7

 高速で遡られていく記憶。一つ、また一つとその時を鮮やかに蘇らせ、消していく。

 素敵なものでもなんでもない。それでも、重要だったに違いない。

 あなたに会うために必要な一つだったに違いない。







「紗良、ごめんね。ごめんなさいね」

 女の人は小さな子どもをきつく抱きしめて涙を流した。ごめんなさい。ごめんなさい。小さな子どもは女の人の頭を撫でた。

「大丈夫だよ。大丈夫だよ。紗良がついてるよ!」


 次の日に子どもが知ったのは、死んだ人はもう戻ってこないということ。救急車のサイレンの音があまりに悲しみを帯びていること。病院の消毒液のにおいが無慈悲であること。

 小さな子どもは古い喫茶店の中に一人で座っていた。栃の木の一枚板のテーブルはそっと子どもにぬくもりを与える。子どもは母親がカウンターの向こう側からココアを持って出てくるのを待っていた。

 ドアベルがカランコロンと愛らしい音を立てた。

「いらっしゃいませ!」

 経営難に苦しんだ喫茶店のたった一人の愛娘は、ぱっと立ち上がって笑顔で声を上げる。母はまだ帰ってこない、それまでお客さんをおもてなししてあげよう。子どもはそう考えていた。

「紗良ちゃん、おばちゃんはお客さんじゃないのよ」

 子どもの姿に涙を堪えたその人は、子どもにそっと手を差し伸べた。



 その喫茶店はしばらく経ってゲームセンターに変わった。

 子どもがそれを見ることになったのは、もみじとイチョウが地面を染め上げる季節のことだった。


 






 消毒液の匂いと鉄のような生々しい匂いが病室に蔓延している。閉じられた目の端から、一筋の涙がこぼれ落ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたが救われますように オレンジの金平糖 @orange-konpeito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ