第13話 夢じゃない!
家にいてほしい。
近くて見ていてほしい。
「(っ……いやあああああ!!)」
ただのストーカー&ファンだったのに、一気に格上げされて悶えるほど嬉しい。
演劇の感想も、朗読劇の感想文も、思い返すとやりすぎたのではと心配してたけど、良かった。
それに「ここにいて」って……。
「(っ……いやあああああ!!)」
私は再びデスクに倒れこんだ。すると机の上に積んであった紙の束がドバババと降ってきた。
ああ直すのもめんどくさい、もういいの、私は今幸せの山に埋もれてるの。
いつもなら桜ちゃんに即報告するけど、もらった言葉が嬉しくて大切すぎて、心にしまっておくことにした。
こんな幸せな言葉、口に出したら消えてしまう。頑張って気持ちを伝えて良かった!
興奮そのままに仕事をバリバリと終えて私はお風呂に入り、23時にはおにぎり屋さんの二階に向かった。
4月に入り暖かい日が続いていたが今日は雨が降っていて少し寒い。
私は身体がさめないうちに着替えようと二階に上がり、持ってきた新品のパジャマを取り出して着替えた。
そして布団に入ろうとしたら、階段をトン……トン……と登る音が聞こえてきた。
そして軽くふすまがノックされた。
「晴日さん、冷えるから温かいお茶を持ってきたんだけど」
「ありがとうございます!」
私はふすまを開いて正座した状態で隼人さんを出迎えた。
隼人さんは魔法瓶からお茶を注いで出してくれた。ふわりと白い湯気が広がって、一口飲むと温かくて冷え切った指先に温度が伝わった。
染み出すようにお礼を言う。
「……美味しいです」
そう言うと、隼人さんは私のほうをチラリとみて、視線を外した。そして、
「会社用の服以外の服装を、はじめて見た」
と静かに言った。
私はそれを聞いて嬉しくて仕方なくて口元をもごもごさせた。
おにぎり屋さんに上に間借りを始めても、ただ部屋を借りている人、ここには仮眠に来ているという気持ちが抜けなくて、いつも会社用の服装でお布団にもぐりこんでいた。でも隼人さんの気持ちを知れて『この部屋にいてもよい』と思えた。ううん、むしろ『ここにいて応援してるので、隼人さん頑張ってください!』と伝えたいと思った。だから昼間にパジャマを買ったのだ。
それに気が付いてくれて嬉しい。
隼人さんは音もなく降る雨のように静かに、
「押し入れには棚もある。使ってほしい。ここは君の居場所だ」
と言った。その言葉が嬉しくて「はい、えっと……着替えを、置きます」と言った。
隼人さんは目元だけで優しくほほ笑んで、部屋を出て行った。
私はお茶を飲んで布団に転がった。ああああ~~~ん、もうすっごく幸せなんだけど!!
ただの押しかけファンで、こんなの絶対迷惑だと思ってたのに、居場所だなんて言ってもらえて嬉しくて仕方ない。
一階で隼人さんが動いている音がかすかに聞こえる夜。
私は安心して深く眠った。
「よっしゃ行きますか! 心の奥底の底からめんどくさいけど、やる気満タンだよ」
「竜宮院嫌いの晴日さんが珍しいじゃないですか」
隼人さんチャージが満タンな私、なんでも頑張れる。
今日は琥珀さんが所属している竜宮院グループのパーティーが行われる日だ。
この会社がいつもパーティーに使っている会場は都内から電車で一時間海に走った方向にあり、超山の中にある。
うちの会社は小さな出版社で、パーティーに車なんて出してくれないから基本徒歩だ。私はカバンを持ち直してため息をついた。
「竜宮院グループの嫌いだけどさ、なによりこの会場が嫌い、ここら辺って歩道さえないのよ?」
「うちの会社だけですよ、歩かされるの。ミサキはどうしたんですか?」
「陵の車。高校生が車で乗り付けて、社会人が歩かされるの格差社会ヤバすぎない?」
会場になっている場所は駅から徒歩三十分。金持ちの個人宅しかない場所なのでバスも通ってない。
噂では観光地にしたくないからバスを通さないように要請していると聞いた。
こんなに不便なのに交通手段がないの、おかしいもん。交通手段がタクシーしかないけど、タクシーに乗ると六千円くらいかかる。
完全にセレブのための場所で、私たち一般庶民にはつらすぎる。
しょぼしょぼしながら歩く私たちの横を真っ黒な車がガンガン走っていく。
歩いてるのなんて私たちくらい……高速道路を歩かされる気分が味わえる。
なんとかたどり着いた入り口で車の受付のおじさんに「こっちは車専用の入り口だけど……まあいいや」と言われて中に入れてもらった。
もうなんでもいい……私と桜ちゃんはメイクだけ直して会場へ入った。
所属アーティストの音楽が流れて煌びやかな空間、吹き抜けにはぶら下がるシャンデリアがキラキラと美しい光を放っている。
しかし……まあ、相変わらず……。
桜ちゃんはスススと私に寄ってきて口元を押さえて笑った。
「見てください晴日さん、お約束のドラゴン祭りですよ」
「マジでセンスがない、これでエンタメ仕切ってるんだから闇深すぎる」
竜宮院グループは日本トップの巨大エンタメ会社だ。
1970年代にオーディション番組を始めたのをきっかけに、ヒットを量産。現在に至るまでトップを走り続けている。
仕事の質は高く、多種多様、エンタメ業界をすべて仕切っている超巨大企業だ。
ちなみに会社名になぞって、パーティーはドラゴン攻めされる。
会場の真ん中にドラゴン、空中にドラゴン、なんなら刺身がのってる氷もドラゴン。
あげく働いてる人の服の柄もドラゴン。センスが皆無~~~。
部署も多く、業界は「あれもこれも竜宮院グループ」状態だ。
琥珀が所属してるのは、竜宮院のメイン会社、ドラゴン・スターで、とにかく強い。
タレントの不祥事を握りつぶすのは朝飯前、女が欲しいと言えば自社グループの女の子を順番にあてがう人を人と思わぬ地獄の戦法。
そのトップに君臨するのが琥珀なもんだから、ま~~めんどくさい。
ドラムロールと共にドラゴンが舞台裏から出てきて白い煙を吐いた。
パーティーが始まった。桜ちゃんは私の服の袖を引っ張って目を輝かせた。
「あ、犬飼さんだ」
「犬飼さんまでドラゴンに飲み込まれるとは……怖すぎるわ」
犬飼聡子さんは、今日新設されるネットメディア専門の会社で専務に就任した。
私も何度か仕事したことあるけど、音響のプロフェッショナルでお仕事できる頭のよい女性だ。
犬飼さんが所属タレントを紹介して、挨拶させている。
「あ、トンタさんがいる、トンタさん」
所属タレントは有名な歌い手からユーチューバー、それにお笑い芸人、アイドル……とにかくネットで個人で頑張ってきた結果売れた人たちだ。その人たちと今まで培ってきた竜宮院ブランドをコラボさせて自社で金を回したいのだと思う。
「トンタさん、ただの歌い手さんだったのにここまで売れるなんてすごいですね」
「ドラゴンになんて所属しなくても大丈夫なのにねえ……」
「でも規模が違うじゃないですか、ドラゴンは」
私はふうとため息をついて一気に説明する。
「育ったので面倒みてあげる、美味しい仕事につかせてあげるから、今までの頑張りをすべて私たちに渡しなさい。渡さない? 消そうか? あんたみたいな毛が生えた素人こっちが潰そうと思ったら一瞬で消せるんだけど、ドラゴンに歯向かうつもり? 生まれた瞬間の体重から助産師の名前からお母さんのお祝い膳の内容から、昨日食べたラーメンの具までこっちは知ってるんだぞ、卒アル晒されたくなかったらだまってうちの事務所に入れ、くらい思ってるよ、ドラゴンは。とくにあの腐れ狸はね!!」
「お姉さん、オモロ」
「?!」
私が一気にまくしたてた後ろを、男の人4人が歩いて行った。
やっば……気持ちよくなって一気に話しちゃったけど……まあ会場はとてもうるさいので聞こえてても数人か。
その4人は舞台の方に向かっていく。
そして犬飼さんが4人の紹介を始めた。
「こちら、雨宮ケンです」
さっき私の後ろを通って「お姉さん、オモロ」と言った子だ。
「はじめまして、雨宮ケンです。ネットでアイドルやってたらドラゴンさんに拾われました、超ラッキー! バスケでインターハイ出てます、よろしくお願いします!!」
そういってキラキラした金髪を揺らしてウインクした。今どきの陽キャキッズや……。
まあ会場はうるさくて誰も紹介を聞いてないけどね。
犬飼さんは次の人を紹介する。
「こちら、楠みぞれです」
聞いたことがある……って、はあああ??????
は、隼人さん?!?!
楠みぞれは、隼人さんの芸名だ。
舞台の上に立っている人……真っ黒な帽子マスクに、髪の毛が長い……ウイッグ?! でも背格好は隼人さんだ。隼人さん?! なんでここに?!
隼人さんは犬飼さんからマイクを受け取って、マスクを取る。
そして声を出した。
「はじめまして。楠みぞれです」
隼人さんがマイクで話した瞬間に、どうしようもなく騒がしかった会場がしん……と静まり返った。
そして私の指先はビクリと甘く震えた。
すごい、仕事用の声を出すと隼人さんは本当にすごい。
静まり返った会場で、隼人さんは静かに挨拶を続ける。
「声優として所属します。お世話になります。よろしくお願いします」
さっきまで誰の声も聞こえないほど騒がしかったのに、今は誰も話してない。
隼人さんの声に飲み込まれている。
隼人さんは簡単に挨拶を終わらせて後列に下がった。
桜ちゃんは私の服をグイグイ引っ張って目を輝かせた。
「……すごい声ですね。晴日さん声フェチだから、たまらないのでは? あ~でも超陰キャタイプですよ。ひと昔前のビジュアルバンドじゃないんだから! 全身黒すぎません?! 声優は関係ないんですかねー。晴日さん聞いてます?」
「……聞いてる、うん、聞いてた、めっちゃ聞いてた」
隼人さんが所属した事務所って……ドラゴングループだったんだ。
超最大手……マジで……?
再びうるさくなった会場で私は隼人さんを追ったが、舞台の上に隼人さんの姿はもう見えなかった。
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