第3話:謎の男の正体

 私は心配になり、倒れたアルに声をかける。


「ちょ……アル? どうしたの?」

「ハハハ。心配ないよ。眠らせただけさ。さぁ行こう」

「ダメよ。このままではこの国が……」


 どうしていいのかわからずに泣きそうになっている私の目の前に、再び姿を見せる黒髪の男。この人の瞳を眺めているとホッと安心するような気持ちになり心がだんだんと落ち着いてくる。


「はぁ、君は優しいね。ならさこの国を僕が救ったら結婚してくれるよね?」

「え……その……」

「まぁいいや。とりあえずここの陛下生き返らせちゃおっか。君が殺したことになっているなんて許せないし」


 彼は私の手を取った瞬間に目の前の景色が変わった。

 なぜか謁見の間へと移動していたのだった。


「えっ、どうして?」

「ハハハ。これがチートだよ?」

「チートって魔法?」

「まぁそういう感じかな? まぁ見ててよ。悪いようにはさせないよ」


 彼はそのまま玉座に向かうとその椅子に堂々と座った。

 そしてなぜか私を膝の上に乗せたので、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。

 周囲はいきなりのこのわからない状況にどよめきが広がった。


「あれは破壊神なのか……?」

「たぶん……黒髪は破壊神だと神話で読んだことが……」

「どうして聖女様が破壊神と手を組んだ……?」

「聖女様を処刑しようとしたんだ。優しい聖女様もさすがにお怒りになられたのだろう」

「そんなことないだろう。だって聖女様だろ?」


 貴族たちが思い思いのまま口にしていたので騒がしくなってしまう。


「お前ら黙れっ!!」


 破壊神と呼ばれた彼が大きな声で言い放つと、貴族たちはその場で跪いた。

 静かになったのを確認すると彼はエリーゼ様に目を向ける。


「エリーゼ様。お初にお目にかかります。わたくしカツキ・ジェラニモと申します。今お話が上がった通り黒髪であることが破壊神であることを証明しているかと思います」

「破壊神……どうしてここにいる?」

「この度、陛下が亡くなられたと聞きました。このマリンが殺したと偽りを申す者がいたので制裁にやってきました」

「ど、どういうことなのだ!!」

「それを今から証明しようかと思います」


 パチン


 彼が指を鳴らすと天井に映像が映し出される。

 その映像を見たエリーゼ様は叫んだ。


「ナナ、今から私の息子から離れなさい」

「ふふふ。エリーゼ様遅いですわ。彼は私の虜ですもの……」


 ナナは自信ありげに言ったが、殿下の反応がおかしい。


「どうしてだろう。今さらマリンが美しく見える。これはマリンが俺の憧れの聖女様だと聞いたせいだろうか……」


 殿下は私を惚けた顔で見つめてくるが正直気持ち悪く鳥肌しか立たない。


「騎士たちよ。ナナの首を斬れ」


 エリーゼ様の一言でナナに掴みかかる騎士たちだったが、さすがのお父様も何も言うことができないようだ。


 それもそうであろう。ナナが料理人に毒の包み紙を渡して、その料理人がデザートの仕上げに振りかけているのが映し出されていたから。情状酌量すらできない。


「その料理人はいかがなさいますか?」

「連れてこい。ともに処刑に決まっているでしょっ!!」


 城内が慌ただしくなりこの重い空気に耐えられなくなった私は話を中断させることにした。


「ちょっと待って!!」

「もう君は黙ってて。うちのお姫様は優しすぎるよ。僕は知っているよ。ずっと君の妹は君のものばかり欲しがるくせに、手に入れたらすぐに捨てるを繰り返したようじゃないか」


 破壊神の発言に私は驚きを隠せない。


「……なぜそれを……」

「僕はチート持ち。ちょっと昔の記憶を辿るくらい余裕だよ」

「そうですか……けれど、ナナも……」


 私は妹のナナの長所を述べようとしたが正直胸以外全く思い当たる節がなく、言葉を詰まらせる。


「ハハハ。マリンはやっぱり正直だね。あのバカ妹は裏ではもっとあくどいこともしていたし自業自得だよ。でも、優しい君に処刑シーンを見せるのは刺激すぎるから……」


 破壊神はスッと手を上げるとナナたちをはじめ処刑しようとしていた人たち全員を消してしまった。


「どこにやったの?」

「さっきの監禁室だよ。処刑はあの場でやればいい」

「処刑は決定なのね?」

「でないと君の妹がこの国を焼け野原にするけど?」

「……嘘……そんなことって」


 話を聞いていたお父様は衝撃の事実を聞かされて剣を抜いて腹に剣を切ろうとしていた。


「だめ。お父様!!」


 チャリン


 お父様の持っていた剣がいきなり壁の方に吹き飛んだ。

 カツキがその剣を拾いながら言った。


「マリンのお父さん? マリンを泣かせるような真似はご遠慮願いたい」

「いや……ですが、娘の過ちは親の私の責任です」

「ならその責任を貴族としての職務で全うされたらどうですか? なぜバカ妹に資金が提供されるようになったのか? この意味わかりますよね?」

「……裏金か……」

「そうですね。その裏金を辿れば色々とまだまだありますよ」

「わかった。そうしよう」


 お父様は部屋から出て行ったがその後ろ姿が一回りも二回りも小さく見えた気がした。


「破壊神様……?」

「なんだい。俺のお姫様。カツキって呼んでほしいな」

「陛下は……」

「あっ、そうだったね。エリーゼ様お待たせしました。わたくしなら陛下を生き返らせることが可能です」

「誠か?」

「はい。そのかわりと言ってはなんですがマリンをわたくしにいただけませんか? この国の聖女であることは理解しているつもりですが、今までもいなかったのですしさほど問題もないでしょう?」

「それは……この国の今後を考えたら聖女は必要に決まっているだろう」

「本当に?」


 優しく言った彼の目が一瞬赤く光り輝くと、エリーゼ様は目が虚ろになっていた。


「わかったわ。陛下を生き返らせて下さい。まだまだこのぼんくら息子では国の長は務まりません」

「賢いご判断ありがとうございます」

「それでは……」


 カツキは私の目の前に立つと小声で耳打ちする。


「一緒に唱えて」

「えっ?」

「目を瞑っていくよ」


 私が目を瞑ると自然と言葉を発していた。


「「神の名のもとに、さまよう魂を今ここに戻せ」」


 目を開くとカツキのドアップの顔があったかと思えば唇が奪われていたのだった。


 ピカっと周囲に光が照らしだされる。私はどんどんと顔も体も体温が上がっていくのを感じるが、嫌ではなくなんだか懐かしくて優しい気持ちになるそのような感覚だった。


「よし、これでOK。エリーゼ様、陛下のご確認へ」

「ありがとう」


 エリーゼ様はそう言うと陛下のいる部屋へと走っていったのだった。本当はあの後すぐにでも駆けつけたかったのだろう。だけど、陛下不在でこの場を収めるのはエリーゼ様しかいない。だから気丈に振る舞っていただけだったということがよくわかる。そんなことを考えているとカツキが私を抱き寄せた。


「ごちそうさま。マリンの唇、美味しかったよ?」

「……」


 恥ずかしげもなくそんなことを言うカツキに私は恥ずかしくて顔を背ける。


「あーそんな反応されたらもっといじわるしたくなっちゃうなぁ」


 下を向いた私の顎をくいと持ち上げ、視線が絡まり合った。


「あの……本当に陛下は助かったのでしょうか?」

「大丈夫だよ。気になるなら見に行こうか?」


 さっと私の手を取ると謁見の間から出ようとすると、殿下に呼び止められた。


「マリン、婚約破棄は撤廃だ。貴族たちもそれを望んでいるしな。それに俺の婚約するはずだったナナももういない。何よりもその色っぽい表情はなんだ。素晴らしいではないか」


 殿下の言葉にげんなりしてしまう。


 マジでコイツキモイ。


 思わず令嬢らしからぬことを考えてしまう。

 頭の中の汚い言葉は封印して落ち着いて話す。


「勝手すぎますよね……私は我慢してまであなたとの婚約をしておりました。もちろん婚約破棄されることに途中で気付きましたけど。国の滅亡は困るかと思ったので確認もしました。ですが……殿下はナナを選んではないですか」

「何を言う……聖女様と知っていたらナナなど選ぶこともなかった」


 殿下は私に詰め寄ってくるが、正直気持ち悪すぎて泣きそうになってきた。

 カツキが殿下に掴まれていた腕を振りほどくと、私を背中に隠して言った。


「貴様、今頃マリンの良さに気づいてももう遅いんだよ」

「違うんだ。俺はナナのあの胸に……負けただけだ」


 殿下はそんなことを言い出してしまう。

 やはりキモイ……


「殿下がナナの処刑を止めて下さいませ。あなたの権力ならできるでしょ?」

「マリン、君は何を言い出すんだ?」


 カツキが私を疑問の目で見つめてくる。


「ナナが悪いことをしたのはわかっていますがこのまま殺してはいけません。ちゃんとやらかした責任は取ってからでないと……」

「……マリンが悪女に一瞬見えた気がするのだけど……まぁそんな小悪魔っぽい一面もかわいいよ」


 カツキは私を再び抱き寄せる。もちろん殿下からはいつの間にかかなり離れている。これがチート?


「わ、わかった。ならこの処刑を止めたなら婚約を考え直してくれるか?」


 殿下はまだそんなことを言っているがここで拒否したらナナが処刑されてしまう。


「……とりあえず、あなたが権力をちゃんと駆使できるかどうかが先ですかね?」

「おぉーなんかいいぞ。強気な聖女様いいぞ。よしっ、お前ら処刑を止めてこい」


 殿下は貴族たちに言ったがすでに謁見の間には誰もいなかったのだった。

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