第18話 この耳、特別ですか?(晴日視点)

「社長、変です。これ隼人さんが瞬間移動してます」

「ええー、どうしてかな。ちょっと待ってね……これ10年前の仕事だからなあ」

「10年前の仕事……綺麗さっぱり忘れてますね」

「でしょー? うーん、あ、わかった。この会話の最中に移動してるんだ。ここから、ここまで」

「入力してみます」


 休日。私は演劇社長の塩野さんの事務所に遊びにきていた。

 なにしに来たかというと、10年前の隼人さんが出ている舞台を音響マニアの恩田さんが紹介してくれた妙なマシーン……『VRヘルメット』で見られるようにデータ化しているのだ。

 映像のどこで音がなっているのかプログラムに指示すると、ヘルメットの中で自在に音を出す場所が変えられて最高の臨場感が味わえるらしい。

 業者に聞いてみたら「どうぞ持って行ってテストしてくださいデータをください」と言われたので、試しに隼人さんが出演していた過去作を入力している。

 もちろん、私が体験したいからである。

 再生しながら音声ファイルにタイムラインに並べていく。


「この声は西久保さんですね。すてきなナレーション!」

「よく分かったね」

「特徴的な声ですもん、わかりますよ。それに美和子さんの変装も素敵」

「……いや、お面被ってるから分からなくない? 声もこもってるよ」

「分かりますよ。あとこれは変装してる隼人さん。カッコイイ~~!!」

「あのさあ、前も思ったけど、晴日ちゃんの耳すごくない? 言われない?」

 

 実の所、私は人の声を聞き分けるのが得意だと思う。

 読モは100人以上いるし、みんな可愛いので顔見ても覚えられないが、声や話し方は全て記憶している。

 声を聞くと名前を思い出す。私にとって視覚より聴覚のほうが記憶に近いのだ。

 でも芸能関係の仕事をしてる人はみんな顔と名前をがっつり覚えているので、それほどすごいとは思えない。

 顔を覚えているか、声を覚えているか……の差程度で、この能力を特別だと思ったことは無かった。

 

 隼人さんを見つけるまでは。


 この耳で隼人さんを見つけて「特別」になれたので、初めて誇ってもいいと思い始めていた。

 私は聞きながらミスを見つける。

 

「ここまで美和子さんの声なのに、ここから斎藤さんの声になってますよ。変ですよ、変」

「ええー? なんで声で分かるの?」

「美和子さんの声で設定しますね」 


 私は普通にPCに強いが、独自開発のプログラムは分かりにくい。

 でもまあ手入力し続ければ……数時間後なんとか完成した。


「塩野さん、かぶってみてください」

「よっしゃ!」


 VRヘルメットを塩野さんに装着して再生すると塩野さんが叫ぶ。どうやら上手に出来てるみたいだ。

 塩野さんはヘルメットを取ってホワイトボードに絵を書き始めた。

 それは真横に顔がびょ~~~んと伸びた隼人さんだ。

 妙に上手で笑ってしまう。塩野さんはため息をついた。


「これさ、映像をOFFにしないと集中できないよ。なんかたまにみんなの顔がびょ~~~んってこんな風に伸びるんだけど」

「それが出来なくて。撮影時に専用のアプリ入れてると一発でいくみたいですよ。今度の舞台でテストしてみませんか?」

「いいねえ~~」

「じゃあ次私、お願いしますっ!!」


 私はワクワクしながらVRヘルメットをかぶった。そして再生してもらう。

 すると、うわあああ目の前に10年前の隼人さんがでてきたっ……!!

 西久保さんも言っていたけど、昔の隼人さんは自信に満ち溢れててメチャクチャカッコイイ。

 そして飛んでいる黄色の声援……めっちゃモテてる……くそっ……観客席の声だけオフりたい。


『物語の始まりは、些細な事だった』

「きゃあああああちゃんと出来てるじゃないですか!」


 私はヘルメットをかぶった状態で叫ぶ。

 隼人さんの声が右から左に移動していくのがちゃんとわかる。

 そして隼人さんの顔がみょ~~~~~ん……。


「ぎゃはははは!! 社長これ、ひどいですね!!」

「でしょ?!」


 もう映像見ない。目を閉じる。

 ああ、隼人さんの声に包まれるのがすごい。


『君といることだけが、俺が生きる理由の全てだった』

「きゃあああああああなんですかこのすごい話、社長ですか?!」

「いいでしょ、俺が隼人に言わせたいセリフ書いたら女性客がキャーキャー言ってさ」

「酷い、分かる、私も見たかった、ああっ!!」


 どうやら濃厚な恋物語らしく、隼人さんがガンガン女性を口説く言葉を言うので私はそのたびにヘルメットをかぶったままキャーキャー叫んだ。

 このヘルメット、20分の映像を見るために実に3時間も要したけど、スマホの専用アプリで録画すれば一発で入ると業者の人が言っていた。

 最近のスマホは普通のデジタルカメラより画質も良いし、アプリを使うことで特殊な撮影も可能、そして舞台の真ん中に違和感なく置くこともできて、こういう仕掛けがあったら舞台の見せ方はもっと面白くなると言っていたけど、


『どうしても君がいいんだ、君と一緒にあるいていきたい』

「きゃあああああ!!! 社長、これ何を考えてこんな!! 刺激が強いです!!」


 叫びながらヘルメットを取ったら、目の前に隼人さんがほほ笑みながら立っていた。






 ……死。






「懐かしいものを見てるね」

「あのえっと……最新技術なんです、VRヘルメット、コンベンションで紹介してもらってデータの蓄積こそがこの世の全てで正義、データは世界を救う。世界平和のために必要な行為を今していた感じですね」

 なんだこの言い訳。我ながら訳が分からない。

 隼人さんの後ろで社長がソファーに丸まり、声を殺して爆笑している。

 ひどい、隼人さんが来てると分かってたけど何も言わずに、私を見捨てたんですね!

 隼人さんは社長に書類を渡して、私の手を引いて一緒に事務所を出た。

 私だって社長がVRヘルメットかぶって動いている所を見ていたので知ってるけど、あれはアホの塊……。

 VRは見てる本人は面白いけど、それをハタから見るととんでもなく情けないのをなんとかしてほしい。

 もちろんなんともならないけれど。

 隼人さんが優しく私の手を握る。


「面白かった?」

「……はい。あんな甘いセリフ……もう凄かったです」

「読んであげるのに」

「違うんです、私隼人さんの声が今もビリビリ痺れちゃうほど好きだけど、隼人さんのファンって部分と、隼人さんを……好きって部分はちゃんと分けようと思ってて……それはお仕事で摂取するので、今は……隼人さんと手を繋ぎたいし、隼人さんと今日何があったか、お話ししたりしたいんです」


 大好きで仕方がない隼人さんに告白されて手を繋げる存在になった。

 でも私の中ではファンの部分もまだまだ大きくて、触れられたり、抱きしめられたりすると、どうしたら良いのか分からなくなっていた。

 でも今日作業してみて分かった。ファンと恋人としての私はちゃんと分けよう。


「ファンでいる時は、ただのファンですから! さっきのはただのファンです。今横にいるのは……隼人さんを好きなただの晴日です……」


 これは仕事でいつもしてることだ。 

 芸能人で好きな人など無限にいるけど、仕事してる時は『取材対象』。

 仕事以外でもし会ったら違う対応ができるけれど、そんなことはほとんどない。

 ちゃんとしようと思った矢先に500%ファン活を見られてさすがに恥ずかしい。


「晴日」


 名前を呼ばれた瞬間に心臓が大きく跳ねる。

 横を見たら、隼人さんが私の肩に腕を回して引き寄せた。

 力強い腕と抱き寄せられた分厚い身体に、どうしようもなくドキドキする。

 隼人さんの大きな手が私の肩を包んで離さない。

 好きで仕方なくて、隼人さんの背中に腕を回す。

 顔が見たくて服の隙間から見たら、長い髪の毛の隙間から、どうしよもなく優しい瞳が見えて心臓が痛くなった。

 隼人さんはそのまま私のおでこに優しく唇を触れさせた。

 心臓が暴れすぎて、痛くて苦しくて、指が痺れる。

 隼人さんが大好き!!





 隼人さんが作ってくれた食事を終えてLINEを確認すると、ミサキから大量に入っていた。未読80……ひえ。日曜日に何の用事だろう……そして内容に眉をひそめた。


 『やっぱり離婚するって。ねえ晴日さん、私父親の所なんて行きたくないよ』

 

 これはアカン。私は『今気が付いた。出られる?』と打つとすぐに既読になり『行けます』と返信が来た。

 隼人さんに一言いって、すぐに駅へ向かうと、改札を出てすぐの木の下に見慣れた姿が見えた。近づくとマスクを少しずらして手をヒラヒラさせた。


「晴日さん」

「ミサキ、大丈夫?」


 夜だし、ミサキはマスクをしていて表情はよく分からなかったが泣きはらしたようで目が真っ赤になっていた。

 明日も撮影なので私はすぐにミサキを連れて会社に戻った。

 冷凍庫から氷を出して目を冷やしながら話を聞く。


「やっぱり無理だった?」

「もうお母さん疲れちゃったって。諦めるって。私、あのクソ野郎の所にいくなら死ぬ」

「落ち着いて」


 ミサキは泣き崩れた。

 実はミサキの両親はずっと離婚の危機にあった。

 お父さんが浮気しているが、全く相手が掴めず、お母さんは心労で寝込んでしまったらしい。

 そして家事が出来なくなり、それを理由に父親優位で離婚されそうだとミサキは嘆いた。

 可愛くて将来有望な娘の権利を手放したくない父親は、全く育児をしてこなかったのに親権を主張するつもりらしい。


「絶対イヤだ……クソみたいな父親の所になんて行きたくないよ……」


 話を聞くと鞄に小さなレコーダーを仕掛けて、音量は小さいけれど喘ぎ声は録音されているらしい。

 それでも父親の交友関係は広く、探偵に半年頼んだが相手の特定に繋がらないと言う。


「……喘ぎ声があるのね。ミサキの家はよくホームパーティーもしてるわよね」

「……うん」


 関係者の声を全部聞けば、ひょっとして分かるかもしれない。

 隼人さんを見つけ、社長に声の聞き分けを誉められたのもあり、私は少しだけ自信を持ち始めていた。


「怪しい人、全部の声を聞かせて」


 私はタクシーを捕まえてミサキの自宅に向かった。

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