トーレムの調査報告書 奇妙な冒険者とギルドについて

衣谷一

01 お頭、どうしてこんな田舎に

お頭様


 いや、いくら直接名前で書くのはまずいからと言って自らを『お頭』と呼ばせるのは真っ当な趣味だとは思えません。ええ、けれど否定はしませんよ、お頭様の趣味なのでしょうから。


 さて、お頭様の指示を受けてかれこれ一週間ぐらいは経ったでしょうか。最初に報告しなければならないのは、どうして私をこんな辺鄙な場所に送り込んだのかという疑問です。別にお頭様の勘だとか私が知らないところでまとめているであろう調査結果を疑うつもりはありませんよ? お頭が得た情報を最終確認するのが私の役目ですから。


 しかし、ここに――カリイの街にお頭が気になるものがあるとは流石に思えません。確かに周辺には魔物が濃いエリアもありますし、大きくないにしても迷宮が近辺にあるためギルドの活動はそれなりですが、迷宮の本体があるのは隣町だし、魔物が闊歩するエリアからも中途半端に離れています。国防の要衝というわけでもない。何もかも中途半端で何もかもレベルが低い。


 お頭様の意図がまだ掴めません。なにか追加の情報があれば連絡してください。


 小言はこれぐらいにしておいて。


 とりあえず現時点で見聞きしたことといえば、とある冒険者のことです。冒険者と言ってよいのか疑わしいとこはありますが、ひとまず冒険者としておきます。青年というべきか、あの見た目では少年なのかもしれませんが、カリイのギルドにはそのような人物が在籍しています。他の街から移籍してきたわけでもなく、ずっとこの街のギルドに籍をおいているようです。


 名はトーレム。家名はありません。


 階級は『木』。そう、最下級の中の最下級。通常であれば一年足らずで卒業できる階級を、彼は六年も続けているそうです。確か本部直轄のギルドでは規定上、二年以上木階級の場合は除籍勧告扱いにしてよいことになっていますよね? その三倍の期間を以てしても昇級できないというのは、その事実だけを見れば冒険者としての適性がないと言わざるを得ないのですが。


 彼の一日は冒険者のそれとはまったく異なります。朝のギルド始業のタイミングでトーレムは姿を表します。多くの冒険者も同じようにギルドを訪れますが、向かう先が正反対です。多くの冒険者が依頼を探しに掲示板へと足を向けるのですが、彼は受付のカウンターに腰を下ろすのです。


 本来受付を担当するギルド職員がいない中、冒険者が受付を行おうとしている、という構図が私の目の前に生まれたのです。私が彼を冒険者とするか迷う所以なのです。


 私は何を見せられているのでしょう。たちまち生まれる受注の行列。それを何食わぬ顔でさばく木級冒険者。しかもただ手続きをしているのみならず、自分を売り込んでいる素振りさえあります。


 申し訳無さそうに断る冒険者がごくわずか。ほとんどはひどい言葉とともに受注票をひったくって仕事に向かって行きます。


 トーレムの死んだ目が賑やかなギルド内で浮いています。なのに気づいている者はどこにもいません。


 耳をちぎって捨てたくなるような言葉を浴び続けながらも、ようやく行列が落ち着いてきた頃合いでした。ようやく本職と思しき受付担当が姿を表し、同時に、どういうわけだか受付担当と同じところから冒険者らしき一団が姿を表したのです。


「おいトーレム! 今日も売れ残ったみたいだな」


「今日は皆さん間に合っているようでしたので」


「だったら俺たちが使ってやるよ。ついてこい」


「分かりました」


 さも当たり前のように立ち上がるトーレムの姿を見るに、これが日常なのでしょう。そしてこの横柄な金髪野郎はこのギルドで一番の実力を持つと噂のパーティ、『火焔』のリーダーです。後ろには長身の女性と小柄な女性が控えています。


 こんなのがギルドで一番の実力、というのだからこの町のギルドの能力はたかが知れていますね。


 それから『彼』が戻ってきたのは夜も遅くなってからでした。彼ら、ではなく、彼一人。何かあったのかと注目していましたが平然とパーティの完了手続きをして受付のカウンターに腰を下ろしました。他のメンバーはどこに行ってしまったのか。そして、彼による完了手続きが終わるとどうして受付担当が皆カウンターから下がってしまうのか――不思議な光景でした。


 ひとまずは彼を中心に見て回ろうと思っています。文句があれば連絡をください。

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