第6話:最終話

 消えていく克樹を最後までしっかりと見届ける。拭いても拭いても流れ落ちる涙を何度も拭い、自身を落ち着かせるように呟く。


「これでいいんだ。これでよかった」


 そして今、目の前にある事実を受け入れなくてはならない。

 床一面の血の海を見渡す。


「よしっ、初めから全部やり直そう。素直に生きよう。ナナともっと話し合って喧嘩してお互いの意見を交換しよう。我慢はよくないもの。全ての責任を取るために時を戻そう」


「ふふふ。そうだね。やっと気づいた? 我慢は良くないよ」


 私の目の前には光り輝く小さな金髪の男の子がいた。背中には綺麗な白い羽が生えている。


「天使?」


「ふふふ。そうだね。人間は僕のことそう呼ぶね。お仕事お疲れ様」


「まだ、私にはしなくてはいけないことがあるわ」


「そこまでもう頑張らなくてもいいよ。君はもう十分だよ。自分の手で愛する者を元の世界に戻したのだから」


 小さな男の子なのにこの癒しのオーラ。

 さすがは天使様である。

 柔らかい言葉で私を慰めてくれる。


「大丈夫よ。まだやれる」


 私は天使様と目線を合わせてしゃがみ込むと天使様は私の頭をポンポンと叩いた。なんだか変な感じがする。


「君は偉いね。でもね僕なら変えてあげられるよ? このまま君も元の世界に戻してあげようか?」


「……そうすればまた幸せな日々に戻れるのだろうけど。でも……やっぱり克樹の為にもそれはだめよ。やっと死んだ私と向き合ってくれているだろうし」


「ふふふ。誘惑にも引っ掛からなかったね。それでこそ合格だ。じゃあさようならだね?」


「そうね。大切なことを気づかせてくれてありがとう。かわいい天使様」


「こちらこそ辛い選択をさせてしまってごめんね」


 私たちは2人しばしの間笑い合った。


「はぁ、久しぶりにこんなに笑った気がするわ。ありがとう。じゃあね」


「そうだね。僕も笑うことを忘れていた気がするよ。ありがとう」


「よし。それでは最後の仕事をしないとね」


「あぁ、僕は空からまた見守っているからね、辛くなったらいつでも空を見上げてごらん」


「ありがとう」


 天使様は空へと消えていった。私は腕を空に全力で伸ばして、深く深く深呼吸をする。呼吸を整え精神を統一する。


「神の名のもとにこの世界を本来あるべき姿に。時を戻せ」


 眩い光が覆うと私は出せるまでの力すべてを込めて願う。


ーこれからは争いが起きませんように。

ーみんな幸せに暮らせますように。


 意識がなくなるまで祈り続けたのだった。




※※※※※



 目が覚めると殿下との婚約破棄の場面だった。これは少し計算外である。私的にはもう少し幼少時時代からやり直してほしかったのだけど……


「マリン、お前とは婚約破棄する」


 また始まるのかとうんざりしてしまう。二度目の人生で今度こそ妹ざまぁをしろってことかしらね。克樹が好きだったものね……シリアスな場面だというのに少し笑ってしまう。


「おい、マリン、何がおかしんだ!! 俺はナナと結婚を……」


 殿下はそう言ったはいいが、ナナの姿がどこにも見当たらない。どういうことだろうと探していると突然ナナが令嬢姿とは、かなりかけ離れたセクシーな衣装に身を纏った格好で登場したのだった。


 まさにこれは水着、いや、ビキニ?


 戸惑っている私にナナは妖艶な笑みで話しかけてきた。


「お姉さま。私がこのエロ殿下を落としたのでお望み通り婚約破棄できますわよ」


「えっ?」


 私は動揺を隠せずに混乱してしまう。それは殿下も同様だったようで目をまん丸にして驚いている。


「ナナ……? その姿はどうしたんだ? 色っぽくて最高だがそれは俺と2人きり、いや、閨で着てくれないか? あーそうか。今から子作りだな? そうか」


 ニヤニヤした顔でナナに駆け寄ろうとした殿下を陛下が雷を落とす如く怒鳴った。


「ハリー!! 貴様いい加減にしろ」


「だって、父上……あんな魅惑的な……我慢できません」


「はぁ」


 陛下はとんでもない馬鹿発言の息子に辟易したのだろう。さっきばかりの怒りが雲隠れしてその場で玉座にドスンっとへばり込むように座り込んだ。


「父……いや、陛下。ナナと子作りしてまいります。今すぐ跡継ぎを……」


「いい加減にしてくれ……なぜこんな下品な息子に育ってしまったか……」


 陛下が愕然としていると、ナナがあっけらかんと話し始める。


「私は花売りになりますの。これからは自分の武器を使って貴族の裏社会の情報を淘汰して見せますわ。そして、仕入れた情報をお父様に報告して差し上げますの。バカな私にはそれくらいしかできませんもの」


「ナナ……俺はナナと結婚するために今マリンと婚約破棄を……」


「フフフフフフ」


 私は笑いが止まらない。また同じことが起きると不安に思っていたのは杞憂でしかなかったようだ。


 幼少期の記憶が覚えていないだけで、ちゃんとマリンとナナは二人で向き合って仲良く生きてきたようだ。


 ナナが私を見る目が優しい。


 過去の私、茉莉の意識だけがこの場に戻っただけでちゃんと過去は思っていた通りに生きてこれたようだ。


「何がおかしい。なら、仕方ない。マリンもよく見れば美しいな。胸は小さくとも別の場所が良好ならよしとしようではないか。なので今の婚約破棄は撤回だ。さぁ俺の部屋に来い」


「マジで変態だよね殿下。ゴホンっ。昔の言葉が出てしまいましたわ。改めまして……それは無理ですわ。わたくしあなたのようなお下劣で下品で気持ち悪い殿方は嫌ですの。見ているだけで吐き気が催すのですよ」


「なんだ……と!!」


 私の言葉に激昂しているらしいが、ずっとだんまりだった陛下が殿下の怒りを鎮めるかのように一喝する。


「ハリー、やはり私が間違っていた。未来のためとはいえ……聖女様とお前では不釣り合いだ」


「えっ、マリンが聖女様だと?」


「あぁ、そしてお前はこの国の聖女様との婚約破棄した罪は大きい。国外追放を命じる」


「えっ、父上……ではなく陛下。それだけは勘弁を……俺一人じゃ何もできない」


「そうだな。何でもかんでも人に頼って生きてきたお前の道楽人生を反省するんだな。国外追放するだけではまた貴様は我々の身分を誇示してしまうかもしれん。追放だけではぬるいな。全く知らぬ土地へ行かせよう」


「そんな……母上……」


 殿下は子供のように母親にすり寄って泣きついている。


「ハリー、お母様もさすがにあなたがそんな変態息子だなんてショックなの。近寄らないでくれる? 汚らわしい」


「母上……」


 陛下たちのまさかの言葉に私は驚いてしまった。お父様を見るとにっこりとほほ笑んだのだった。


 無事に私は婚約破棄が成立し、ナナは花売り、兼、国の諜報部隊として活躍していくことになったのだった。


 私はというと聖女様だと崇められるだけで、教会へと挨拶周りと治癒魔法を少し行うだけで完全なマスコットキャラとして一目置かれることになったのだった。


 ハリー殿下は本当に訳も分からない言語も通じない場所へ連れて行かれたらしい。彼に同伴する者は誰もいなかったそうでその後の彼の消息は不明である。



 私の結婚相手である隣国王子はどうなったのかと気にはなったが、これは克樹一筋だった私への天使様からのご褒美なのかもしれないと思うことにした。


 それに聖女様は純潔を捧げているので誰とも結婚できないはずである。


 ナイスだわ。


 結果的にこの聖女様設定が私を救ってくれたのだ。


 こうして世界は救われ平和に過ごすことができたのだった。

 きっと克樹も幸せになってくれていると信じて私は克樹を心の支えにして生きていくのであった。


  あなたがちゃんと命を全うして転生した暁には、今度こそ2人一緒になりましょうね。



~終わり~



  ~最後までお読みいただきありがとうございました~

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婚約破棄して本当に妹と結婚するんですね? SORA @tira154321

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