第23話 愛しい人(隼人視点)

 これは俺のために提案してくれたのかも知れない。

 ドラゴン側から「ナレーションが人気だから執事キャラで出ないか?」と言われていた。

 顔出しも増えるだろうし、あまり気が進まない。

 断ろう……そう思っていた。

 

 でも会議室の真ん中で、見た事がないようなキリッとした表情で仕事する晴日さんは正直カッコ良かった。

 熱意も、想いも伝わってきた。

 あのタイプのライブが実現するなら引き受けようと見ながら思った。

 晴日さんの情熱は本当にすごい。

 小さいのに必死で可愛くてカッコイイ俺の恋人。 


 我慢できずに夢中でキスして気が付いたのだが……晴日さんの唇が熱すぎる。

 発熱していないか? 俺が気持ちに任せて暴走したせいだろうか。

 晴日さんが俺に慣れるまでゆっくり……と思っていたのに無理だった。

 顔を真っ赤にして目をパチパチさせていたが、車が動き出したらショートしたように眠ってしまった。

 ……本当にやりすぎたかもしれない。



 家について車をとめても起きる気配がない。

 俺は一度家の中に入り、二階から晴日さんが寝ている布団を一階に持ってくる。

 発熱しているなら心配だから、仕事や家事をしながら見守りたいと思った。

 本音をいうと、近くにいてほしいのだ、それだけだ。

 晴日さんは起きると何も言わずにトコトコ仕事に行ってしまうので、見張りたかった。

 車に戻り、晴日さんを抱きかかえて出す。飲兵衛で背負った時も思ったけれど、晴日さんは一度深く眠ると中々起きない。

 こんな状態で外で眠っていたなんて……危なすぎる。

 布団に座らせて、自分にもたれかからせた状態でスーツの上着を脱がせる。

 汗をかいていて、ふわりと晴日さんの香りがする。

 俺は仙人のような気持ちでそれを脱がせて横にして、布団をかける。

 首元のシャツも苦しそうだったので、ボタンを開ける……精神的に大変な作業だ、これは。

 スーツの上着をかけて……スカートは無理なので……布団をかけた。

 そしてふすまを完全に閉めたが……これでは何も見えない。

 起きたらトコトコと会社に行ってしまうかもしれない。

 見えるように少しだけ開けてその場を離れて、店に出るための準備を始めた。



 今日は金曜日なので、お店を休めない。

 平日の昼間にうちの店を利用してくれている人はとても多い。

 予告なしに休むと信用を失う。

 声の仕事も増えて日中空ける時間も増えてきたが、美和子さんと元劇団の仲間たちも資格を取り、店を回してくれるようになっていた。

 本当に助かっている。

 美和子さんが俺に気が付いて振り向いた。


「隼人くんおかえりー! 晴日ちゃん大丈夫?」

「発熱しているようだ。内科に連れていく」

「いやいや、熱くらいで病院行かなくて良いって! とりあえず寝せておこう? あれ睡眠不足でしょ? あ? もしくはなんかした? 晴日ちゃんに何かした?」

「……」

「目が怖い……何かしたわね……いやとりあえず今寝てる人を連れて行かなくていいと思う……」

「……本当か」

「い、いらっしゃいませ~~~~~」


 美和子さんはかなりの楽観主義者で、わりとどうなっても「大丈夫よ」と言うのであまり信用できない。

 しかし確かに寝不足がメインだろう。あと……俺も少しやりすぎたのは否めない。

 眠っているのを見守ることにしようと思う。

 

「おかかとシャケと梅ください」

「はい、お待ちくださいね」


 注文が入ったおにぎりを出していたら、そのお客さんが台の上に何か袋を置いた。

 顔を見ると……晴日さんと同じ会社の女性……コンビニで会った人、たしか桜さんという人だと気が付いた。

 桜さんは小声で聞いてきた。


「晴日さん、LINEが既読にならなくて。ここで寝てますか? かなり疲れてたみたいなんで心配なんですけど」


 美和子さんが俺のほうを見る。

 俺は静かに頷いた。

 この前、桜さんとミサキさんには話したと聞いている。

 美和子さんは「寝てるって」と静かに答えてくれた。

「じゃあこれ、晴日さん元気になるセットなんです!」

 桜さんは台の上に袋を置いた。

「あらら、ありがとう。あとで渡しておくわね」

 美和子さんが受け取った。 

 俺は軽くお辞儀して、その中身を確認したら……ユンケルとエナジードリンクが10本くらい入っていた。

 なんだこの徹夜を推進するようなセットは……。

 桜さんはにっこりとほほ笑んで言った。

 

「晴日さん、ストローをこう左右にさして同時に飲む姿が圧巻なんです、2秒くらいで全部飲むんですよ! あ、おにぎり頂きます!」

「ありがとうございましたー!」

 

 美和子さんがお代を頂くと桜さんは「また来ますー」と会社に戻って行った。

 俺はとりあえずそれを家のほうの冷蔵庫に入れた。

 エナジードリンク系統は体力の前借で、明日の体力を使っているのだと聞いた。

 こんなのばかり飲んでいたら……と思うが、本人が望んでいることに俺が口を出す必要はない。

 休める時はゆっくり休むと良いと思う。でも何だかもやもやしてふすまの間から眠る晴日さんを覗いた。

 無理しないでほしい。大切な人の体調が悪くなるのをもう見たくはない。

 

 


 夜9時すぎ。

 俺が片づけの作業をしていると、視界のふちで布団がモゾリと動いた。

 午前11時に倒れるように眠った晴日さんが10時間ぶりに起きた。

 正直なんどか息を確かめたほど、深く眠っていた。

 動く姿に安心するほどだ。 


「……隼人さんだ。おはようございます……の時間ではないですね、何時間寝てましたかね……あれ、ここ、すいません、一階ですか」

「熱を測るといい。車で運んだ時に身体が熱かった」

「すいません、ありがとうございます」


 熱を測らせたら37.5だった。

 昼より確実に解熱している。触れた時はもっと熱かったと思う。

 上に置いてあったパジャマを勝手に洗濯してほしておいた。晴日さんは「あわわ……すいませんでした……」と言いながら受け取り、着替えた。

 俺はその間に軽く食事の準備をする。聞いたら「このレベルまで仕事すると、すぐ山盛りたべると胃が痛いので……いつも通りお茶づけで大丈夫です」というので卵粥を出した。晴日さんはパジャマに着替えた状態でそれを美味しそうに食べた。

 まだ熱があるので、お風呂はやめておいたほうが良いだろう。それにここまで解熱したなら病院も必要なさそうだ。

 食事を終えた晴日さんは俺のほうをみて、四つん這いで来ようとしたが、俺は布団を指した。

 熱があるなら横になっていたほうがいい。

 晴日さんは、目に見えて落ち込んでしょげしょげと布団に戻ろうとしたが……正直俺のほうが我慢できなかった。


「……おいで。……少しだけ」

「はい!」


 晴日さんは俺の膝の間にトコトコ入ってきて丸まった。

 久しぶりに晴日さんの体温と香りに、どうしようもなく胸が痛くなってくる。

 晴日さんは「私、めっちゃ汗かいてたから……臭かったらすいません……」と更に小さくなった。

 そんなの全然かまわないというか、むしろ……俺は晴日さんを強く抱き寄せた。

 パジャマという薄い布一枚で触れる晴日さんの柔らかさが辛いレベルになってきた。

 手櫛で髪を整えて、まあるいオデコを出す。

 晴日さんが「えへ」と笑う。俺はオデコに優しく唇を落とした。直後に身体を固くするので、優しく頭に指をいれて頭を撫でる。

 すると少しだけ力を抜いて身体を預けてきた。

 どうしようもなく愛しい。このままもう一度唇を奪って、全てを奪い尽くしたい。

 しかし……預けてきた身体が熱い……発熱している。

 寝かせなければいけない……しかし離れがたい……寝かせなければならない……。


「……離れがたい」


 思わず素直に言う。

 パアアと笑顔になったが、頬が上気しているので、布団に戻した。

 晴日さんは布団を鼻の下まで持ち上げて「むー……」と言っている。

 俺は台所に戻り、冷えピタを持ってきて晴日さんの大きくて丸いおでこにはった。

 気休めでも気持ちが良いだろう。晴日さんは「ありがとうございます」と目を細めた。

 近くにいたくて、俺は晴日さんが横になっている布団の上から、横に寝てみた。


「……?! 隼人さん……?」

「体は辛くないか。痛い所とか無いか。食べたいものは無いか、飲みたいものはないか、部屋は暑くないか? 暗いほうがいいか、明るい方が落ち着くか。近くにいてほしいか、居て欲しくないタイプか、どっちだ」

「隼人さんちょっとまってください、質問が多すぎます」


 晴日さんは布団に入った状態で「ぷはっ」と笑った。

 俺は布団の上で晴日さんの方を肘をつき、手で側頭部を支えて晴日さんを見る。

 晴日さんが布団の中でモゾモゾと寄ってきて、俺の肘にスリ……と頬を寄せた。


「疲れすぎると熱が出るんですけど、すぐに下がりますから。何も要らないです。隼人さんこそ大丈夫ですか?」


 俺は無言で晴日さんに頭を引き寄せて、髪の毛にキスをして、何度も髪の毛を撫でた。

 すると晴日さんは気持ち良さそうに眠りに落ちていく。

 俺はずいぶんと長い間、眠る晴日さんを見ていた。

 どうしよもなく愛おしい。

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