第22話 仕事と初めての……(晴日視点)
「美空社、小清水晴日です。よろしくお願いします」
「美空社、恩田です。よろしくお願いします」
「トックラン映像部の斎藤です、よろしくお願いします」
「どうぞ、始めて下さい」
犬飼さんに促されて、私たちは前に出た。
同時に真っ暗な会議室の巨大モニターにプレゼンデータが表示される。
私はマイクを手に持って顔を上げた。
「私たちがドラゴン様に提案させて頂きたいのは『リアルタイム返答が可能な3Dライブ』です。それが今の最新技術……3Dballならば可能です」
「3Dライブ……初音ミクのライブのようなものでしょうか」
犬飼さんが私を見て言う。
私は小さく頷く。
「感覚的には同じものです。そしてそのライブは高い人気を誇っています。今はファンと一体化して体験することへの価値が高い時代になっていることを示していると思います」
「透過スクリーンでのライブはわが社も多く手掛けていますが、リアルタイム返答とは……?」
「その説明をさせて頂きます」
ふう……、私は小さく息を吸い込んで気持ちを落ち着かせる。
ここはドラゴンのメディア部署の最大会議室……もはやホールだ。
形状はすり鉢状になっていて、その一番下に私たちは立っている。
収容人数300人以上。今日の出席者は50人程度だが、広すぎて立ってるだけで足が震えてくる。
でもせっかく「話を聞こうか」と言って貰えたので、ダメもとでやってみると決めたのだ。
実はVRヘルメットのデータを納品に製造会社のトックランさんに行ったら、面白い物を見た。
一見ただの紐がついたシンプルなアイテムなのに、高速回転を始めるとそこに光の残像と共に映像が映し出された。
この映像は360度どこからでも見られるのだ。横からも上からも!!
そこに映し出されていたのはただの会社のロゴだったし、商品の靴が浮いて見える程度にしか使われてないと知った。
……もったいなくない?
私は思った。この技術『リズム・ドラゴン』のライブで使えるのでは?
犬飼さんに気楽に提案したところ「みんな集めるから、見せてよ!」と言われて急ごしらえだが準備することになった。
今日はそのプレゼンの日だ。
「こちらがそのマシン、3Dballです」
実際に見せるのが一番早いので、スタッフさんにお願いしてマシンを設置してもらった。
LED光源がついた紐がついていて、それが高速回転する。少し音がするが、音声を流すと聞こえないレベルになる。
電源をいれると、目の前に『リズム・ドラゴン』の人気のキャラクター、飛竜が現れた。担当してるのは雨宮くんだ。
データはドラゴンから借りて、それを流用した。
「光の残像を利用した映像表示は、Persistent Of Vision、Skywriterと呼ばれ、この3Dballはその原理を応用した商品です」
「スマホを介してじゃなくて、目の前にいるのがすごいわね……横からも後ろも見られるの?」
目の前に現れた3Dキャラクターに犬飼さんをはじめ、役員、そしてキャストの人たちも近くで見始める。
視界の縁に隼人さんが見えた。帽子を深くかぶり、真っ黒の長い髪の毛、それにマスク……変装してるけどすぐに分かる。
リズム・ドラゴン出演者も自由に見に来ると聞いていたので、気合マシマシだったのだが、本当に来てくれたようだ。
嬉しい、頑張る!!
「ええ、これマジヤバく無い?! 僕じゃん!!」
雨宮くんが目を輝かせて言うが、君じゃなくて飛竜ってキャラクターね。
冷静にプレゼンを続ける。
「この技術の素晴らしい所は、裏にいるリアルタイムモーションキャプチャーと連動していて……動きます」
横にいたスタッフが動くと映し出されたキャラクターが連動して動き始めた。
会場がどよめく。そして話すと連動して口が動き話し始めた。
『こんにちは、飛竜です。今日はこうしてプレゼンの機会を与えて頂けて嬉しいです』
「マジでヤバい、目の前で3Dキャラクターが話してる!」
雨宮くんが言う。
私が後ろにいるスタッフに向かって軽く合図すると話し始めた。
『ありがとうございます。こうして雨宮くんとお話できて、俺も嬉しいです』
後ろのスタッフが話すと3Dキャラクターが口を動かして同じように話し始めた。
雨宮くんは更に目を輝かせた。
「マジヤバい。え、俺のこと知ってる?」
『もちろんです、先週公開した動画も拝見しました。イカに墨吐かれてましたね』
「ちゃんと見てて笑えるんだけど! え、他には何か見た?」
雨宮くんは嬉しそうに3Dキャラクターと会話を始めた。
ポイントは『横にいるスタッフではなく、キャラクターと自然に会話を始めた所』だ。
それだけ3Dballの映像は鮮明だし、ひきつけるだけの力がある。
私は犬飼さんに向かって口を開く。
「この技術を用いて『リズム・ドラゴン』に出演しているVRのキャラクターなどで会話式の公式ライブを提案します」
「いいじゃない、面白いわね」
「ありがとうございます」
犬飼さんの目が真剣になり、恩田さんや斎藤さんと話し始めたのを確認して私は後ろに座った。
みんな映し出されている映像と、その会話に夢中だ。
このシステムのすごい所は、スクリーンやボックスのように設置が高く重いものが必要ない所。
投射システムが簡単に持ち歩けて、素人にもすぐに設置できてコストが安い所。
そしてVチューバーを始め、何十年も蓄積を重ねたモーションキャプチャーが一般家庭にまで普及し始めている昨今だから、データの蓄積が進み、不自然な動きが減ったこと。そしてLEDライトの進化により、光の残像を利用した映像表示が可能になったこと。
すべてが重なって可能になったのだ。
な~んてカッコ良くプレゼンしたけど、原稿は全て恩田さんとトックランさんが書いてくれた。
私はそれを思いついて、人をつなげて、仕事と繋げて、ドラゴンの窓口になっただけだ。
人前で話すのも得意なので前に出たけど、詳しいことはよく分かっていない。
私の原動力はたった一つ。
どうやら隼人さんがしているナレーションが好評すぎて、キャラクターとして登場するのでは……と取材先で聞いた。
そんなのめっちゃ見たい!!
そして隼人さんがアニメキャラになって目の前で話したりしてくれたら、最高なのに!!
それならVRヘルメットかぶって絶叫からの見られて恥ずかしい思いもしなくて済む。
家でこっそり隼人さんと話せるのだ。
調べると世の中のオタク業界ではそれを「夢女子」と呼び、キャラクターと恋愛したい人たちは沢山いた。
ホログラムを使った疑似恋愛……あると思います!!
そのためには、私たちが話しかけた言葉にキャラクター自身が返答してくれることが大切なのだ。
つまりの所私利私欲を炸裂させるために仕事の人脈をフル活用したのだ。
でも好評だから問題なし!
現時点である3Dデータを流用できるし、3Dballの導入コストは安い。
話がうまく進むことを祈る。
「前向きに検討します」
「よろしくお願いします」
犬飼さんとトックランさんの斎藤さんと恩田さんは引き続き話すようで、別室に移動していった。
これはマジで期待できるのでは?
目の前で動くアニメキャラの隼人さんの声に遠慮なく萌え転がれる時代よ、早く来い。
「はあ、終わった」
私はタクシー乗り場近くのベンチに座り込んだ。
めっちゃ疲れた……。実は犬飼さんにメールしたのが7日前、見せてと言われたのは6日前だ。急にもほどがある。
ネット関係の会社は「すぐ見せてよ」があまりにも多い。その速度に答えないと一瞬で見捨てられる。毎日新しい提案がされて、毎日新しい事を始める。だからこそ客を飽きさせない。知ってるけど、付き合うのは大変だ。
脱力していた私の視界に……腕……?
振り向くと隼人さんだった。
もう変装は解いていて、いつもの隼人さんだった。
「隼人さん」
「晴日、見つけた」
後ろから抱きしめられて、耳元で名前を呼ばれてドキリとする。
隼人さんは優しく後ろから私を抱きしめて、頭を撫でる。
ああ……ものすごく落ち着く。すごく頑張ったんです……まあ私利私欲のためなんですけど……。
隼人さんは「車だから、送る」と私を立たせて助手席に座らせてくれた。
隼人さんが運転手席側に回る。この車……おにぎり屋さんの裏側に止まっていた車だ。初めて乗る。嬉しい。
一気に落ち着いて深く息を吐いた。
隼人さんが運転手席側から乗ってきた。
運転席の隼人さんとか、カッコイイ……と見たら、隼人さんが私を引き寄せた。
ベンチシートと呼ばれている席の形状で、運転席と助手席に空間はなく、簡単に引き寄せられた。
狭い空間で隼人さんは私をきつく抱きしめる。
カタチを確かめるように、きつく、きつく。
こんなに強く抱きしめられているのは、初めてかも知れない。
……どうしたのかな?
肩に乗せられた隼人さんの顔をチラリと見たら、暗闇の中で目があった。
優しい……でも真っすぐな目。
心臓がドクドクと動いて息が苦しい。
ゆっくりと隼人さんの首が動いて、私のオデコに優しく唇を落とした。
……好き。
私はヒールを落として、身体を丸めて隼人さんのほうに、モゾモゾと近づく。
抱っこ。
あまりに忙しくて忘れていたけど、隼人さんに触れるのは久しぶりだ。
背中に腕が回されて、強く抱きしめられる。
隼人さんは私のオデコから唇を離して、優しく私を見る。
あまりにもまっすぐ見つめられるので、恥ずかしくなって、さらにモゾモゾ近づこうとしたら、隼人さんの顔が、私の顔の左側に移動した。
左頬、すぐ近くに隼人さんの顔がある。
隼人さんの髪の毛が頬に触れた。
冷たくて、思ったより柔らかい髪の毛。
その髪の毛が私の頬に触れて……反対側から隼人さんの大きな手が、私の頬を包んだ。
太い指先が私の耳に優しく触れる。背筋がゾクリとして、思わず喘ぐ。
隼人さんはそのまま顔を引き寄せた。
暗い車内の中で視線が絡まる。
私は目を閉じた。
隼人さんは優しく私の唇に、唇を落とした。
少し離れて、確認するように、柔らかく何度も私の唇に唇を落とす。
隼人さんにキスされて抱き寄せられる……息ができない。
どうしようもなくドキドキして、手が空中に踊る。
そして隼人さんは私の耳もとに唇を移動させて、
「晴日。好きだよ」
と言った。
身体中の血が沸騰するように熱くなって、指先が痺れて声のひとつも出ない。
キスされて、そんな甘い言葉を言われてしまうと嬉しくて息が苦しくなってくる。
声が、喉が痺れているのが分かるけど、言葉を取り戻したくて小さく小さく息を吸い込む。
答えたい。伝えたい。
「私も、隼人さんが好きです」
「ありがとう。一週間会えなくて寂しかった。帰ろう?」
そう言って隼人さんはもう一度私の耳に軽く唇を落とした。
そして私から離れる時の視線が甘くて……頭が耳が身体が、全部熱い。
目の前がチカチカしてきて、疲れと刺激で頭が完全にショートするのを感じながら目を閉じた。
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