてルーラが誰かに甘えようとしないのか、わかった気がした。

ずっと甘える相手がいなかったんだろう。


甘えればいいといいながら、甘えていたのは俺の方だった。

こうなるまで、ルーラを思いやれていなかった。


3日か。目が覚めたら、俺が甘やかしてやるから、早く元気になってくれ。

ルーラの部屋の小さな寝台に丸まるように横になる。

俺の腕にルーラの頭をのせて、抱きかかえたまま眠る。

たとえ魔力暴走しても、全部ぜんぶ俺が吸いとればいい。


涙の跡を拭いて、頭を撫でた。

もし夢を見ているなら、幸せな夢であればいいと願って。




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