神速の軍師 〜転生した歴史教師の奮闘戦記〜

@pencilling

第1話

 ーーー熱かった。


 それは周囲に浮かぶ炎のせいでも、耳障りにも感じる悲鳴のせいでもなかった。


 自分の心が、熱かった。

 どうしようもない苦しさが次々ととげを刺すように心を射抜く。

 あまりにも巨大な焦燥が身を焦がす。


「…はやく…、」


 足取りは覚束ないし、立っているだけでも精一杯なのに、走ろうと次々と足を前に出す。

 目の焦点は合わず、ぼやけて見える視界を必死にこすっては、前を見ようと心がける。


 そして、そのすべてを嘲笑うかのように、


「…くっ、はっ…!」


 転んだ。

 もう限界だった。

 体よりも、心の方が限界だった。


 何に引っ掛かって転んだのかと、不意に下を向いてみると、


「ひっ!!…」


 人の顔があった。

 いや、もう人の顔とは呼べないのかもしれない。


 皮膚はほとんど焼け落ちて、どす黒く塗りつぶされている。

 所々剥がれていて、中には赤く濡れた筋肉が見えた。

 そして首には一本の凶暴なナイフが貫かれてあり、それが命を奪ったのだと推定できた。  


「…っ…………っ…」


「…ぇえ、」


 そのグロテスクな光景にえづいていると、誰かの呻き声が聞こえた。

 その声のした場所はどこだろう。

 ゆっくりと目を見開くと、


「……た、、す、………けぇ!」


「…あああああ!」


 明らかに死んでいたであろう亡骸が動き出す。

 そのグロテスクな外見のまま、手をこちらに伸ばしてくる。

 耐えきれなくて、悲鳴をあげてしまった。


「た、、、…す」


「無理無理無理…。俺は、、知ら…ない!」


 どうすればこの状態から助けることが出来るのか知らない。

 もう死ぬしかない人間が助けを求めるのかもわからない。


 なんで俺なんかに頼るんだ。 

 俺は何も持っていない。

 何も知らない。

 罪なんてなにひとつない。

 お前たちの助けを聞いても俺が苦しいだけだ。


 なのに…。

 俺は必死にその死にかけの人物を頭の隅においやると、目を瞑って走り出す。 


 だって、俺は何もできない。


 そう自分に言い訳しながら、ヒムラは走った。

 敵襲で焼かれた村を駆け抜けた。









 朝は早起きが一番だ!


 そう念じてみても、体は布団から出てくれはしない。

 頭の中で早速言い訳を考えていた。


「いやまあ、朝に早起きするに越した頃はないんだけどさ、寒いのも事実だし正直こんな早い時間に目を覚ませたっていうのだけでもすごいと思う。うんすごいと思う。それに今日は休日だし正直朝起きるメリットはないしこれは寝るべきなんだと思ううんそうだよね寝たほうがいいよね。」


 一人でぶつぶつ呟きながら俺はうとうとと眠りにつく。




 そして目覚める。

 時計をみて天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。

 二度寝してから三時間ほどたっているではないか!?


 こうして慌てて飛び起きた俺、黒澤飛村は、一人暮らしあるあるの惰眠を貪り、慌てて跳ね起きてゴミだしをしている。


 歴史の教師というものは、休日には何もやることはなく、かと言って結婚しやすい職業でもない。

 よって早く起きる意味もないし起こしてくれる妻もいない。

 つまりこのような慌ただしい朝を迎えるのは仕方のないことなのだ。


 俺はもともと朝に弱いし、外も寒い。

 布団に篭りたいと思うことになんのおかしさがあろうか、いやない。


 このように一人でぶつぶつ言いながら、マンションのゴミ置き場にゴミを置きにいく。


 俺が住んでいるのは比較的新しくできたマンションの3階。

 うるさいのが嫌なのでお金を払って角部屋にしてもらったのだ。


 つまり騒音を気にせず睡眠ができるわけで…これは先ほどの件の弁明ではないぞ!?


 道路に出て、朝の清々しい冷気を浴びながら、ゴミ置き場までの短い道のりを歩く。

 手にはゴミ袋を3つも抱え、おまけにヨレヨレのジャージを着ている。

 明らかに休日に甘えているような格好だ。


 そんな怠け者の自分がどうして歴史の教師をやっていられるのか不思議でならない。

 もちろん歴史は好きだ。

 様々な武将(日本史)や騎士(世界史)が繰り広げる戦術などを見るのが好きだ。

 まぁ、そういう系統の歴史オタクである。


 正直歴史の教師ではなく歴史研究家みたいなものになった方がいいと思ったが、案外人に教えるというのが性に合っていたようだ。

 教員生活も楽しんでいる。


 まあそんな感じで人生を満喫している黒澤飛村、26歳。


 しかし、その人生は唐突に終止符を打たれる。

 アパートから出て少ししたところの交差点で、右から迫るトラック。

 明らかに運転手が眠りこけている危険なトラックが、俺の元に向かってくる。


 ん!ちょっと待てスピード出過ぎだろ避けなきゃ身をよじろうとしても無駄で暴走したトラックは俺を目掛けってまっしぐらにあれもしかして俺このまま引かれるのやだ死にたくな…!!


 言い表せないほどの強烈な痛みがおそい、意識が暗転する。

 出血多量意識不明。

 そして黒澤飛村は、搬送先の病院で命をおとした。




 黒澤飛村のいる世界とはまた別世界。そこには10歳ほどの少年がいた。


 少年はそこの世界基準で極めて平均的な人生を送り、平均的な学力をつけ、将来は農業などをして暮らそうなどと考えているような平凡な人だった。


 彼の名前はヒムラ。

 苗字はないただのヒムラだった。

 しかし、それは奇しくも別の世界で人生を終えた黒澤飛村と名前が一致する。

 もしかしたらそれだけかもしれない。

 しかし、おそらくそれだけの理由で


 ヒムラの肉体に別の魂が宿った。


 もともとあった魂は排除され、新たな魂がその肉体で活動を始める。


 その様子を見ながら高笑いを上げる人物シハイシャがいたことを、ここに記しておく。

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