第3話

とんとん、と扉にノックをする音。


『起きてらっしゃいますか?十束さま』


女性の声が扉越しから聞こえて来る。

その声に反応して、十束切久は心臓を跳ね上げる。


「(涼川かよ…)」


涼川すずかわ愛姫はしひめ

出流市に住まう『覡祁かんなぎ』の名家・涼川家の一人娘だ。

常時唐傘を装備する袴姿の可憐な少女。

花を模した髪飾りを揺らしながら部屋の前に立つ。


朝から涼川愛姫によるモーニングコールが響くが。


「……(会いたくねぇ)」


十束切久は溜息を吐きながら扉から離れる。

前回の記憶。

十束切久は涼川愛姫の手によって殺されていた。


知り合いに殺されると言う経験をしている。

だからなるべく出会いたくない。

顔を見れば、死ぬ前の光景がフラッシュバックしてしまうからだ。


「…(裏から出るか)」


裏とは、窓である。

音を立てぬ様に開けて、窓から外を眺める。

彼が棲む場所は学生寮の二階部分。

地面との距離はかなりある。


「(霊脈で身体強化)」


自らの霊力を肉体に循環させる事で身体能力を強化させる霊脈を発動。

そのまま窓から飛び降りようと縁に手を掛けた時。

ぱぁん、と音が鳴った。

前回と同じ様な、ウィンチェスターライフルの発砲音だった。

恐る恐る後ろを振り向く。

ドアノブをライフルで破壊して部屋に入って来る、東洋美人。

涼川愛姫が臙脂色の瞳を十束切久に向けた。


「おはようございます、十束さま、お出かけですか?」


にこにこと笑みを浮かべる涼川愛姫。

その手には唐傘、もう片方にはライフルを所持している。


「(常識は無いのか?)」


普通、人の部屋に入る際には重火器は使用しない。

ましてこの現代日本に重火器を持ってきてはならない。

元一般人である十束切久なら、そう考えるのが当然の常識。

しかし違う。

生まれた時より『覡祁』である者に、一般人の常識は通用しない。

むしろ、一般人である十束切久が、覡祁たちの常識に合わせなければならなかった。


「…今日は風邪をひいてるから、あまり近づくな」


取り合えず彼女から離れる為の理由を言う。


「風邪ですか?それは大変です、どうかお休みになって下さい、私が十束さまの看病をしますので」


しかし逆効果だった。

十束切久は仕方なく彼女から離れる為に窓から飛び降りる。

肉体を強化しているので、地面に落下しても無傷で済んだ。

そのまま、校舎に向けて走っていく。


「まあ、風邪なのに、お元気なのですね…私も今、そちらへ」


肩に背負う竹刀袋にライフルを収納すると、窓から飛び降りる。

手に持っていた唐傘を開くと、彼女は宙を浮いた状態でゆっくりと降下していった。

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