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 しばしのちんもくの後、


「陛下より、こちらのお部屋でお過ごしいただくように命じられております」


 と答えた。

こうていからの命令ならば、間違いではないということだ。

 ここは幽閉部屋でもなく、どうやら本当に自分のために設えてくれた部屋らしい。

 もしかすると、拷問部屋は別のところにあるのだろうか?

 それならば、後で呼び出されるのかもしれない。


「あの、陛下は他に何かおっしゃっていませんでしたか?」


 侍女へ拷問の予定を伝えてあるかもしれない、と意を決して聞いてみたのだが―― 。


「週に一度は食事を共にするとのことです。それでは失礼いたします」

「え?」


 フェルリナの問いに答えると、侍女たちは無言で部屋を出ていった。

 意外な答えにひょうけし、フェルリナはへなへなと座り込む。


「陛下が、人質であるわたしにこんな素敵な部屋を……? それに、拷問じゃなくて食事をいっしょに……?」


 覚悟していた拷問がないようで、あんの息をらす。

 それに、ガルアド帝国に来たばかりで、味方なんて誰一人ひとりいないと思っていたけれど。

 フェルリナの身の回りの世話をしてくれる侍女がいて、こんな素敵なドレスをくれて、ごうな部屋まであたえられて。

 妻の役目などあきらめかけていたのに、皇帝は人質の皇妃相手にも週に一度の約束をくれた。

 ほんの少しだけ、胸にあわい期待がともる。

 ガルアド帝国の人たちはなんて親切で、優しい人たちばかりなのだろう。

 感動のあまり、フェルリナの目にはなみだかんでいた。




 王女であるフェルリナがここまで感動し、喜ぶのには訳があった。


 フェルリナは、ルビクス王国では何の価値もない王女として蔑まれていたのだ。

 なら、正統な生まれではないから。

 ルビクス王国のきさきは、王妃ただ一人だけ。そして、国王のちょうあいを一身に受けた王妃は、王子を一人、王女を二人産んだ。

 しかし、フェルリナの母は王妃ではない。まして、貴族でもなかった。

 王妃が二人目のむすめを出産するころ、王城で働く針子に国王が気まぐれに手をつけ、生まれたのがフェルリナだった。


 すぐさま事情を知った王妃はげきした。

 それまではただ一人の王妃として国王の愛をどくせんしていたのに、使用人が国王の子を身ごもるなど、王妃のきょうが許すはずもない。

 その結果、使用人である母とその娘フェルリナに深いぞうが向けられた。

 王の血を引いているからというだけで、針子の子どもが王女としてあつかわれることになっとくできない王妃のいかりは止まることを知らない。


 ――そしてある日、事件が起きた。


 フェルリナをたたいた第一王子を𠮟しかっただけなのに、危害を加えたとしてフェルリナの母はとうごくされたのだ。

 国王の計らいにより母はしょけいまぬがれたものの、辺境の地へけいとなった。

 残されたフェルリナは、きゅうへ追いやられた。

 まだ幼かったフェルリナは、何も分からないままに母を失い、父である国王に見捨てられたのだ。


 フェルリナの母のしょばつに納得のできない王妃は、にくしみのほこさきをフェルリナへ向ける。

 その姿勢は王妃の子どもたちにもでんした。

 そして、王家の誰からもれいぐうされる王女の世話をまともにする使用人はいなくなった。

 湯で体を清めることも、自分だけのドレスも、きれいに整えられた部屋も手にすることは許されない。

 他人からの優しさと愛情も、フェルリナは与えられたことがなかったのだ。


 だから、ガルアド帝国の侍女たちにぞんざいな扱いをされても、フェルリナはそれが悪意とは気づかなかった。


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