名前も思い出せない貴方を、今も愛しています

七海美桜

第1話 子供の頃、もしくは記憶

秋の夕方の風景。


祭り囃子が聞こえる。


私の記憶をずっと遡り、幼子まで辿ったのに何故かその秋祭りを思い出す。



どこかの神社の境内。祭り囃子に賑やかな人々の声。


下駄が砂利を踏む音。射的の音。


一際大きな声が、客寄せをしている。


活劇弁士のようなその男は、見世物小屋の客引きをしている。


私の子供の頃に、そんなものはもう既にない。知ってるはずがないのに、その光景は記憶として私の中にある。


見世物小屋は、質素な組み立て式の建物だった。看板が並んでいて、見世物にされるスター達が描かれている。


私や私の連れは、何故か光で照らされていて顔が見えない。私の連れは銘仙の柄の着物姿で、私は子供の姿のようだ。見世物小屋の看板をしげしげと見ている。




ネットで、見世物小屋を検索してみた。日本の昭和初期まであったらしいそれは、確かに見覚えがあるものに似ていた。


祭り囃子、喧騒、祭りの香り、まるでそれは体験したかのよう。


不思議だった。


もしかすると、それは私が生まれる前の記憶なのかもしれない。何故ならこの記憶の他に、似たような時代のリアルな夢を見ているからだ。


私が探している人が、いたからだ。



これは、私であって私でない人の記憶。

夢なのかもしれないが、私はこれらの夢に何故か懐かしさを感じていた。


懐かしい。


夕暮れの中の照明と祭り囃子。私の手を引く女性の手に、見世物小屋。



夢か、幻か。

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