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 湯あみを終えて出ると、春らしいばながらのドレスが置いてあった。

 だれかのものだろうか?


(わたしが触れてよごしてはいけないわね)


 ドレスには手を触れず、フェルリナは自身のを探す。

 しかし、どこにも見当たらない。


「あの、わたしの寝間着は……」


 仕方なく外にひかえているリジアにそっと声をかけると、「そちらのドレスにおえください」と言われ、フェルリナはぎょうてんする。


「わ、わたしが着てもいいのですか……!?」

「お気に召さないようでしたら、別のドレスをお持ちしますが」

「そんな、とんでもないです! ぜひこのドレスを着させてください!」

「……はあ」


 リジアはうなずきながらもけんにしわを寄せている。

 しかしフェルリナはそれに気づかず、もどってドレスをしんちょうに手に取った。


 ――人質である皇妃が、かざってもいいのだろうか。

 しかも、こんなに上質でてきなドレスを?


 うれしい一方で、これから受けるであろう拷問になぜドレス姿である必要があるのか分からずまどう。

 しかし考えても仕方がないので、えを始めた。


「とっても、素敵だわ……」


 全身鏡の前に立ち、ドレスを着た自分の姿をかくにんしてみる。

 白地に小花柄が可愛らしいきぬおりもののドレスは、春のよそおいにぴったりだ。しちたけそでからは三段重ねのレースがのぞき、いピンクのこしのリボンがアクセントになっている。花の色はピンクや赤で、フェルリナのローズピンクの髪とあかむらさきの瞳に合わせて選んでくれたのだろう。

 こんな素敵なドレスをもらって嬉しくないはずがない。

 腰の後ろのリボンを結ぶのが難しかったので、れいにできているか不安だけれど。

 ふわふわと波打つ長い髪をそのままに、フェルリナは外に出た。


「ご準備できましたでしょうか?」

「はい。あの、こんなていねいに花模様が織り込まれたドレスは初めて見ました。とても可愛いです! ありがとうございます!」

「はあ、お気に召したようで何よりです」


 リジアは湯上がりそのままの髪と、少しゆがんだ腰のリボンに目を留めたが、何も言わずにフェルリナを別の部屋へ案内する。


「こちらは初夜のために特別にしつらえた部屋でしたので、本日から妃殿下にお過ごしいただく部屋へ移っていただきます」


 とうとう拷問部屋へ連れていかれるのかもしれない。

 フェルリナはかくを決めて、リジアたち侍女と城内を歩く。


(なんて広いお城なの……!)


 結婚式の後は緊張もあって周りを見るゆうがなかったが、こうして見回すと、この城はルビクス王国の王城と比べてもかなり広く複雑だ。

 皇城内の通路は入り組んでいるため、今いる場所がどこなのかすぐに分からなくなってしまう。

 後でしっかり覚えなければと思うものの、目印になりそうな置物やちょうこくも、似たような造形のものばかり。これは覚えるのに骨が折れそうだと考えながら、置いていかれないよう侍女についていく。



「こちらがこれからお過ごしいただくお部屋でございます」


 案内されたのは、緑を基調とした美しい部屋だった。

 てんじょうにはシャンデリアがかがやき、かべには心の落ち着く風景画がかざられ、ソファやテーブルなどの調度品がバランスよく配置されている。

 奥の部屋にはてんがい付きのベッドがあり、鏡台やドレスの入ったクローゼットもある。


 湯あみやドレスだけでも信じられなかったのに、このたいぐうはどういうことだろう。

 窓にてつごうはないし、部屋の扉にはうちかぎだけで、外から鍵をかけられる様子もない。

 どう見たって拷問部屋ではない。

 そうでないにしてもゆうへいか、最悪ろうに連れていかれることまで本気で想定していたフェルリナは、思わず侍女たちにった。


「あの、本当にここがわたしの部屋なのですか?」

「はい」

「……えっ、でも、その、ここは自由に出入りができますし、テラスからは庭園が一望できて、なんでもそろっていて過ごしやすそうな部屋なのですが……何かのちがいでは?」


 フェルリナの問いに、侍女たちは顔を見合わせている。


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