第2話 ファーストコンタクト

 シャトルはもう着陸態勢に入っていた。村のはずれから数メートル離れた地点に着地するつもりらしい。村はずれにはすでに多くの村人が集まっていた。

「ちょっと、ごめん!」

レティナは村人たちの間を抜けて一番前に出た。シャトルが着陸し、ゆっくりとハッチが開いていく。そこから現れたのは眼鏡をかけたスーツ姿の男だった。手には皮製の黒いカバンを持っており、サラリーマン然とした出で立ちだ。しかし、童顔のせいかそれらがどこか不似合いで、就職したばかりの新入社員というイメージがある。少なくとも、侵略国家の兵士には見えない。レティナの父、カムランが村を代表してシャトルのほうへ歩いていく。わたしもとレティナも後に続いた。こちらに向かって来る二人を見て男はシャトルから降りた。

「あ、どうも。住民の方ですね?私、地球の・・・・」

「えっ!?地球連邦の人!?」

レティナが男の言葉が終わるのを待てず、歓喜の声を上げた。地球連邦と言えば惑星連合の常任理事国を務める超大国だ!ゾディアンと戦争しても絶対ひけをとらない!助かる!わたし達は助かるんだ!!

「いえ、地球連邦ではな・・・・」

「助けに来てくれたんだぁっ!?ありがとぉ~っ!!」

男の言葉にまったく耳を貸さず、レティナは感極まって男に飛びついた。そして、その勢いを受けとめきれず男は後に倒れていき、そして、

「いや、だから、地球連邦じゃ・・・・」

ごんっ!!

「あう~」

シャトルの壁に頭を打ってノびてしまった。


 村人たちは気絶した男を村長カムランの家に運びこんだ。

「地球連邦じゃない~っ!?」

レティナの声が部屋いっぱいに響いた。

「え、ええ、まあ・・・・・」

男はカムランが用意した氷の入った袋を後頭部にあて、今にも死にそうな顔でそう言った。

「そんな!?わたし達をだましたの!?ひどい!!」

「あなたが、僕の話を最後まで聞かなかったんじゃないですか!!」

レティナのあまりにも理不尽な言葉に彼は涙目で抗議した。

「じゃあ、あんた、どこの誰なのよ!?」

レティナが不審に満ちた目でそう問うた。

「やっと自己紹介させてもらえる・・・じゃない・・・こほん・・・申し遅れました。私、こういうものです」

と、急に仕事口調になり、懐から名刺を出した。

《 日本政府 外務省 国際協力局 緊急・人道支援課 課長 高村 良一 》

レティナは名刺を受け取り、そこに書かれている文字を見ていたが、先ほどよりも不審の強まった目で彼、高村良一を睨んだ。

「あ、あの、何か?」

高村が脅えた声で尋ねる。

レティナは重々しい声で静かにこう言った。

「あの、コレ、読めないんだけど・・・・」

「???」

高村はレティナが言っていることの意味がわからなかった。が、しばらくして気付いた。名刺の内容が全て漢字で書かれていることに・・・・・・・・

「いや、失礼しました。ソレ、同郷の人用の名刺でした」

そう言ってまた別の名刺を取り出す。

The Ministry of Foreign Affairs of Japan International Cooperation Bureau

Director of Humanitarian Assistance and Emergency Relief Division

Ryouiti Takamura

「あの・・・・・・・・・・・・・コレも読めないんだけど・・・・」

「???・・・・・・・あ!すいません。それ、英語の名刺でしたね。地球圏の人ならだいたいそれでいけるもんですから、つい・・・・・・・・え~と、ちょっと待ってくださいね・・」

高村はそう言ってカバンを開いた。

「え~と、これはドライジェン語、これはザイロン語、これはヴォルゾイド語、これはアークシエル語・・・・・・・・」

高村はカバンから宇宙じゅうの様々な言語で書かれた名刺束を次々に出していく。

「北京語、スワヒリ語、ヒンドゥー語、あ、ヤバイ、品切れだ。てか、レイウッド語の名刺って作ったっけかなぁ?」

すでにテーブルの上には百種類以上の名刺束の山が出来上がっていた。

「隣の星系のゴルド語ならわかるけど・・」

「ゴルド語ですか?ゴルド語なら確かありますよ。え~と・・・・・・・あ、あった」

高村は名刺束の山を掻き分け、目当ての名刺束を見つけ、一枚抜いて、レティナに差し出した。レティナはその名刺を受け取り、

「でもさ、そもそも音声翻訳機でこうやって会話はできるんだから口で言えばいいじゃん・・・」

「う・・・・・・・・」

レティナの指摘で室内に何とも言えない寒々とした空気が流れた。

「ま、まあ、そうおっしゃらずに。僕の国では初対面の人に名刺を渡すのは、文化と言いますか、儀式と言いますか、風習と言いますか、まあ、とにかくちょっとしたあいさつみたいなモノでして」

「ふ~ん、まあ、別にいいけど」

レティナはそう言って名刺に目を落とした。

「ニホン?ガイムショウ?ねえ、あんたって、地球人じゃないの?」

「え?どうしてですか?僕は生まれも育ちも地球圏ですけど・・・・・」

「だって、ここにニホン政府って書いてあるじゃない。地球の政府は地球連邦でしょ?」

「あぁ、そういうことですか。いや、確かによく間違われるんですけどね。日本も地球圏の国の一つなんですよ」

現在、地球圏の七十%を地球連邦が統治しており、残りの三十%では幾つもの国が独立を維持している。宇宙に進出している惑星文明は統一国家を形成しているのが普通である。種族内で内戦が続いている場合もあるが、地球のように独立国家が複数に存在し、なおかつ共存している星は宇宙では極稀であった。

「へ~、地球って、地球連邦の他にも国があるのね」

レティナは高村の話に少し興味を惹かれたが、今はよその星の話などのんびり聞いている場合ではない。ニホンとかいう国が地球の国だと言っても、あてが外れたことに違いない。地球連邦は経済力、科学力、軍事力、あらゆる面においてピカイチの大国で、おまけに惑星連合安全保障理事会の常任理事国だ。星間社会情勢に疎いレイウッド人ですら、地球連邦の強大さは認識している。味方として地球連邦ほど望ましい国はそうそうないだろう。それに比べて、ニホンなんていう国は名前すら聞いたことがない。なにより、ニホン政府の使者だと言うこの男、どこからどう見ても・・・・・・・・・・・

「あ、そうそう、お近づきの印に、レイウッドの皆さんにぜひこれを・・・・・・」

高村はそう言って、カバンの中から怪しげな品を取り出した。それは白、青、緑が複雑に混ざり合った模様の包装紙に包まれた御菓子の箱だった。どうやら、その模様は宇宙から見た地球を意識しているらしい。箱の中央にはでかでかと『地球饅頭』というなんともアヤシイ商品名が書かれていた。

「これはですね、『地球饅頭』と言いまして、地球の名産品なんですが、これがなかなか人気の商品でして、地球の『全国土産物売上ベストテン』に必ずランクされているんですよ。で、あまりにも評判いいもんで、今度惑星連合本部の土産物売り場にも置かしてもらおうという話が持ち上がっているぐらいでして・・・・・・・」

と、『地球饅頭』の説明が長々と続いた。

頼りない。こんなヤツを送りこんでくるなんて、ニホンという国は本当にまともな国なんだろうか?

「あの、申し訳ありませんが、そろそろ本題に入りたいのですが・・・・・」

カムランがそんな言葉とともに部屋の奥から現れた。陶器のカップと金属製のポットがのったトレイを持っている。カムランはトレイをテーブルに置き、ポットの中身をカップに注いでいく。カップが赤茶色の液体で満たされる。紅茶に近い飲み物らしい。

「あ、どうもすいません。これ、レイウッドのお茶ですか?ちょうどいいですね。このお茶とお饅頭をいただきながら本題に入るとしましょうか」

高村はそう言って、『地球饅頭』の包み紙を開け、箱を開ける。箱の中には包み紙と同じ惑星模様の饅頭が十個並んでいた。白、青、緑の色合いが鮮やかで、きれいな模様だと言えなくもないが、食べ物の色としてはいかがものだろうか。少なくとも、合成着色料をありったけ使ってあるのは間違いない。宇宙広しと言えども、これを喜んで口に入れる種族は少ないだろう。高村は箱をテーブルの中央に置き、

「どうぞ、遠慮なく召し上がってください」

と、二人に勧める。が、勧められたカムランとレティナの顔は明らかにひきつっていた。どうやら、レイウッド人の感覚でも、この物体は食欲がわくような代物ではないらしい。

「で、その、ニホン政府は今この宙域にどのくらいの規模の軍隊を配備しているのでしょうか?」

カムランは顔をひきつらせたまま、強引に本題に移った。

「軍隊?そんなもの来てませんよ」

「は?」

高村の返答にレティナが間の抜けた声を出す。

「あ、いや、つまり、それって、まだ到着してないっていうことであって、今、こっちに向かってるっていう意味よね?」

レティナは恐る恐るそう尋ねた。

「いえ、出動命令自体出てません。今回の件に関して日本政府が派遣したのは緊急・人道支援課長の僕一人です」

「・・・・・・・・・・」

沈黙が流れた。高村のずずずぅというお茶を飲む音が静かに響く。

「ふはぁ、おいしいお茶ですね~。帰りにお茶葉分けてもらえます?」

「おいしいお茶ですね~、じゃないわよっ!!どういうことよ、それっ!?」

レティナがテーブルを壊れんばかりにばぁんと叩き、そう怒鳴った。高村は体をビクっと震わせた。

「いや、その、軍隊を派遣するなんていう話は、こちら側は一度も言ってませんし、どういうことかと言われましも、・・・・」

「この状況で、あんな風に颯爽と現れたら、普通そう思うでしょ!!軍隊連れてきてないんだったら、あんた、いったい何しに来たわけっ!?」

「もちろん、あなた方を助けに来たに決まってるじゃないですか」

高村は失敬なという顔をする。高村の話によると、日本政府にはレイウッド人たちを戦争難民として受け入れる用意があり、レイウッド人が第二の母星を見つけるまで全面的に支援するということだった。火星の日本領に彼らのための仮設住宅を設置し、生活に最低限必要な物もそろえているという。高村がここに来るのに使った大型輸送船もレイウッド人たちの移住のために雇ったものであった。

「アンタ、私たちにこの星を出ろっていうの?」

日本政府の申し出に対して、レティナの反応はかんばしくなかった。いや、むしろ攻撃的でさえあった。

「実行に移すかどうかはあなた方次第です。しかし日本政府は、いえ、少なくとも私はあなた方が我々の申し出を受けてくださることを望んでいます」

「冗談じゃないわよ!!わたし達レイウッド人の〈故郷〉はこの星以外にありえない!!この星を出て行くぐらいなら、勝ち目があろうとなかろうと、わたし達はゾディアンと戦うわ!!」

「戦って、死ぬ。そんなことが望みなんですか?」

「・・・・・・・」

「それじゃ戦闘凶のゾディアン人と同じじゃないですか。そんなことして一体何になるんですか?〈故郷〉なんていうと聞こえはいいですけど、所詮は〈場所〉じゃないですか。宇宙は広いんです。この星じゃなくてもあなた方が住むことのできる〈場所〉はいくらでもあるはずです。たかが〈場所〉に命を投げ捨てる価値があるんですか?」

「だ、黙りなさい!!アンタに・・・アンタに何がわかるのよ!?アンタの国がどんなところか知らないけど、よその星のことに首突っ込む余裕があるんだからそれなりに栄えてるんでしょ!!じゃあ、想像したこともないでしょうね、自分の国が、自分の〈故郷〉が無くなるなんて!!一年後、十年後、百年後も自分の国が存在し、繁栄してるって思ってるんでしょ!!私たちレイウッド人もそうだった、ほんのちょっと前まではね!!けど、今、私たちは現実に滅びようとしてる!!私たちが今どういう気持ちか、繁栄してる国の人間にはわからないわよ!!」

レティナはそう言い放ち席を立った。

「レティナ!!」

カムランが呼び止めたがレティナはかまわず部屋を飛び出していった。

「はあぁ。すいません。わざわざ私たちを助けるために来てくださったのに。なにぶん、状況が状況ですから、あの子も不安定になってまして・・・」

カムランが娘の非をすまなそうに詫びる。が、当の高村はうつむいてもの思いにふけっている様子だった。

「タカムラさん?」

「わかりますよ・・・・」

「は?」

「自分のことのようにね・・・・・・」

高村のその言葉はどこか自嘲めいていた。

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